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ハリウッド映画の名所でもある日本レストランに立ち退き訴訟。新しい大家は中国企業

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
数々の映画に登場した山城 photo by Yuki Saruwatari

映画にも何度も登場したL.A.の名所、山城レストランが、立ち退きの危機にさらされている。

先月、中国のホテル/レストラン経営会社JEグループは、このレストランを含む7エーカー(8,570坪)の土地を、敷地とレストランを所有するグローバー一家から、4,000万ドルで購入した。買収された物件には、すぐそばのマジック・キャッスルやハリウッドヒルズ・ホテルも含まれる。当時、JEの代表は、1914年から存在する山城の建物の歴史に敬意を表し、「修理や改装は行うが、多くの手を加えるつもりはない」と語っていた。売主のトーマス・Y・グローバーは、今後もJEに家賃を払う形で店を続けるつもりだったが、売買契約が成立した直後、JEは、月10万ドル(約1,116万円)の家賃を要求してきたという。山城は20,432スクエアフット(574.2坪)の広さと、最高の眺めをもつが、それにしても月10万ドルは、L.A.においては破格に高い。その値段を払えないというグローバーに対してJEは立ち退き訴訟を起こし、今月28日に裁判が行われることになった。判決が下されるまでは、クローバーが現状のまま経営を続ける。

photo by Robert Fogarty
photo by Robert Fogarty

山城の建物は、シルクの輸入でミリオネアとなったバーンハイマー兄弟が、アジアの芸術品コレクションを保管する目的で、1911年に建設を始めたもの。京都の山城地区を忠実に再現するため、アジアから大勢の職人を呼び寄せ、1914年に完成させた。日本から600年の歴史をもつ仏塔を運びこむこともし、工事や庭園の整備には200万ドルがかかったとされる。兄弟のうちのひとりが亡くなると、コレクションのほとんどがオークションで売られ、建物は高級プライベートクラブとなった。そして1948年、トーマス・O・グローバー(トーマス・Y・グローバーの父)が敷地を購入。当初、彼は、すべて取り壊してホテルとアパートを建設するつもりだったが、細かい配慮のなされた建築美に感動し、修復してこのまま保つことを決意、会員費1ドルのカクテルラウンジをオープンする。だが、ある大晦日の夜、息子トーマスが、クラブの会員に食事を出したことがきっかけで、一般向けのレストランにしようという発想が生まれた。当初は客席数4で始まったが、その後、500人を収容する大規模なレストランへと変革していったのである。

photo by Robert Fogarty
photo by Robert Fogarty

日本の伝統的な建築を誇るこの店は、「サヨナラ」「SAYURI」「キル・ビル」「60セカンズ」「ブラインド・デート」などの映画や、数多くのテレビドラマ、あるいはCMのロケ地に使われてきた。箱が大きく、すばらしい眺めをもつこともあり、映画の打ち上げパーティなどにも、頻繁に利用されている。

L.A.の観光案内にも必ず含まれており、ローカルにも旅行者にも良く知られた店ではあるが、日本人による本場の日本食店が多数存在するこの街だけに、最も美味しい日本食の店としてここの名前が挙がることは、ほとんどない。実を言うと、筆者も、これだけ長いこと近くに住んできたにも関わらず、自分から率先して山城に行こうと思ったことはなかった。だが、この報道を受けて、先週土曜日に様子を見に足を運んでみると、開店の午後5時から、ひっきりなしに車寄せに車が到着する繁盛ぶりで、驚かされた。土曜日の夜ということもあり、婚約祝いか、あるいは結婚式のリハーサルディナーなのか、ドレスアップした人たちも多く、中庭に面した広いダイニングルームは、貸切りとなっている。それらの客の7割以上は、日本人ではないアジア系。というか、おそらく中国系だ。この日がたまたまそうだったのか、不動産を中国の大手企業が買ったから中国人が増えたのか、もともと中国人客が多かったから中国企業が買ったのかは、常連ではない筆者にはわかりかねる。しかし、ここが、中国人にとってもL.A.の名所となっているのは、明らかだ。

JEは、歴史のある物件を購入しては美しい形で修復することを得意としてきた会社だと報道されている。グローバーらを立ち退かせた後、山城の名前を買い取ることや、スタッフの一部を引き継ぐことも考えているらしい。経営陣が変わっても、少なくとも、表面的には、今とそれほど変わらないまま、店は続くのかもしれない。しかし、L.A.TIMES紙の取材に対し、グローバーは、「10万ドルの家賃を取るなら、メニューの値段は最低でも倍にしないといけないだろう」と語っている。折しもカリフォルニアでは最低賃金が引き上げられたばかりで、どのレストランも、メニューの値段を上げることを強いられている状況。そのせいで人が外食を躊躇するようになるのではと危惧されている中、さらに値段を倍にしても、あの500人の箱を毎晩埋められるものなのか。また、70年近く、ご近所さんと親しい関係を築いてきたグローバー一家と同じようなコミュニケーションを、JEは保っていけるのか。皮膚を越えた内臓の部分では、何かが変わりそうな気がする。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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