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「美女と野獣」: 1億6,000万ドル(176億円)の製作費はどこに使われたのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「美女と野獣」にはミュージカル映画史上最高の製作費が使われている

世界が、「美女と野獣」の魔法に酔っている。

現在までの全世界興収は、11億ドル。「ワイルド・スピード ICE BREAK」も9億ドルと迫ってきているとはいえ、まだまだ余裕で今年の1位だ。この数字はまた、ミュージカルというジャンルで史上最高でもある。

見返りは十分あったが、投資も大きかった。「美女と野獣」には、1億6,000万ドル(約176億円)の製作予算がかけられているのである(業界関係者の間では、実際にはもっとかかっているという声も聞かれる)。ミュージカルという、客を選ぶと思われがちなジャンルにこんなスーパーヒーロー映画レベルの金額をかけるのは、前代未聞のこと。比較のために挙げれば、「アイアンマン」(2008)の予算は1億4,000万ドル、「マイティ・ソー」(2011)は1億5,000万ドルだ。ミュージカルでは、お金をかけたとされる「レ・ミゼラブル」(2012)でも6,100万ドル。オスカーを受賞した「シカゴ」(2002)は4,500万ドル、最近の大ヒット作「ラ・ラ・ランド」は3,000万ドルだった。

では、どこにそんなお金がかかったのか?端的に言えば、全部である。しゃべるティーポットや家具、空飛ぶお皿などに使われたCGや、お城や森のセットの建築などは一目瞭然だが、 パフォーマンスキャプチャー技術、照明など、観客の気づかないところにも、時間、労力、最高の才能が費やされているのだ。

3分半のシーンに「Mr. ホームズ」丸1本以上のお金が費やされている

映画のちょうど中盤に出てくる「ひとりぼっちの晩餐会(Be Our Guest)」は、最もマジカルで心が踊るシーンだ。ひとりでテーブルに着いたベル(エマ・ワトソン)の前にご馳走が次々と出されていく中、お皿やキャンドルなどが素敵なパフォーマンスをしてみせるこのシーンを作るにあたっては、「まず6ヶ月をかけてコンピュータ上で完璧なプランニングをし、実際に撮影をして、その後、1年以上をポストプロダクションに費やした」と、ビル・コンドン監督は振り返っている。コンドンは「トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン」2作でもCGを使っているが、今作では、ディテールまでさらに凝った、高度なCGが要求された。「ひとりぼっちの晩餐会」の3分半のシーンには、彼の2015年の監督作「Mr. ホームズ 名探偵最後の事件」を丸1本作るのにかかったよりも多くのお金がかかっているそうだ。

撮影中のビル・コンドン監督(右)
撮影中のビル・コンドン監督(右)

「CGを使ってはいても、全部CGに見えないよう、できるかぎりリアルにすることを意識した」とも言うコンドンは、照明デザインに、トニー賞を何度も受賞している舞台照明デザインのベテラン、ペギー・アイゼンハウアーとジュルス・フィッシャーのコンビを起用した。「 もう何十年もやってきているベテラン中のベテランである彼女たちにとっても、今作は新しいチャレンジだったよ。お皿が飛んでくる時、そのお皿のツルツルした表面には、そこにはないお皿が反射して映っている。それは、本物の照明によってなされるもの。コンピュータで、どこにどのお皿があるかは計算されているが、それを映し出すのは、現実に舞台で使われるような照明なんだ」(コンドン)。

お城、村、森は、すべて実際に建築した

「ひとりぼっちの晩餐会」で、飛び交うお皿や歌うキャンドルはCGでも、ベルが座っているテーブルや、その部屋自体は、本物だ。コンドンは、イギリスのシェパートン・スタジオで27のサウンドステージを占領し、ベルの住む村、家、森、お城の内部などを建築している。「映画は、ほぼ全編、このスタジオで撮影された。1日か2日だけ、外の森で撮影した日もあるが、森のセットもサウンドステージ内に建築したし、ほとんどはそこでやっている。ひとつのサウンドステージにお城の1階部分、隣にベルと野獣がワルツをする舞踏会用ホールを作り、そのふたつをつなげたりもした」(コンドン)。

1740年代のフランスに忠実に作られた大道具や小道具も、膨大な数に及ぶ。オープングの「朝の風景」だけでも、28台の馬車が用意された。あのシーンには、150人のエキストラと多数の動物も登場している。

村もサウンドステージ内にセットとして作られた
村もサウンドステージ内にセットとして作られた

野獣の演技は、同じシーンを2ステップで撮影

パフォーマンスキャプチャーの技術は、ハリウッドで、日々、進化している。「ポーラー・エクスプレス」(2004)の頃は、全身に粒がついた専用スーツを着て、顔にも粒をつけた俳優が、 緑の空間の決まった範囲内を出ないようにしながら演技をし、その動きをデータで取り込んでいた。次第に、顔の前に取り付けた小さなカメラで表情の細かい動きも取り込めるようになり、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(2014)では、屋外ロケでパフォーマンスキャプチャーを実現させている。

「美女と野獣」でダン・スティーブンスが演じる野獣には、二段階にわたるプロセスが取られた。

「まずは、実際のセットで、衣装を着たエマを相手に撮影をする。僕は、 偽物の筋肉がつけられたグレーのスーツを着て、竹馬に乗っている。スーツには(パフォーマンスキャプチャー用の)マーカーが付いている。

野獣には最新のパフォーマンスキャプチャーが使用された
野獣には最新のパフォーマンスキャプチャーが使用された

そして、2週間に一度ほど、僕は別個に呼ばれて、小さなブースに座り、同じシーンをもう一度やったんだ」と、スティーブンス。ブースに入る前には、UVライトの下で青光りする特別のメイクを施される。中に入ると27個の小型カメラがあり、それが顔の細かな動きをすべてとらえて、先に撮影されている野獣の体と組み合わせられるのだ。

顔だけのパフォーマンスキャプチャーを行う時に、動かすのはあくまで表情だけである。それは、スティーブンスにとってかなり難しいことだった。「そのシーンを撮影した時のことを思い出しつつも、顔だけで演技をするんだ。たとえば、ワルツのシーンだって、全部また顔だけでやったんだよ。あれは興味深い体験だったな」(スティーブンス)。

このドレスには何度にもわたる改良がなされている
このドレスには何度にもわたる改良がなされている

あのワルツのシーンでワトソンが着るイエローのドレスは、理想的なふわりとした揺れがあり、ワトソンが動きやすいものにするため、何度にもわたって改良が加えられた。そのように、衣装も手が込んでいるほか、今作では新たに曲が書き下ろされてもいる。衣装デザイナーは4度オスカーに候補入りし、受賞歴も1度あるジャクリーン・デュラン。曲を書いたのは言うまでもなくアラン・メンケンだ。メンケンはオスカーを8度受賞した大巨匠である。魔法を作りあげることは可能でも、それをタダでやる魔法はないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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