「沈黙ーサイレンスー」イッセー尾形に米で絶賛の声。オスカー候補の可能性は?

Courtesy of 2016 FM Films, LLC

マーティン・スコセッシ監督の「沈黙ーサイレンスー」が、23日(金)、アメリカで限定公開された。アカデミー賞の資格を得るためには、12月31日までに最低1週間、国内の劇場で上映していなければならないという条件を満たすためのもので、現状、4館だけでの公開だ。全米規模の公開は、年明けとなる。

遠藤周作による原作小説も、篠田正浩監督による71年の映画も、17世紀の日本の状況も、アメリカではあまり知られていない。しかし、巨匠スコセッシが30年近くも実現を目指してきた情熱の一作であるということで、ハリウッド関係者の間で、この映画は注目されてきた。

筆者は、初日の午後2時の回に足を運んでみたが、場内は8割以上埋まっていた。平日の昼の回(とは言っても、クリスマスイブ前日なので、もう仕事が休みに入っている人は多いのだが)としては盛況だ。1館あたりの動員数は週末が終わるまでわからないが、この様子だと、かなり良いと思われる。

そして気づいたのは、観客が、イッセー尾形の演技に、明らかに惹きつけられているということだ。尾形の役は、主人公ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)らを辛い目に遭わせる井上筑後守。いわば悪役なのだが、怖いながらも、気品やユーモアも感じさせるその演技に、観客はしばしば声を出して反応していた。

映画を褒めない批評家も尾形の演技は評価

批評家も、こぞって彼を絶賛している。映画自体の評価に関していえば、全体的にはrottentomatoes.comで91%と良いものの、ひとつひとつ読むと、評価はかなり分かれている。「L.A.Times」が「非常に奥の深い大傑作」、「Rolling Stone」が「巨匠スコセッシの作品の中でも最も感動させる映画のひとつ。絶対に見逃してはいけない」と賞賛を送る一方で、「Wall Street Journal」は、ビジュアルの美しさをたたえながらも、「バイオレントで同じことの繰り返しが多い。スコセッシに敬意は感じるが、早く終わってほしいと思った」、「New York Times」は、「ストーリーと、その語り方に緊迫感がない。スコセッシが実現までに時間をかけすぎたせいか」と書いている。

しかし、映画を気に入らなかった批評家も含め、ほぼ全員が、尾形の演技のすばらしさに言及しているのだ。先の「New York Times」の批評家は、「彼の演技はこの映画で最高」、また「Wall Street Journal」は「とても狡猾でありつつ、楽しくもある演技。日本のベテラン俳優でコメディアンでもあるイッセー尾形の、芸人魂が光る」と褒めた。業界サイトdeadline.comは、映画自体のことも「30年待った甲斐があった」傑作としているが、中でもとくに尾形の演技を褒め称え、「オスカーに価する」と断言している。

マーティン・スコセッシ監督
マーティン・スコセッシ監督

「ウルフ・オブ・ウォールストリート」もSAGから無視されていた

これまでに発表された各賞の結果を見るかぎりでは、映画も、尾形も、決してオスカーレースのフロントランナーとは呼べない。尾形が何かに引っかかったのは、L.A.映画批評家協会賞の助演男優部門の次点くらい(受賞したのは『Moonlight』のマハーシャラ・アリ)。作品は、アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が決める「今年の10作品」と、ナショナル・ボード・オブ・レビューの「トップ10映画」に入ったが、ゴールデン・グローブにも、映画俳優組合(SAG)賞にも、いっさいノミネートされなかった。

投票者がオスカーとまったくかぶらないゴールデン・グローブはともかく、SAGから完全に無視されたのは、痛いところである。俳優は、アカデミーの中で最も人数が多い部であるため、オスカー予測上、SAGの結果は非常に重視されるのだ。たとえば、SAGのアンサンブル部門にノミネートされなかった作品がオスカーの作品賞に輝いたケースは、「ブレーブハート」(1995) 以来、一度もない。

ただし、スコセッシのひとつ前の監督作「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013) は、SAGから完全に無視されたにも関わらず、オスカーには、作品、監督、脚色、主演男優、助演男優の主要5部門でノミネートされた。理由は簡単。今作も、「ウルフ・オブ~」も、完成がぎりぎりで、試写が回るのが遅すぎたのである。

SAGのノミネーション投票締め切りは、12月11日。ゴールデン・グローブはそれより早い9日だ。その段階では、まだ今作を見ていなかったという人が多い。それに対し、オスカーのノミネーションの投票の締め切りは1月13日である。「沈黙~」を北米配給するパラマウントは、すでに投票者に向けてスクリーナー(DVD)を送っており、クリスマスから年末年始にかけての休日に、家、あるいは旅先でゆっくり見ることができる。今になって映画そのものや尾形に関する批評がいっせいに聞かれるようになっただけに、山のように積み重なっているスクリーナーの中から、「これは見ておかなければ」と一番上に引っ張ってきた人も、少なくないかもしれない。

Photo by Kerry Brown
Photo by Kerry Brown

賞レース後半に出てくるのは不利ではない

出てくるのが遅かったせいで、SAGやゴールデン・グローブという注目の場を逃しはしたが、一番大事なオスカーを狙うという意味において、それは必ずしも不利ではない。賞レース期間は長く、あまり早くに盛り上がりすぎると、後半、勢いを失ってしまうこともある。そこをコントロールするのは難しいとは言え、正しい時期にピークを持ってくることは、オスカー戦略を練る人たちが必死で努力する部分である。

プロデューサー組合(PGA)と英国アカデミー賞のノミネーション発表は、いずれも1月10日。昨年度こそはずしたものの、その前は8年連続でPGA受賞作がオスカー作品賞を受賞した。作品賞の予測上、一番大事なのがこの賞である。演技部門に関しては、SAGの結果はかなりの部分でオスカーと一致するが、今年は、助演男優部門が違っている。オスカーが「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランスだったのに対し、SAGは「Beasts of No Nation」のイドリス・エルバだった(エルバは、オスカーのほうにはノミネートすらされていない。これは『白すぎるオスカー』バッシングを後押しする材料ともなっている)。

本年度のSAGの助演男優部門候補は、デヴ・パテル(『Lion』)、ヒュー・グラント(『マダム・フローレンス!夢見るふたり』)、ジェフ・ブリッジス(『Hell or High Water』)、ルーカス・ヘッジス(『Manchester by the Sea』)、マハーシャラ・アリ(『Moonlight』)。このうちアリとヘッジスはオスカーにも候補入りは確実と見られるが、ほかは変動の余地もありそうだ。本日の「L.A. Times」に出たオスカー予測は、グラント以外の4人を「最有力」とし、「可能性のある人」として、グラント、尾形、マイケル・シャノン(『Nocturnal Animals』)、アンドレ・ホーランド(『Moonlight 』)、ミケルティ・ウィリアムソン(『Fences』)、サイモン・ヘルバーグ(『マダム・フローレンス~』)を挙げている。

アカデミー賞ノミネーション発表は、1月24日(火)。さんざん予測がなされ、もうだいたいわかったと思われていても、必ず何かサプライズを与えてくれるのがオスカーだ。これから、まだ1ヶ月近くある。その間、果たして状況はどう動いていくだろうか。

Photo by Kerry Brown
Photo by Kerry Brown

「沈黙ーサイレンスー」の日本公開は1月21日(土)。