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デヴ・パテル:「エアベンダー」に出た失敗から「ノーと言うことを学んだ」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
母同伴で今年のオスカー授賞式に出席したデヴ・パテル(写真:Shutterstock/アフロ)

初めてデヴ・パテルに会ったのは、2008年の秋のことだ。

「スラムドッグ$ミリオネア」が、トロント映画祭で観客賞を受賞し、オスカー最有力作かと注目を集めていたその時、18歳のパテルは、共演者フリーダ・ピントと並んで、ロンドンのホテルのカウチに座っていた。インタビューされること自体に慣れていないふたりから、新鮮な興奮と、少しの緊張が漂ってきたのを覚えている。取材の終わりに、「これからオスカーまで長いけど、頑張ってね」と言うと、ふたりは素直に笑った。

それから8年。パテルが出演する「LION/ライオン〜25年目のただいま〜」は、昨年のトロント映画祭で大絶賛され、観客賞の次点に輝く(受賞したのは『ラ・ラ・ランド』。)そして今年2月のオスカーには、作品だけでなくパテル自身も助演男優部門で候補入りし、母同伴で、再び授賞式を訪れることになった。

このふたつの作品の間に、パテルは、アクション大作「エアベンダー」、ベテラン俳優と共演する「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」、SF映画「チャッピー」などに出演し、ヒットの喜びも、その逆のがっかりも経験してきている。人生の大きな転機を共にした6歳年上のピントとの、6年にわたる恋が終わりを迎えるという悲しみも味わった。そんな今だからこそ、「LION/ライオン〜」は、自分にとってふさわしい作品だったのだと、パテルは信じる。

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映画は、オーストラリアの夫妻に養子として引き取られたインド人少年サルーが、大人になってから、インドの母と兄に会いたいとの思いに取り憑かれ、テクノロジーを使って探し出そうとする感動作。パテルが演じるのは、映画のなかばから登場する、大人になってからのサルーだ。実の母に会いたい気持ちを育ての母(ニコール・キッドマン)に言えずに悩んだり、やはり養子で血の繋がらない弟との関係を、やさしかった実の兄との関係と比べてしまったりなど、葛藤に満ちた彼の内面を、パテルは、抑えた演技で、見事に表現した。26歳になったパテルに、 今作の魅力と役作り、「スラムドッグ〜」で突然有名になった時のこと、現在の作品選びの姿勢などについて、語ってもらった。

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この実話については、知っていましたか?

ああ、聞いたことがあったよ。でも僕を引き込んだのは、脚本だった。この脚本は、あらゆる感情に満ちている。悲しかったり、辛かったりするシーンもあるが、物語全体が伝えるのは、喜びと愛だ。普通の人がとんでもないことを達成してみせるというのも、好きだった。僕がインド系イギリス人であることも、共感できたポイントだったと思う。僕も、若い頃は、周囲にとけ込もうとして、インド系であるという事実から遠ざかろうとしていた。「僕はインド人じゃない、イギリス人だ」みたいに。学校でいじめられたくなかったしね。今はインドが大好きだ。ムンバイは最高にクレイジーで、おもしろい街だよ。機能するはずがなさそうなのに、機能している。すごく魅了されるよ。

撮影前には、サルー本人や、彼の育ての母スーなどにも会ったのですよね?

そう。それはたしかにある程度、役作りの手助けになったね。でも、脚本がすごくリアルに書かれていたので、サルーの感情に入っていくのは難しくなかったよ。それに、撮影前には、ニコール(・キッドマン)や、恋人役のルーニー(・マーラ)ら共演者と、彼らの過去や思い出について話し合ったんだ。 その「思い出」を手がかりに、共演者とのシーンに挑んだ。

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今作はトロントで大絶賛されたり、インドが物語の重要な舞台になっていたりなど、「スラムドッグ〜」を思い出させる要素もありますが、8年前、あの映画で突然有名になった時、あなたはどう感じましたか?

すごく幸運だと思ったが、同時に、自分にはその資格がないとも思っていた。作品賞を受賞して、みんなで舞台に上がった時、僕はなるべく後ろのほうに隠れたよ。その時の映像を見直してみれば、わかるはずだ。「これは僕の初めての映画。なのに、なぜ自分はここにいるのか?」と、内心、複雑だったのさ。 いろいろ試して、間違いを犯して、といった期間があるのが普通なのに。あの映画が受け入れられた理由は、たくさんある。ダニー・ボイルの実力。A・R・ラフマーンの音楽。それに、オバマが大統領に選ばれた時で、アメリカは希望に満ちていた。あの映画は、希望を感じさせる。そこに関わらせてもらえた僕は、ラッキーだった。それがわかっているだけに、僕は自分に厳しくなったよ。自分が与えられた幸運を無駄にしない、良い仕事をしなければと思ったから。

スタートがすごすぎたことに不安はありましたか?

いや、その直後に「エアベンダー」に出たからね(笑)。1億5,000万ドルもかけたのに、ひどい映画になった。ケータリングの予算だけで「スラムドッグ〜」を丸々1本作れちゃうようなお金がかかっているんだ。

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そんな巨大なメジャースタジオ映画で、僕は小さな駒にすぎなかった。あの経験から、僕は多くを学んだよ。「エアベンダー」の話が来たのは、僕が初めてエージェントを得たばかりの時。L.A.のすごくかっこいいオフィスで、いろんな数字や事実を並べられ、「君はこれをやるべきだよ」と言われ、まだ子供だった僕は、「そうなんですね。わかりました」と言ったのさ。今の僕は、ノーと言うことを知っている。ありきたりに聞こえるかもしれないが、自分の直感を信じ、それを基準に判断しないといけない。最近も、ある役をオファーされたんだが、それは自分にはまだ無理と思ったから、断った。

「LION/ライオン〜」は、直感的にやるべきだと思ったということでしょうか?

この映画の話が、もし2年前に来ていたら、自分にこれが務まったかどうか、わからない。オファーを受けた時、僕には恋人がいなくて、孤独だった。自分が歳をとったようにも感じ、一方でハングリー精神も湧き上がっていた。自分を徹底的にぶち壊してみたい、自分を完全にさらけ出してみたいと。そこにこれが訪れ 、そんな僕を、ガース(・デイヴィス監督)と脚本が、すばらしい形で支えてくれたんだよ。

「LION/ライオン〜25年目のただいま〜」は、7日(金)、TOHOシネマズ みゆき座他全国ロードショー

デヴ・パテル Dev Patel1990年イギリス、ロンドン生まれ。ティーン向けテレビドラマ「Skins」に出ていたところがダニー・ボイルの娘の目に止まり、「スラムドッグ$ミリオネア」の主役に抜擢を受ける。この役で、映画俳優組合(SAG)賞の助演男優部門にノミネート。「LION/ライオン〜」では、アカデミー賞、SAG賞、ゴールデン・グローブ賞、放送映画批評家協会賞などにノミネートされた。

場面写真クレジット:(C)2016 Long Way Home Holdings Pty Ltd and Screen Australia

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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