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悪魔思想に取りつかれるプーチン政権。原発にミサイル、ウクライナ教会の破壊。イスラム教徒と聖戦共闘か

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
聖アウグスティヌス(聖ヴォルフガング?)と悪魔。Michael Pacher作。

11月12日、ロシアの報道機関が、新しい民間の軍事会社の誕生を間近に控えていると報じた。

ロシア正教会の名で行動している組織で、その名を「聖アンドレイ十字」団という。

英語読みだと「聖アンドリュース」、カトリックでは「聖アンデレ」と呼ばれることが多いこの聖人は、キリスト教界では大変大変有名な聖人である。マタイの福音書によると、彼はイエス・キリストの十二使徒の、最初の使徒であるという。

2017年にサンクトペテルブルクに設立された「聖アンドレイ十字」団は、当初は、元特殊部隊の監督下にあって、ロシア正教会の支援を受けた「単純な」準軍事訓練センターだった。

「聖アンデレの殉教」。X型の十字架にかけられたとされるため、Xのデザインはこの聖人を表すようになった。Wikipedia.frより。作者製作年不詳。
「聖アンデレの殉教」。X型の十字架にかけられたとされるため、Xのデザインはこの聖人を表すようになった。Wikipedia.frより。作者製作年不詳。

この聖人をあらわす旗や紋章は大変多い。一部を紹介しよう。左上:スコットランド旗、右上:ロシア海軍の聖アンドレイ旗、左下:アメリカのフロリダ州旗、右下:バチカン市国国旗。
この聖人をあらわす旗や紋章は大変多い。一部を紹介しよう。左上:スコットランド旗、右上:ロシア海軍の聖アンドレイ旗、左下:アメリカのフロリダ州旗、右下:バチカン市国国旗。

ラジオ・フランス・インターナショナルの報道によると、先日この組織がウクライナでの戦争に参加するための「義勇軍」の編成を希望していると発表したのだった。

複数のロシアメディアは、「教会に属する初の民間の軍事会社の誕生」と見たのだが、サンクトペテルブルクのロシア正教会の代表は、「聖アンドレイ十字は、人々が祖国を守るために行くもので、民間軍事会社ではない」と主張している。

このことは、ロシアの戦争とプロパガンダにおける正教の重要性が、どんどん増していることを示すものだという。

つまり十字軍のようなもの、ということなのだろうか。ウクライナ人は異教徒ではないが、ナチスであり異端であるという意味なのだろうか。

ウクライナ戦争は「悪魔との闘い」

このことが何を意味するかというと、ウクライナ人はナチスであるだけではなく、西側という悪魔の崇拝者であり、この戦争はウクライナ人に対する宗教戦争なのだ、という考え方である。

西洋は、退廃的で反宗教的であり、「伝統的価値」を破壊している。だから、ロシアにとって、ウクライナ戦争は、真の文明の戦争なのだ。ウクライナを「脱・悪魔化」しなくてはならない。善である我々は、悪と戦わなくてはならないーーこれがこの約2ヶ月、ロシアのプロパガンダに顕著に現れてきている傾向である。

この考えは、ロシアでは長い間、極端な言論の周辺にとどまっていた。しかし、最近広がりを見せ、主流メディアや一部の高官の言葉にも足場が築かれてきたのだという。

すでにプーチン大統領にその兆候が現れている。9月末、プーチン大統領自身が「善と悪の闘い」を復活させた。

ウクライナで自称「住民投票」が行われ、四州が併合された後、クレムリンで署名式典が行われた。

プーチン氏はなんと言ったのか。西側エリートの独裁が、彼らによる自由の抑圧が、悪魔主義の特徴をもってきたと言ったのだ。

プドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリージャの 4 つの地域を併合する式典。9月30日、モスクワ大クレムリン宮殿のゲオルギエフスキー ホールで。
プドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリージャの 4 つの地域を併合する式典。9月30日、モスクワ大クレムリン宮殿のゲオルギエフスキー ホールで。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

ロイターの抜粋を訳すと、「西側エリートの独裁は、西側諸国の人々自身を含む、すべての社会に向けられています。これはすべての人間への挑戦です。これは人間性の完全な否定であり、信仰と伝統的価値観の転覆です。 自由の抑圧そのものが、明白な悪魔主義という宗教の特徴を帯びてきています」と演説した。

しかも、クレムリンでの併合式典の日の夜に、赤の広場で開かれたコンサートでは、目が丸くなるような光景があった。

俳優であり、正教会の司祭であり、戦争の先導者でもあるイワン・オクロビースチン氏が登場。取り憑かれているような熱狂的な演説を行った。

「我々はこれを聖戦と呼ぶべきだ!聖戦だ!」

「ロシアにはいにしえの世界があった。ゴイダ!」

「ゴイダ、兄弟姉妹よ、ゴイダ! 恐れよ、旧世界よ、真の美、真の信仰、真の知恵を欠き、狂人、変態、悪魔主義者に支配された世界よ。怖れよ、我らはやって来るぞ!」と叫んだ。

「ゴイダ」とは何か、おそらく誰も意味を知らないらしいが、熱狂につられてか「ゴイダ!」と叫び返している聴衆がいた。

この言葉は識者にも何だかよくわからず、明確に説明できないもののようだ。

(この言葉の英語解説記事を読んでみたい方はこちらをクリック)。

このビデオを紹介するかどうか迷ったが、日本にはこれに影響されてゴイダ化(?)する人が出るとは考えにくいので、ロシアで実際に起こっていることの雰囲気を知っていただくメリットのほうが大きいと考え、以下に紹介する(46秒)。

聴衆の数がそれほど多くに見えない(超盛り上がりにも見えない)のが救いかもしれないが・・・。

このころから、多くの欧米の識者が「プーチン氏の善悪二元論」や「悪魔主義」への傾倒に警鐘をならすようになった。

それに、実際に発せられた言葉に加えて、プーチン大統領・政権では、相手を糾弾する内容は、そのまま自分の側が考えていること、そのまま自分の側が行っていることであるケースが大変多い。

フランス語ではかなり多くの記事がある。さすが伝統的にキリスト教の国であり、フランス革命から100年以上かけて、共和制、恐怖政治、帝政、王制とひっくりかえりながら、市民の手で1905年に政教分離法を勝ち取った国の危機感度だなと、感心する。

「ネオナチ」に限界。超保守派による宗教的な共通の憎しみへ

ロレーヌ大学でロシア文明を教えるアントワーヌ・ニビエール教授は、「ロシアの指導者たちは、共通の敵を指定する必要がある」と指摘する。

ウクライナは「ネオナチ」という概念は、もう限界になりつつあるという。それは「大祖国戦争」(第二次世界大戦)を近代史の基礎とするソ連の伝統的な区分けに合っていた。今は、知的な人々のサークルの祝福を受けながら、善悪二元論のレトリックが、引き継いでゆく。

フランス公共放送のファビアン・マニュー記者は、ロシアにおけるこの傾向を様々に報じている

11月4日の国家統一記念日に、メドヴェージェフ元大統領(現・安全保障会議副議長)は「目標は、地獄の最高支配者を阻止することです。サタン、ルシファー、イブリスなど、その名が何であっても」、「私たちは創造主の言葉を心で聞いて、それに従います」と書いた。

これは、共通の憎しみで信者を団結させようとする、モスクワの神秘主義的なプロパガンダを物語っているのだという。

国営放送の司会者ウラジーミル・ソロヴィエフが、脱線気味に「私たちは文化の存続のために、悪魔や悪魔崇拝、NATOと戦っている」というのは、いつものことだ。

(覚えていますか。戦争が始まる直前の2月、ベラルーシのルカシェンコ大統領の下僕宣言のインタビューをした人です。御用記者という位置づけでした)。

実は、かなり以前から、この言葉を、超保守的な人たちは広めていた。

本やYouTubeのチャンネルでは、アメリカのテレビ伝道師のスタイルで、差し迫った世界の終わりの考えを吹き込んできたのだという。

(2021年1月6日に米議会を襲撃した人たちには、キリスト教白人ナショナリズムが見られた)。

彼らにとっては、悲劇として経験された1917年のロシア革命は、正統派・正教会の価値を守る唯一の国・ロシアに対する、世界的な陰謀を想定しているとのこと。

正教会の司祭アンドレイ・クヴァッチョフは、ロシアのウクライナ戦争を支持する説教を、ソーシャルネットワークに多数投稿している。ビデオでは、家の中の悪魔を祓う方法を解説している。

ロシア正教会のキリル総主教も、プーチンの「グローバリズム」との戦いを賞賛し、善悪二元論のレトリックを使用して、ロシア大統領を「反キリスト」との闘士のレベルに引き上げている。

『ニューズウイーク』の報道によると、10月2日、キリル総主教は、プーチン大統領を、「反キリストとの戦い」のための「チーフ・エクソシスト(悪魔祓い長)」と呼んだ。

夏には既に、ザハロワ報道官は、戦争を鼓舞する精神的指導者に対する西側の制裁を「悪魔主義」と表現していた。

市民の一部動員後、キリル総主教は群衆に「勇敢に軍務を果たす」よう呼びかけ、死んでも神の国での居場所を保証するとしていた。

「これは、キリスト教の信仰というよりも、ジハード(イスラム教の聖戦)の文脈で交わされた約束を彷彿とさせます」とニビエール教授は指摘する。

イスラム教徒との共闘のための「聖戦」

このような識者の指摘は、複数みかける。

フランスの中道右派の週刊誌『ル・ポワン』は、

「悪魔との闘い」は、アルカイーダのビン・ラディンに着想を受けており、かつてイランのホメイニ師も同じことを言った、と書いた。

悪魔との闘いである「聖戦」という概念は、ロシア側で戦うイスラム教徒とキリスト教徒を結びつける可能性があるかもしれない。

チェチェン大隊(イスラム教徒)のカディロフ首長は、悪の勢力に対抗する「キリスト教徒とイスラム教徒の連合」を提唱しているという。

ロシア連邦チェチェン共和国の首都グロズヌイの広場で、カディロフ首長がウクライナでの軍事紛争に捧げる演説を聞く軍人たち。2月25日。
ロシア連邦チェチェン共和国の首都グロズヌイの広場で、カディロフ首長がウクライナでの軍事紛争に捧げる演説を聞く軍人たち。2月25日。写真:ロイター/アフロ

彼に言わせれば、3月のテレグラムへの投稿によると、「悪魔主義」を「第一の敵」と定義し、欧米の「悪魔的民主主義」を批判。欧州では冒涜者の処罰を求め、米国では一夫多妻制の禁止を非難し、LGBTコミュニティを「悪魔の奴隷」と攻撃している。

一夫多妻制はともかくとしても、伝統的な家族の価値観を否定し、同性愛の関係や結婚などを認めようとする「変態西洋」を嫌悪し、西洋人を「悪魔だ」とする。この主張は、イスラム教徒や世界各国の中の、一定の人々を惹きつけることができるかもしれない。

10月15日、ウクライナと国境を接するロシアのベルゴロド州にある軍事訓練場で、死者が出る事件が起きた

それほど大きなニュースになったわけではないが、ロシア側の発表によると、旧ソ連出身者のテロリストが発砲をしたということで、「???」と思わせるものだった。

何が起こったのか、米戦争研究所のレポートに詳細が書かれていた。

コーカサス地方(ダゲスタン、アゼルバイジャン、アディゲ)から動員された軍人がいた。最初の二つの地域はイスラム教徒が主流である。

彼らはウクライナの戦争は自分たちの戦争ではないと司令官に訴えた。

すると司令官は、「聖戦」を戦っているのだと答え、(宣誓したロシアのために戦わないのなら)アッラーは「臆病者」だと呼んだ。

その後発砲したのは、タジク人3人だという。タジク人も、イスラム教徒が主流である。

問題発言をしたのはアレクサンドル・ラピン大佐という人物で、約30人が死亡したという別の報道もある。

この事件は、ロシア政府が動員の負担を、少数民族コミュニティに依存していることが原因で起きた。ロシアの少数派コミュニティにはイスラム教徒が多くおり、主流のロシア人キリスト教徒の間に摩擦が生じている例である。

11月上旬に、民族主義者で陰謀論者のアレクサンドル・ドゥーギンは、「これは悪魔のような西洋に対する聖戦なのである。ジハードと呼ばれているのは偶然ではない」と述べた。

「そして、もしカディロフがそれを公然と言う勇気を見出すことができたなら、私たちもそうすることを躊躇すべきではないと思う」と言ったという。

ロシアへの従属を捨てた正教会の爆破

最後に、ウクライナにある二つの正教会の対立の現在について書いておきたい。

ウクライナ正教会は、330年以上もロシア総主教の下位にあり続ける組織と、独立を望み、権威コンスタンチノープル総主教の祝福を受けて、2019年1月6日に正式に独立した組織の二つに分裂していた。

独立教会のトモスを、コンスタンティノープル総主教(左)が手渡し、ウクライナ正教会が独立した瞬間。2019年1月6日。写真:President.gov.ua
独立教会のトモスを、コンスタンティノープル総主教(左)が手渡し、ウクライナ正教会が独立した瞬間。2019年1月6日。写真:President.gov.ua

力があったロシア正教会と、権威はあるが力はないコンスタンチノープル正教会は、対立するようになっていて、後者はウクライナに味方したのだった。

参考記事

◎【後編】宗教の境界で三分するウクライナと「千年に一度のキリスト教世界の分裂」:ロシアとの宗教対立

◎【前編】ウクライナとロシアの宗教戦争:キエフと手を結んだ権威コンスタンティノープルの逆襲

戦争が始まって、ロシアの下位にあるウクライナ正教会は衰退していった。理由はシンプルかつ深い。

戦争のために死んだ家族をもったウクライナ人は、ロシア支配下の教会や司祭による埋葬を拒否したのである。苦悩ののち、独立ウクライナ正教会に転向する司祭・教会は多かった。

5月27日、ロシア正教会モスクワ総主教座の下位にあったウクライナ正教会は、評議会の結果、ロシア正教会のヒエラルキーからの脱退を表明した。

この時、驚くべきことが起きた。

ロシア正教会のキリル総主教は、この独立の決定を「理解する」と述べたのだった。

そして「一時的な」障害が、ロシアとウクライナの人々の「精神的な結束を破壊しないように祈っている」とも言った。

戦争前から相も変わらず、キリル総主教はウクライナへの侵攻を「悪の力」との戦いと叫び続けているが、表立っては分離への批判を避けたようである。

「モスクワの日」設立872周年を祝う式典に参加するキリル総主教。2019年9月7日
「モスクワの日」設立872周年を祝う式典に参加するキリル総主教。2019年9月7日写真:代表撮影/ロイター/アフロ

なぜこうなったのか、ロシア人信者の気持ちに沿ったものだという分析が見られた。

このあたりのロシア人信者の気持ちは、ぜひ詳しく知りたいところだ。この件は半年前のことで、今はどのようになっているのかも。

これに対して、ロシア政府はどう反応したのか。

10月下旬にウクライナの学術プロジェクト「Religion on Fire」が、宗教施設・建物の被害に関する中間報告書を発表した

2月24日から8月24日までの半年間のモニタリングの結果である。

それによると、ロシア教会の下位にあって戦争開始後に離反したウクライナ正教会が、戦争で最も影響を受けているというのだ。

彼らの建物は、156棟が破壊または被害を受けた。

戦前に念願の独立を果たしたウクライナ正教会は21棟。

ギリシャ・ローマカトリックは5棟。

プロテスタントは37棟。

イスラム教のモスク5棟、ユダヤ教施設13棟。

ハルキウ地方のイジュームの近くにある破壊された教会。解放後の9月14日撮影。
ハルキウ地方のイジュームの近くにある破壊された教会。解放後の9月14日撮影。提供:Iryna Rybakova/Press Service of the 93rd Independent Kholodnyi Yar Mechanized Brigade of the Ukrainian Armed Forces/ロイター/アフロ

全体で見ると、156棟とは、確かに被害は甚大だった。

戦闘が起きている地域は、もともとロシア人やロシア語話者が多かった地域だから、というのはあるが、報告書では「無差別に砲撃された宗教施設もあれば、機関銃や大砲で意図的に破壊された施設もある」という。

ロシア側は、自分たちから離れ「裏切った」正教会を許せないのだろう。「悪魔に身を売った」と思っているのだろうか。

ロシア連邦安全保障会議のアレクセイ・パブロフ書紀補佐は、ウクライナには市民が正教・正統派の価値観を捨てた「数百のセクト」があるとした。

そして「ウクライナ全土に広がっている」とされる「悪魔教会」を特に懸念している述べたと、国営タス通信が報じたという。

(ちなみに、彼によれば、「悪魔教会」は、アメリカで公式に登録されている宗教の一つなのだそうだ)。

これらは「ロシアを裏切った」教会、独立した教会を意味しているのだろうか。

さらに彼は、キーウ政府は、市民に正教・正統派の価値観を放棄することを強要しており、ウクライナ市民の心を「改革」して、数世紀にわたる伝統を放棄させ、正統派(正教会)信仰、イスラム教、ユダヤ教がもつ真の価値観を禁止するように仕向けている、とすら述べた。

「インターネット操作と心理技術を使って、(キーウの)新体制は、ウクライナを主権国家から全体主義的な超セクトに変えた」とも言っている。

ザポリージャ原発にミサイル12発

現在、戦闘はやや休止状態である。前回もそうだったが、このような期間は、ロシアは大いにミサイルをあちこちぶっ放す傾向がある。

欧州最大級のザポリージャ原発に、キロメートルではなくてメートル単位のニアミスで、砲撃が行われた。

国際原子力機関(IAEA)によると、爆撃は11月19日土曜日の午後6時前に始まり、その後少し静かになり、20日日曜日の午前9時15分ごろに再開された。40分間に12回の爆発が記録された。午後、辺りは再び静まり返った。

11月21日未明の報道によると、国際原子力機関 (IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長は、憤慨してこう述べた。

「原発の鍵となる安全およびセキュリティシステムに、直接の影響はありませんでしたが、爆撃は危険なまでに近づいていました。私たちはキロメートルではなく、メートル単位の話をしているのです」

「ザポリージャ原発に砲弾を打ち込む者は誰でも、莫大なリスクを犯し、多くの人々の命を賭けているのです」

「今回もまた、重大な核事故が起こる可能性があったのに、起こらなかったのは幸運でした。次回はこの幸運がないかもしれません。次回がないように、私たちは全力を尽くさなければならないのです」

ザポリージャ原発。原子炉は6基ある。
ザポリージャ原発。原子炉は6基ある。写真:ロイター/アフロ

この原発攻撃は、政治的には、超保守派(カディロフ首長を含む)から弱腰を非難されているプーチン政権が、強気のパフォーマンスを見せるために行ったと、分析できないことはない。

この分析は、「超保守派」と「プーチン大統領や側近たち(全員ではないだろう)」の間には意見の隔たりや考え方の違いがあり、両者は同じではないという前提をもとにしている。この仮説を完全に否定するつもりはない。

しかし、原発が砲撃で破壊されたら、チェルノブイリ事故よりもっとひどい大惨事になりかねず、世界中に被害が及ぶのだ。当然、ロシアにもロシア人にもである。

それなのに、このように狂ったような行いをするのは、やはり「悪魔」思想に、多かれ少なかれ取り憑かれているからなのだろうか。

将来、国際刑事裁判が開かれて、ロシア人幹部を「非人間的な戦争の犯罪」や「人道に対する犯罪」で糾弾したら、「私は悪魔を殺そうとしたのだ! 彼らは悪魔に取り憑かれているのだ!」と反論してくるシーンを想像すると、頭がクラクラする。

プロパガンダにさらされたロシア人の一般市民は、一体どう思っているのだろうか。「市民」という言葉に適する人々は、無言だったり消滅したりしているのだろうか。

筆者はつくづく思うのだ。

人は自分にわかる範囲でしか、相手を理解できない。

エリートの弱点は、相手も自分と同じように頭がよくて、合理的思考をすると無意識に思い込むところだ。

だから、純粋なエリートが主要な政治家になることが多いと、危機に対応ができず、その国は衰退するのだろう。

このように戦争という非常時では、事態を見るのに、その人の生涯全部の力、人間の力が問われると思う。

どれだけ多種多様な人間を見て学んできたか、どれだけ歴史などから学んだか、想像力はあるか。

ロシアは日本の隣国で、ウクライナ戦争は必ず日本に大きな影響を及ぼす。

筆者は在野の人でエリートではないが、6基もある原発サイトへのミサイル攻撃という、地球上の人類も生物すべてをも苦しめ滅ぼしかねない、とてもまともには思えない行為を前にして、常に自分を戒めながら原稿を書かなくてはならないと、改めて身を引き締めている。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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