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M・ナイト・シャマランのキャリアを復活させた、超低予算ホラー専門プロデューサーとは

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「パージ」など低予算ホラーをヒットさせてきたジェイソン・ブラム(写真:Shutterstock/アフロ)

M・ナイト・シャマランが、およそ10年に及んだスランプを脱却した。今月12日に日本公開される「スプリット」は、900万ドルの予算で作られ、現在までに全世界で2億7,500万ドルを売り上げている。ひとつ前の「ヴィジット」(2015)も、さらに低い500万ドルの予算で作られ、世界興収9,800万ドルと、やはり利益を出したのだが、3週連続1位を果たし、すでに続編の話も進んでいる「スプリット」を、“シャマランのカムバック作”と呼ぶ人は多い。

「シックス・センス」(1999)でオスカーにノミネートされ、ホラー映画の新たな巨匠と褒め称えられたシャマランは、ディズニー配給のもと、その後もヒットを連発したが、ディズニーの賛同を得られずワーナーで製作した2006年の「レディ・イン・ザ・ウォーター」(製作予算7,000万ドル、世界興収7,200万ドル)が、失敗に終わる。以後、フォックス、パラマウント、ソニーと違ったスタジオで新作を製作するも、どれも振るわず、メジャーからはそっぽを向かれる存在になっていた。

そんな彼は、 低予算のB級ホラーで、キャリア再生の賭けに出ると決める。製作費を自腹で出すとまで決めた彼が、プロデューサーになってほしいとお願いしたのが、 ジェイソン・ブラム(48)だった。つい最近、「TIME」誌の「最も影響力のある100人」に選ばれた人である。

製作予算1万5,000ドルの「パラノーマル・アクティビティ」(2009)を全世界で2億ドル弱のヒットに持ち込んで以来、ブラムは、「パージ」「インシディアス」「死霊高校」など、低予算のホラーを 次々に当ててきた。ブラムが率いるブラムハウス・プロダクションズは、現在、ユニバーサルと契約を結んでいることから、シャマランの「ヴィジット」「スプリット」も、すんなりとユニバーサルで配給が決まっている。

「インシディアス 第2章」もブラムが製作
「インシディアス 第2章」もブラムが製作

「スプリット」の直後にも、ブラムは、別作品を大きく当てて、ユニバーサルを喜ばせた。「Get Out(日本公開未定)」という、これまたとても恐ろしいが、ホラーというよりはスリラーに近い作品だ。製作費は450万ドルで、現在までの世界興収は2億ドル弱。特筆すべきなのは、このジャンルには珍しく、批評家の大絶賛を受けていることだ。Rottentomatoes.comの評価は、なんと99%。今作で監督デビューを果たしたジョーダン・ピールは、3月にラスベガスで開かれた興行主向けコンベンション、シネマコンで、「ディレクター・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。

タダ同然でやり、ヒットしたらみんなが儲かるビジネスモデル

オリジナル映画の予算は500万ドル以下、続編ものは1,000万ドル以下、というのが、ブラムの原則ルール。「パージ」も、1作目の予算は300万ドル、3作目は1,000万ドルだった。会社がいくら成功していても、大型予算の映画に手を出すつもりは、いっさいない。「大型予算の映画では、メインキャストは映画が当たっても当たらなくても決まったギャラをもらえる。だが、出資した人は、映画が当たらないと儲からない。それが問題を生む。僕らの低予算映画では、みんながタダ同然で受ける。ヒットするまで誰も儲からない。それは、より良い映画を作ることを奨励する」と、ブラムは「The Hollywood Reporter」に対して語っている。

低予算であれば、たとえ失敗してもたいした損害は出ないため、ほかのスタジオが「危険すぎる」と敬遠する作品も、恐れずに手がけることができる。

「Get Out」は人種問題に大胆に触れる
「Get Out」は人種問題に大胆に触れる

「誰も作りたがらない映画を作るのが好き」と言うブラムは、人種差別に容赦なく触れる「Get Out」にも、喜んで飛びついた。Lrmonline.comとのインタビューで、ブラムは、「映画の奥にある人種差別の部分こそ、今作に惹かれた理由。僕は論議を呼ぶことを恐れないんだ」と述べている。

心残りは「ラ・ラ・ランド」をほかに取られたこと

作る映画は恐ろしくても、本人は 温厚なことで有名。シャマランも、「自分の意見を押し付けてこないが、こちらが相談を持ちかけると、真剣に対応してくれる。それに、いつも優しい。彼と一緒にいる時の自分が一番良い自分だと感じるほど」と、ブラムの人柄を語る。

ホラー以外の作品も、多少は手がけてきている。デイミアン・チャゼルの「セッション」(2014)では、プロデューサーとしてオスカーにもノミネートされた。チャゼルは「ラ・ラ・ランド」の構想を「セッション」より前から持っており、「『セッション』は、自分には映画を監督できる力があるんだと証明するために作ったようなもの」とも言っている。「ラ・ラ・ランド」でもまた 組むものだと思っていたブラムは、ほかの人たちがすでに関わっているのを聞いて、大きなショックを受けた。そう知っても彼は引き下がらず、相当に粘ったそうだ。

ブラムにとって、それは口に出すのが辛い思い出のようである。しかし、映画にとっては、良かったのかもしれない。最終的に「ラ・ラ・ランド」を手にしたライオンズゲートは、「君のビジョンをきっちり果たすにはこれくらい必要」と、チャゼルが提案したよりも多い3,000万ドルの予算を与えたのだ。それがチャゼルの判断材料のひとつとなったことは、想像に難くない(『セッション』の予算は、 ブラムの通常の範囲である330万ドルだった)。

ブラムハウスからは、今年、あと5、6本ほどが公開される予定で、いずれも撮影またはポストプロダクションの最中にある。それらの中には、リー・ワネル(『ソウ』『インシディアス』 )や、オスカー受賞脚本家アキヴァ・ゴールズマンが監督するものもあるが、キャストはほとんどが無名だ。1年に10本前後を製作するが、完成した映画が劇場公開するに値しないと判断した場合は、さっさとVODに切り替えるというところも、割り切りが良い。

贅沢はNG、リスクは歓迎。メジャースタジオと正反対の姿勢を貫くブラムは、彼自身はもちろんのこと、監督や俳優たちにも、成功を与えてきた。シャマランに限らず、彼の協力でキャリア復活を果たしてみせる人も、これからまだまだ出てくるかもしれない。天使は、時に、意外な顔をして、意外なところにいるものなのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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