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ウォシャウスキー姉弟が姉妹に。ハリウッドのトランスジェンダー・ルネッサンスは続く

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンディ・ウォシャウスキー(左)はトランスであることを宣言、リリーと改名した(写真:ロイター/アフロ)

「マトリックス」などで知られるアンディ・ウォシャウスキー監督(48)が、トランスジェンダーであることを発表した。新しい名前は、リリー。ラナ(50)は、2012年に女性に性転換しており、かつてラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟と呼ばれた監督コンビは、ラナ&リリー・ウォシャウスキー姉妹となった。

リリーは、自分がトランスジェンダーであることをメディアに嗅ぎつけられたと感じ、暴かれる前に自分で告白することを選んだというが、このニュースは、かなり冷静に受け止められている。昨年、トランスジェンダーをリアルな視点から取り上げる映画やテレビ番組が複数出たことで、アメリカでは、人々の認識が高まっていることが大きいだろう。ゲイ、レズビアンと比べても、さらにハリウッドで存在感が薄かったこの層は、突然にして、舞台の中心に躍り出るようになってきたのである。

始まりは、昨年1月のゴールデン・グローブで、「トランスペアレント」が、テレビシリーズ(コメディまたはミュージカル)賞と、主演男優(テレビシリーズ、コメディまたはミュージカル)賞をダブル受賞したこと。父がトランスジェンダーだったことを知り、成人した子供たちがショックを受けるというこのコメディは、クリエーターのジル・ソロウェイの実体験にゆるやかにもとづいているという。4月には、人気リアリティ番組「Keeping Up with the Kardashians」で全米に名前を知られるブルース・ジェンナーが、テレビのインタビュー番組で、トランスジェンダーであることを告白した。ケイトリン・ジェンナーとして登場した「Vanity Fair」誌の表紙は大きな話題を呼び、8月には、女性としての日常を描く8回のドキュメンタリーシリーズ「I am Cait」が放映されている。第2シーズンも、今月始まった。

また、夏には、低予算のインディーズ映画「Tangerine」が公開された。ハリウッドのサンタモニカ・ブルバード近辺でよく見かける、トランスジェンダーの売春婦たちの生活を綴るもので、ドキュメンタリーではなく、フィクションのコメディだが、主人公のふたりには、プロの俳優ではなく、本物のトランスジェンダーの女性を起用している。そのうちのひとり、ミア・テイラーは、インディペンデント・スピリット賞から主演女優賞、ゴッサム賞からブレイクスルー賞を獲得した。もうひとりのキタナ・キキ・ロドリゲスも、両方の賞にノミネートされている。

さらに9月のトロント映画祭では、エル・ファニング主演の「About Ray」がプレミア上映された。高校生レイ(ファニング)は、男の子に性転換するため、ホルモン治療を始めたがっているが、未成年のため、両親ともの署名が必要で、母(ナオミ・ワッツ)は、長年、音信がとだえているレイの父親に連絡を取らなければならなくなるという物語だ。トランスジェンダー本人の心理だけでなく、その家族にも焦点を当てているところが興味深い。ファニングやワッツ、またワッツの母を演じるスーザン・サランドンらの演技は高く評価されたが、なぜか、そのプレミア直後に決まっていた北米公開日に映画は公開されず、そのままになっている。

そして11月には、エディ・レッドメイン主演、トム・フーパー監督で、「リリーのすべて」が公開された。性同一性障害という言葉すら存在しなかった1920年代、危険を冒してまで性別適合手術を受けたデンマークの画家アイナー・ヴェイナーと、彼を支えた妻ゲルダの、美しい愛の物語だ。ゲルダを演じたアリシア・ヴィキャンデルは、先月のアカデミー賞で助演女優賞を受賞。レッドメインも、主演男優部門にノミネートされている。

これだけ続くと、まるでブームが起こったかのように思われがちだが、実際のところは、あくまで偶然である。「リリーのすべて」は、10年ほど前から映画化の企画が進められていたし、ジェンナーにしろ、ウォシャウスキーにしろ、「トランスペアレント」のソロウェイの父にしろ、最近トランスジェンダーになったわけではない。ただ、ずっと本当の自分を隠すことを強いられてきた人々が、21世紀に入ってだいぶたった今、ついに声を上げるようになり、周囲も彼らの存在を意識するようになったということだろう。ラナ・ウォシャウスキーは、「マトリックス レボリューションズ」の撮影時に、自分がトランスであることを家族に告白したと語っている。それだけでもずいぶん勇気が必要だったはずだが、公に発表するまでに、彼女は、それからまだ10年の年月を必要としたのである。ジェンナーも、「私は、家族、親しい友達、牧師、神と多くの会話をもち、その結果、自分は何者なのかということについて、自分は正直であるべきだと思うようになりました。そして、一生、私の中に生きてきたこの女性が、ついに生きられるようにしてあげようと思ったのです」と語った。彼女はまた、自分は世間からいくらでもバカにされてかまわないとし、そういった批判に絶えられない若い人たちのためにも立ち上がったのだとコメントしている。

「ボーイズ・ドント・クライ」は、ヒラリー・スワンクがオスカー主演女優賞を受賞した後も、保守的な地方都市では劇場公開されなかった。しかし、今、人々は、自宅のリビングルームで「I am Cait」を見ている。その間、15年の年月が過ぎた。変化は、決して、急に起こったものではないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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