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「ムーンライト」マハーシャラ・アリ:この映画はトランプ支持者が「飲みたいなら飲むことができる薬」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
今年のオスカーで助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリ(写真:ロイター/アフロ)

2017年という年を、マハーシャラ・アリは一生忘れないだろう。

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」「ハンガー・ゲーム FINAL」「ハウス・オブ・カード 野望の階段」などで名脇役を演じてきたマハーシャラ・アリは、今年、「ムーンライト」で、オスカーにキャリア初の候補入りをし、見事、受賞を果たした。彼はまた、やはりオスカーに 3部門でノミネートされた「Hidden Figures」にも出演している。「ムーンライト」での役が麻薬ディーラーなのに対し、「Hidden Figures」の役は、主人公の女性が恋に落ちる、優しく、理解のある男性。偶然にも同じタイミングで高い評価を受けた2作品に出演し、違った顔を見せたことで、 長い年月の間に築き上げてきていた実力が、突然にして広く認められることになったのである。

北カリフォルニアのオークランドで生まれた時の名前は、マハーシャラ・ギルモア。キリスト教の聖職者である母に、イエス様の教えを語られて育つが、イスラム教に改宗し、名字をアリと改める。映画俳優組合(SAG)賞の受賞スピーチで、アリは、「ムーンライト」が多様な人々を受け入れることを伝える映画であるのを踏まえ、「17年前、僕がイスラム教に改宗したことを電話で伝えた時、母は喜びませんでした。でも、今では、そういった違いはさておいて、僕は母を母として、母は僕を僕として、見ることができています。僕らは、お互いを愛しています。(自分がイスラム教信者だということは)新しい靴を買ったようなもの。たいしたことじゃないのです」と、その時のことを語っている。

オスカー受賞の4日前には、初めての赤ちゃんが生まれ、私生活でも記念すべき年となった。筆者がL.A.でアリをインタビューしたのは、「ムーンライト」がゴールデン・グローブで作品賞(ドラマ部門)を受賞した数日後。期待されたとおり自分がオスカーで助演男優賞を取ることも、最有力と思われていた「ラ・ラ・ランド」を打ち負かして映画が作品賞を受賞することも、まだわからなかった頃だ。それでも、彼は、今作への愛と誇りを、たっぷりと語ってくれている。

アリが演じる麻薬ディーラーのフアン
アリが演じる麻薬ディーラーのフアン

今作は各方面から大絶賛を受けています。作品ももちろんですが、あなたも助演男優部門で、ありとあらゆる賞を受賞したり、ノミネートされたりしていますね。

自分の演技について人が語ってくれるなんて、とても素敵な気分だよ。でも、これはアンサンブルものだ。僕は、この物語のごく一部。ほかの人たちのほうが、僕よりずっと大きい役を演じている。その人たちの演技が、すごいんだ。この間、久しぶりにもう一度映画を見て、彼らの演技のすばらしさに、あらためて感動したところだよ。彼らと共演させてもらえたのは、大きな光栄だ。

フアンという名の、この麻薬ディーラーを演じたいと思ったのは、なぜですか?

すごくリアルで、人間的なキャラクターだったからだ。こんなに現実的なキャラクターを、僕は演じたことがない。脚本自体も、僕が生涯で読んだ中で最高だったよ。フアンは麻薬ディーラーだが、悪い人ではない。むしろ良い人だと、僕は思っている。僕は、彼がなぜ麻薬ディーラーになったのか、その背景を考えた。若くして両親の世話をしなければいけなかったのだろうか?できるだけお金を稼ぐ方法を見つけなければいけなかったのか?それは、どの役の時でもやることだよ。フアンは、僕が羨ましいと思う要素をたくさんもっている。僕も、彼みたいに、愛に満ちて、頭が良くて、人を応援する人間になりたいと思う。麻薬を売ることはやりたくないが、それ以外の部分では、彼みたいになりたい。彼には良いところが7つも8つもある。彼の職業という、ひとつの嫌なことのために、彼を悪い人だとは言いたくない。

フアンは少年シャロンをなぜか気にかけ、優しく接する
フアンは少年シャロンをなぜか気にかけ、優しく接する

フアンは、肌が黒いキューバ系の男性だ。そういう人がマイアミで溶け込んでいくのは、簡単なことではない。だから彼はアフリカ系アメリカ人みたいな話し方をし、見た目もわざとそんなふうにしている。でも彼はアフリカ系アメリカ人ではない。そのはざまにいる。だから彼は主人公の少年シャロンを助けるんだと、僕は思う。あの子を助けることで、自分は寛大だと感じられ、満足を覚えるんだ。麻薬を売っていることに多少の罪悪感をもっている彼は、そうやって倫理面でのバランスを取るのかもしれない。

年齢の違う3人の俳優がシャロンを演じますが、あなたが共演するのは、そのうち一番若いアレックス・ヒバートです。子役と犬との共演は避けるべきだなどとも言われていますが、彼とのお仕事はいかがでしたか?

アレックスは、僕がこれまでに出会った中で最高の共演者だったよ。僕はオスカー俳優とも共演してきている。だけど、彼のほうが良かったんだ。彼は演技の経験がまるでなかったので、僕らは少し指示をあげた。彼はそれを聞いて、すごくピュアなことをやってみせたんだ。実際のところ、彼は“演技”をしていない。だから、そこにいる僕は、ドキュメンタリーの中にいるような気分になった。彼は、大人の俳優である僕らに、良い意味で影響を与えてくれたのさ。プロの俳優と共演する時、僕らはみんな、きっちり準備をして挑む。だが、今回、それはできなかった。子供に「!」とか「?」をやって、というような細かいことは言えないんだよ。僕らは、アレックスにシーンをリードさせつつ、生の、自然な状態でシーンの中に飛び込んでいったんだ。

第3部の成人したシャロン(左)
第3部の成人したシャロン(左)

今作は、人種、LGBT、貧困、いじめなど、現代社会が直面する数々の問題に触れます。折しも、アメリカではトランプが大統領に選ばれ、そのあたりの問題が熱く語られているところです。トランプに入れた人たちが多数いる中、この映画をこんなにも多くの人々が愛しているという現象を、どう思いますか?

あの価値観をもつ人たちがこの映画を支持しているとは思わないんだよね。もしそうだったら、驚くよ。この映画が語ることは、あの人たちが語る価値観と、全然一致しない。この映画は、いわば、あの人たちが飲みたいと思うなら飲むことができる薬だ。もし、あの人たちがこの映画を見て、感動してくれて、何かについて違ったふうに考えるようになってくれるのであれば、うれしいよ。保守派とリベラルの間にいる人たちにも、考えてもらうきっかけを与えるかもしれないね。でも、これは、極端に右寄りの人たちのための映画ではないな。

第2部のティーンエイジャーのシャロン
第2部のティーンエイジャーのシャロン

「Hidden Figures」も、今、アメリカで爆発的にヒットしています。40代にして大きな注目を集める存在になったわけですが、これは良いタイミングでしたか?それとも、もっと前にこれが起こっていたらと思いますか?

僕はまだ生きているから、「遅すぎた」とは言いたくないかな(笑)。それに、賞は僕の目的ではない。僕の目標は、満足できる仕事をすること。だけど、15年も16年もひたすら演技をしてきただけに、それらがお互いを助け合うことも、認識してはいるよ。受賞やノミネーションは、もっと良い選択肢を与えてもらえることにつながるかもしれない。その結果、社会になんらかの影響を与えられるような作品に、もっと関わることができるかもしれない。だが、僕が今後も演技に情熱をもち続け、それぞれの役に真剣に挑んでいくことに、変わりはないよ。

「ムーンライト」は31日(金)全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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