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バービー人形実写映画の主役は反トランプ発言でお騒がせのエイミー・シューマー。この人選は正しいのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
バービー役に決まったエイミー・シューマー(写真:REX FEATURES/アフロ)

映画のキャスティングに、バッシングは付き物。ダニエル・クレイグが新しいジェームズ・ボンドに選ばれた時には相当に反対の声が上がったし、「ドクター・ストレンジ」で、原作ではアジア人の男性であるキャラクターに白人女性であるティルダ・スウィントンが選ばれた時は、“ホワイトウォッシング”だと非難された。「ゴーストバスターズ」を女性キャストでリブートする企画が発表された時も、主に男性の、オリジナルのファンが大反対し、主要キャストのひとりレスリー・ジョーンズに対する悪質な嫌がらせにまで発展している(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160720-00060158/)。

それでも、米西海岸時間2日(金)に出たキャスティングのニュースは、これまでにないほどのショックを業界に与えた。バービー人形の実写映画の主役に、なんとエイミー・シューマーが決まったというのである。

シューマーは35歳のコメディアン。スタンドアップコメディを経て、テレビ番組「Inside Amy Schumer」で名を知られるようになった。「Trainwreck」「Neighbors 2」など映画にも出ているが、日本では未公開。日本で見られるものだと、彼女がゲスト出演したHBOのテレビドラマ「Girls」がある。今年のスーパーボウルで放映された、セス・ローゲン共演のバドワイザーのCMも、アメリカでは話題になった。歯に衣着せぬ物言いが売りで、ジョークのネタにはセックスに関するものも多い。

最近では、政治的発言でやたらと物議を醸し出している。ヒラリー・クリントン支持者だったシューマーは、早くからトランプを猛烈に批判し、今年10月のフロリダでのショーでは、トランプを支持する観客200人が途中で出て行くという出来事があった。彼女はまた、「トランプが大統領になったらアメリカを出てスペインに住む」と語っていたが、選挙後、「移住するんじゃなかったのと言ってくる人たちは、あの人種差別者と同じくらい腐っている」とツイッターで反論し、ついでにさらなるトランプバッシングをしている(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20161120-00064636/)。

そんな彼女が、世代を越えてアメリカの女の子たちに愛されてきたバービーを演じるというのだ。

映画の製作配給はソニー・ピクチャーズで、プロデューサーは、長年にわたってソニーのトップに君臨した経験をもつエイミー・パスカルと、これまた業界の大ベテランであるウォルター・F・パークスとローリー・マクドナルド夫妻。彼らは3人の脚本家に脚本を書かせ、そのうちひとつを選んだとのことだ。ヒラリー・ウィンストンというライターが書いたその脚本で、理想的な世界に住んでいるバービーは、自分はここで浮いていると感じている。その世界から追い出され、現実の世界に入っていったバービーが、他と違っているということはむしろ強みなのだと気付いていくストーリーだそうで、現代における美の定義、フェミニズム、自分探しといったテーマを扱うものになるようだ。シューマーと、彼女の妹でコメディライターのキム・キャラメールが、脚本に手直しを加えるということである。

このテーマと切り口は今の時代にふさわしいと思うし、ステレオタイプに陥らず、広い目でヒロインを探すという発想は、すばらしいことである。モデル上がりのスリムな金髪美人を主人公に据えて夢の世界の話を語られても、今の女性は共感できないし、そういう映画を見て、母は娘に何を教えていいのかわからないだろう。実際、マテルは最近、時代の風潮に合わせて、違った人種や体型のバービーを発売しており、ある程度の型破りな人選は、その流れに合う。

とは言え、彼女は、アメリカの半分を敵に回してしまっている人である。それでも彼女を主演に据えたということは、パスカル、パークス、マクドナルドが彼女に求める何かがあり、彼女もまたおもしろいアイデアを持ち込んだということだろうか。

すでに、ソーシャルメディアには、あらゆる意見が飛び交っている。賛成コメントはごく少数で、ほとんどはネガティブだ。「今、吐いてしまった」「ボイコット」「映画はバービーのブランドをめちゃくちゃにするためのもの?」「私は絶対娘を連れていきません」「このキャスティングは間違っているよ。彼女は今、嫌われているんだよ。コマーシャルが出てきただけでも、僕は早送りするのに」「うるさいだけで魅力のない女性が出る映画に入場料を払う人がいると思っているのか」と言ったまじめな警告もあれば、「このバービーは糖尿病なのかい?」「次はマイケル・ムーア主演の『ヘラクレス』か」と言った揶揄もある。

結果的に、クレイグはダークで複雑なボンド像を作り上げて絶賛を受けた。「ドクター・ストレンジ」も、全世界で大ヒットしている。「ゴーストバスターズ」も、製作費をかけすぎたせいで利益こそ出なかったが、数字自体は悪くなく、おおむね批評も良かった(rottentomatoes.comで72%)。見る前から文句を言うべきでないという教訓の例は、これ以外にも多数ある。このバービー映画も、最後には反対派の予測を見事に裏切ってみせ、「ほら見たことか」と反対派を笑ってみせるのかもしれない。映画の公開は2018年夏。わかるのは、まだ先だ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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