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「ワイスピ7」でポール・ウォーカーはどうやって再現されたのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ワイルド・スピード」7作目でポール・ウォーカーの再現に協力した弟カレブ(写真:Shutterstock/アフロ)

「ワイルド・スピード ICE BREAK」が、28日(金)、いよいよ日本公開される。今作にポール・ウォーカーは出てこないが、彼が演じるブライアンが元気でいることを思わせるセリフや、さりげないオマージュがあり、ファンはきっと、製作者たちのウォーカーに対する愛と敬意を感じるはずだ。

ウォーカーは、7作目「ワイルド・スピード SKY MISSION」の撮影が半分も終わっていなかった2013年11月30日に亡くなった。筆者は、10月9日にアトランタの撮影現場を取材しているが、その段階で撮影は3週目で、「12月半ばまでここで撮影をした後、ロケはL.A.とアブダビに移る」ということだった。ただし、アトランタでは、アブダビという設定のセットも組まれ、その部分も撮影されている。たとえば、ミシェル・ロドリゲスが美しいドレス姿で暴れ回るペントハウスのセットも、ここに作られていた。現場でウォーカーにインタビューした時、彼は、映画の前半で車が空を飛ぶ飛行機から落ちてくるアクションについて、「40回か50回ほどテイクをやった」と言っていたので、あのシーンはすでに撮っていたということになる。

ウォーカーが亡くなった後、製作はしばらく中断されるが、製作陣は、映画を完成させると決める。当時、ウォーカーの弟が駆り出されたことは報道されたが、詳しいことはわからず、どういうテクノロジーを使うのであれ、ブライアンは遠目に出てくるか、出番が少なくなるのではないかと憶測されていた。

だが、映画を見た人はご存知のとおり、ブライアンは全編、しっかりと出てくる。クローズアップもあれば、アクションもある。そして、そのシーンのブライアンも、ちゃんとブライアンである。

7作目の北米公開直前の2015年3月、筆者はL.A.で主要キャストにインタビューをしたのだが、「ブライアンに関するテクニカルな質問はNG」とのことだった。しかし、しばらく時間が経ってから、ブライアンがどのようにデジタルで作られていったのかの裏側が、明らかになってきている。

ウォーカーに似た3人を起用

この任務を任されたのは、ピーター・ジャクソンのVFXスタジオ、Wetaデジタル。「ロード・オブ・ザ・リング」「アバター」などを手がけてきた彼らにしても、誰もが良く知る俳優、しかもその人が特定のキャラクターを演じる様子をリアルに再現するのは、まったくやったことがない難題だった。

最初のステップとして、彼らは、7作目ですでにウォーカーが演じていたシーンで使われない予定のものや、過去の映画の映像を集め、参考用ライブラリーを作る。中にはそのまま利用できるものもあったが、それらのシーンは、それぞれに違ったライティングのもとで撮影されているため、使う上では当然、照明のやり直しが必要となったということである。

ウォーカーに似た3人の男性の力も借りた。ひとりは、7作目にシェパードの役で出演し、ウォーカーと背格好が似ている俳優ジョン・ブラザートン。彼はウォーカーの振る舞いを良く知っているので、ウォーカーだったらどう演じたかを考えてもらい、そのとおりに演じてもらった。ウォーカーには4人の弟がいるが、そのうちのふたりカレブ(現在39歳)とコーディ(現在28歳)にも来てもらっている。彼らは歩き方や身のこなしだけでなく、肌質も兄にとても似ているという。この3人の動きはモーションキャプチャーでとらえられ、カレブとコーディは肌や髪もスキャンされた。しかし、そのままでは完全に“ウォーカーが演じるブライアン”ではないため、参考映像をもとに、大きく手を加えていく必要があった。

アクションシーンよりも静止したシーンのほうが難しい

Wetaのジョー・レッテリは、「L.A.TIMES」に対し、最も難しかったのは、アクションではなく、セリフを言わせるシーンや、細かな表情だったと語っている。「目の些細な動きや、目がどれだけ潤んでいるか、何か映っているのか。風に髪がどうなびくのか」などが、観客を信じさせられるかどうかにおいて、非常に重要だったとのことだ。

ブライアンが生きるか死ぬかの危機を乗り越えたシーンも、デジタルだった。あのシーンは、 ブライアンが家族との平和な生活を選ぶという結末につながるため、ジェームズ・ワン監督から、「ここはブライアンにとって大事なシーンなんだが、すごく微妙な表情を作り出してもらうことは可能だろうか」と聞かれたと、レッテリは振り返っている。そしてWetaは、ハリウッドのVFX技術を、一歩どころか二歩も三歩も進めて、それをやり遂げてみせたわけだ。

にも関わらず、今作は、視覚効果部門ですら、オスカーにノミネートされていない。本来ならば、この部門はもちろん、編集、音響などでも候補入りしていいはずだ。レッテリは、これまでに7回オスカーにノミネートされ、2度受賞している。つまりは、白人の高齢男性中心のアカデミー会員が、このシリーズを見ていないということに尽きるだろう。

“白すぎるオスカー”批判を受けて、アカデミーは、昨年、ルールを変更し、かつてない数のマイノリティや女性、若い人を招待した。もし、その変化が5年くらい前に起きていたら、せめてその部門だけでも、認められたのだろうか。この7作目は、全世界で史上7番目の15億ドルを売り上げている。それだけたくさんの人に愛されたのだ。お高くとまったアカデミーが、作品部門にこれを入れないのはまあわかるとしても、こんな部分まで丸無視とあれば、若い人たちのオスカー離れが進んでも、責められないかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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