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国境の壁シーン削除を強いられたスーパーボウルCMは、相当に反トランプだった

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

2017年スーパーボウルが終わった。前半、アトランタ・ファルコンズが余裕で勝つかと思われていたら、まさかの延長戦でニューイングランド・ペイトリオッツが勝利。おもしろい試合だったのはたしかだが、これだけ長くアメリカに住んでいてもフットボールにはまれないままでいる筆者は、いつものことながら、試合そのものよりも、どのセレブが会場にいるか、またどんなCMが流れるのかに注意を払っていた。

一番気になっていたのは、試合を放映するフォックスチャンネルから「国境の壁」のシーンを削除しろと言われて編集し直したという84ランバーのCM(トランプ政策の影響、スーパーボウルのCMにも)。壁があるバージョンがスーパーボウル当日にホームページで公開されることは先に告知されていたのだが、ハーフタイムにCMが流れ、最後に「結末はjourney84.comで見てください」と出てくると、全米からアクセスが殺到し、サイトはクラッシュしてしまった。

ペイトリオッツが巻き返した後半なかばでやっとつながったあげくに見たのは、当初思われていたような“ちらりと出てくる”レベルを大幅に超えるものだった。壁は、予測していたよりずっと大きく、威嚇的。そして最後は、「The will to succeed is always welcome here (成功したいという意志を、ここはいつだって歓迎します)」というテロップが流れる。トランプが7カ国からの入国禁止を命令し、メキシコとの間に壁を作ることを主張し続けている中でこのオリジナルバージョンを公開したのは、この会社の政治的姿勢を伝えるものだろう。比較していただくために、ここで両方を挙げる。まずはフォックスが放映を許可したバージョン。

そしてこれが壁のあるバージョンだ。

強烈なCMがほかにあまりなかった今年のスーパーボウルだけに、これはとくに印象に残る。1984年のアップルのCMほどにはならないとしても、「歴代の思い出スーパーボウルCM」の中に入れてもらえる可能性は、十分にあるだろう。84ランバーは、これまでほとんど知られていなかった会社だ。スーパーボウルにCMを出すのは、今年が初めてで、彼らは十分にその投資を活かせたと言っていい。

これを除けば、ハリウッド系のイベントと違い、スーパーボウルは全体的に無難だった。そもそも、スーパーボウルを見る人の半分はトランプに入れた人なので、そこは納得だ。

そんな中、ローカル局だけで流れた異色のCMが、Youtubeで爆発的ヒットを得るという事態が起こってもいる。サイプラス・エアという小さな会社の広告に出てくるトランプが、なかなか似ているというのだ。このCMには、「サタデー・ナイト・ライブ」でアレック・ボールドウィンがやるような痛烈な批判はない。それでも、政治は忘れようというスーパーボウルで、ワシントンD.C.というお膝元の中小企業がこれをやったのは、興味深いと言える。トランプが世の中をかき乱し続ける以上、その事実を完全に切り離すことは、たとえ国民のお祭りであっても、不可能なのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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