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アルツハイマーは可笑しいのか?レーガン元大統領のコメディ映画に非難が殺到

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
批判を受けて、ウィル・フェレルはコメディ映画「Reagan」を降板(写真:Splash/アフロ)

ウィル・フェレルが、笑えない状況にいる。

米西海岸時間今週水曜日、「Reagan」と題する映画で、人気コメディ俳優フェレルが故ロナルド・レーガン元大統領を演じることになったと、業界サイトで報道された。物語の舞台は、レーガンが二期目の任期に入った頃。アルツハイマーの症状が出始めたレーガンに、野心の強いインターンが、「あなたは本物の大統領ではなく、映画の中で大統領を演じている俳優なのだ」と信じさせようとするブラックコメディで、フェレルはプロデューサーも兼任するという。

この報道を受けて、翌日、レーガンの娘パティ・デイビスは、フェレルに宛てた公開状をネットに投稿した。手紙の全文は、以下のとおり。

ファレル氏へ:

あなたがコメディ映画でアルツハイマーに苦しむ私の父を演じるというニュースを、ほかの人たち同様、私も拝見しました。あなたはその映画のプロデュースもされるとのことです。おそらくあなたは、アルツハイマーや、ほかの認知症についてご存知ないのでしょう。ご存知だったら、たぶんあなたはこのテーマを可笑しいとは思わないでしょう。

アルツハイマーは、その人がアメリカの大統領か港の労働者かなんて、気にしません。アルツハイマーは、記憶、つながり、人生の大事な節目といった、人間にとって一番大切なものを奪っていきます。それらは、世界における私たちの居場所を確かめさせてくれ、自分が知る、そして愛する人たちとつながらせてくれるものです。私は、恐れを知らないはずの父の目が、恐怖に曇るのを目撃しました。リビングルームで、声を震わせ、「自分がどこにいるのかわからない」というのも聞きました。突然にして届かないところに行ってしまった記憶や言葉を探す父を、私は、ただ見ているしかなかったのです。10年という長い間、父は、自分の人生の記憶や、馴染みのあるものを通り過ぎつつ、さまよいました。そして、幸い、最後には、恐れすら通り過ぎていきました。

その間、笑うこともありましたが、ユーモアは決してありませんでした。

アルツハイマーは究極の海賊です。人の人生を略奪し、からっぽの背景を置いていき、家族に大きな悲しみ、混乱、何もできないという気持ちと怒りを押し付けていくのです。あなたのコメディ映画のために、認知症の施設を訪れてみられてはいかがでしょうか。私は訪れましたが、コメディに良さそうなものは、何も目にしませんでした。あなたがちゃんとした人間であるならば、あなたも同じだと思います。

アルツハイマーと認知症の家族をもつ方々と介護をされる方々のために、私は週2回、“ビヨンド・アルツハイマー”という支援グループの会を開いています。そこで苦しむ方々の目を見ると、私は、父が病気だった時の自分自身を思い出します。何もできないという話や失われたものについての話をたくさん聞きつつも、愛する人が今日はどんな状態なのか、今日は何を失うのかわからないまま、毎朝勇気を持って起きる人たちの姿に、私は感動させられるのです。アルツハイマーについて唯一確かなことは、より多くのものが失われていき、最後には病気が勝つということです。

どうしてこのテーマがコメディにふさわしいのか、あなたからこの人たちに説明していただけますでしょうか。

この手紙が公開された翌日の29日(金、)フェレルは、この作品から降板すると発表した。フェレルのパブリシストは、「『Reagan』は、彼が検討する多くの作品のうちのひとつだったにすぎませんし、そもそもこれがアルツハイマーのコメディというのも違います」としながらも、「フェレル氏は、もはやこのプロジェクトに関わるつもりはありません」とコメントしている。

しかし、その後になって、今度はアルツハイマー協会が非難の声明を発表した。声明は、「アルツハイマーや認知症を患っている人を笑う映画を企画している人がいると知って、驚愕しました。こういうのは、もうやめるべきです」と述べ、最後は「レーガン元大統領と彼の家族は、アルツハイマー病に対する人々の認識を高め、治療のためのリサーチ資金の必要性を知ってもらう上で、大きな貢献をしてくれました」と締めくくっている。

業界サイトには、一般からも多くのコメントが寄せられた。「(降板は)良いニュースだ。これを止めようと、私はいろんな人に連絡をしていたところだった」「ウィル、エージェントを変えろ。アルツハイマーには可笑しい部分なんかまったくないよ」「どっちの政党を支持するかなんて関係ない。これは最悪のアイデアだ。次は耳の不自由な子供の映画でも作るというのか?」といった非難がほとんどだが、「こうなることはわかっていたはずだ。まず家族に相談しようと思わなかったのか」と、関係者の判断を疑問視するものもある。

フェレルは、昨年3月に北米公開されたコメディ映画「Get Hard(日本未公開)」でも、バッシングを経験している。金融界で活躍するミリオネア(フェレル)が詐欺容疑で刑務所に行くことになり、服役経験があるという黒人男性(ケビン・ハート)から、準備のためのトレーニングを受けるというストーリーだ。それだけでも十分にステレオタイプが感じられるが、実は、この黒人男性は洗車屋のオーナーで、服役したことはないという設定。黒人と見てすぐに犯罪者と決めつけたというところに、さらなる人種的偏見がある。刑務所内では同性にレイプされるからと、そのための練習を行うシーンも、「同性愛者への差別だ」「刑務所内のレイプのどこが可笑しいのか」という怒りを買った。当時、フェレルは「R指定のコメディを作る時は、誰かを怒らせてしまうものだ。でも、挑発するのが僕らの仕事。それに、僕らは、すでに存在するものを映し出しているにすぎない。すでにある振る舞いや勘違いを、架空のキャラクターにやらせているんだ」と弁解している。そこから必ず笑いが生まれるとは限らない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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