Yahoo!ニュース

DVDを配布しないと賞はもらえない?アワードシーズン、スタジオが抱えるジレンマ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「Joy」で有力視されていたジェニファー・ローレンスはSAGの候補入りを逃した(写真:REX FEATURES/アフロ)

映画俳優組合(SAG)賞のノミネーションが、アメリカ時間9日発表された。翌10日に発表されたゴールデン・グローブが、オスカーの投票者とまったくかぶらないのと違い、SAGの投票者にはアカデミー会員も多い。さらに、アカデミー会員の中で一番多いのは俳優ということもあり、SAGは非常に重視される賞だ。

しかし、SAGのノミネーション結果からは、オスカーの有力候補と思われているデビッド・O・ラッセル監督の「Joy」と、クエンティン・タランティーノ監督の「The Hateful Eight」が完全に欠けていた。「Joy」は、ラッセルがジェニファー・ローレンスと組む3度目の映画で、ローレンスの見せ場が圧倒的に多いだけに(タイトルはローレンスが演じる主人公の名前、)過去に4回ノミネートされ、1度受賞しているローレンスが候補入りもしなかったのは、驚きだった。「The Hateful Eight」も、このアワードシーズン、ジェニファー・ジェイソン・リーの助演女優部門での健闘が期待されている。

この2作品に共通するのは、スタジオがスクリーナー、すなわち投票権のある人に送るDVDを配布しなかったこと。スクリーナーとノミネーション結果の関連性は、近年、指摘されてきている。たとえば2年前には「ウルフ・オブ・ウォールストリート、」昨年は「グローリー/明日への行進」が、スクリーナーを送らず、SAGの候補入りを逃した(どちらも、SAGより1ヶ月後に発表となるオスカーにはノミネートされた。)「ウルフ〜」と「グローリー〜」を配給したパラマウントは、その失敗に学び、今年は「The Big Short」のスクリーナーを早々と10月に送付し、見事、アンサンブル部門と助演男優部門(クリスチャン・ベール)で候補入りを果たしている。今年、「Beasts of No Nation」で初めて映画がらみの賞に参入するNetflixも、SAG会員全員に無料のメンバーシップを与えた上で、さらにスクリーナーも送付し、やはりアンサンブル部門と助演男優部門にノミネートされた。

投票者は、見ていない映画には投票しない。作品を見てもらうことは、候補入りのための第一歩だ。にも関わらずスタジオがスクリーナーを送らない理由は、いくつか考えられる。ひとつには、単純に映画の完成が間に合わない場合。DVDを作り、美しいパッケージに入れて、数多いメンバーに送付するには、それなりに時間がかかる。また、違法コピーの不安もある。さらに、大きなスクリーンで見てほしいというフィルムメーカーの本音もあるだろう。「The Hateful Eight」を配給するワインスタイン・カンパニーは、Los Angeles Times紙に、何度も「SAG会員へ。スクリーナーは配布しませんので、以下の試写にぜひ参加してください」という広告を出している(こういう広告が一般新聞に出るのは、いかにもL.A.といえる。)タランティーノが70mmのパナビジョンで上映するこだわりの「The Hateful Eight」は、たしかに、断然ビッグスクリーンで見るべきだ。しかし、途中休憩を含めて3時間を余裕に超える映画の、数少ない試写に、誰もが都合よく行けるわけではない。話題作が集中する年末、ノミネーションの投票締切日までに見るべき映画に追われる投票者にとって、自宅でいつでも見られるスクリーナーは、ありがたい。「映画は大きなスクリーンで見るべきだ」という理由で、長年スクリーナーを禁じてきた監督組合(DGA)も、2012年にルールを変更している。

スタジオにとって、これは新たなアワードキャンペーン経費だ。最も重要なアカデミー(約6,500人、)PGAことプロデューサー組合(約8,000人、)WGAこと脚本家組合(約12,000人、)SAGのノミネーション権をもつメンバー(約129,000人)に加え、さらにほかのアワードの投票者にも送るとなると、必要な枚数は最低でも15万枚で、そのコストは240万ドル(約2億9,000万円)に上るという試算が出ている。

アワードキャンペーンには、TVスポット、街角の広告看板、新聞広告、業界関係のウェブサイトへのバナー広告、パーティなど、ほかにも多額のお金がかかる。そこへきてさらに必要経費が増えるのはうれしい話ではないだろうが、逆に、お金がない小作品にとっては、スクリーナーは比較的手頃な値段で、確実に目的の人に手渡すための良い手段だ。しかし、彼らにはメジャースタジオのように、派手なカラー写真入りのパッケージを作る予算はなく、山のように届くスクリーナーの中に埋もれてしまう可能性もある。昔ならばなかった問題に、今、多くの関係者が、頭を悩ませている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事