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【その2】プーチン大統領は国民にいかに「ウクライナ侵攻」の理由を説明したのか:1時間スピーチ全文

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2013年12月8日、百万人規模の人が反政府・親EUのデモを行ったマイダン広場(写真:ロイター/アフロ)

お待たせいたしました。「1」の続きです。

今回は、親露派政権を追い出してウクライナで政権を握った、親西側で民主派と呼ばれるマイダン政権の批判です。

首都キエフにある広場(マイダン)に、大規模な反政府・反腐敗・反ロシア・親EUの人々が集まってデモが起きたので、彼らのことや政権を「マイダン」と呼ぶようになりました。

ちなみに、広場の塔のデザイン(上)と、パリのバスティーユ広場にあるもの(下)は、とても似ています。

パリのバスティーユ広場。最近は専用レーンを自転車が暴走族のように飛ばしている光景が普通になった。Wikipediaより
パリのバスティーユ広場。最近は専用レーンを自転車が暴走族のように飛ばしている光景が普通になった。Wikipediaより

以下にまず、筆者の「開戦日に思ったこと」が続くので、関心がない人は飛ばしてください(プーチン氏の写真の下から始まります)。

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ウクライナ全土侵攻の衝撃

「1」を書き終わり、だいぶ遅くなったけど寝ようとしたら、開戦したという情報が入ってきて、もうびっくりです。寝る時間がなくなりました。

プーチン大統領の開戦の演説は23日水曜日、モスクワの朝6時前、欧州中央時間では4時前、日本では正午前です。

まさか、首都キエフを狙うとは、全土にやってくるとは・・・。ほとんどのヨーロッパ人と同じように、私も大ショックです。

ヨーロッパ人は、決して楽観していたわけではありません。私が見ている範囲では、ミンスク合意が、本当に今度こそ交渉によって守られると思っていたヨーロッパ人識者は、いなかったように思います。そもそもプーチン大統領が、合意にあるように、二つの自称人民協和国がウクライナ領であるという大前提を認めるわけがない。

それでもプーチン氏は、一応交渉のテーブルについていた。ロシア正規軍はウクライナ領に介入していなかった。そういう「かりそめ」の平和を、ヨーロッパ人は再びつくり出したかったのでしょう。

短期間の平和が戻ったとしても、それがずっと続くと思っているヨーロッパ人識者もまた、いなかったと思います。でもその後どうなるのか、重大な日が来るとしたらいつなのか、どの程度なのか、誰にもわからなかった。私は「首都キエフは、いくら何でもなくても、東部とクリミアと黒海沿岸は大いにありうる」という意見にくみしていました。でもここ数日は「もしかしたら違うのでは」と思い始めましたが、それでもまだ「まさかね」という気持ちがあったのです。

ショックです。甘かった。フランスのテレビにネットに溢れかえる情報で、頭も混乱しています。どこから何を書いていいのかもわからない。

主要情報は、日本のメディアで流れているので必要ないとして、それ以外にも山のように興味をひいた話があるのに。頭が疲労と混乱で働かない。

開戦となって、日本ではほとんど見たことがないタイプの識者がたくさん登場して、鋭い意見を述べていて、層の厚さを感じます。ヨーロッパ人だから欧州に詳しいという話ではない。戦争、権力、権威、軍隊、歴史、政治、市民社会ーー

それらを行っているのは人間であり、彼らは人間を冷徹に知っているという感じでしょうか。

そして縦横無尽に届く、たくさん国のさまざまな方面から入ってくる情報。

フランスは本当に外交大国です。日本も将来こうなってほしいのですが・・・。

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<ウラジーミル・プーチン大統領 ビデオメッセージ 2022年2月21日>

写真:REX/アフロ

【1】より続きます

それにもかかわらず、これらすべての困難にもかかわらず、ロシアは常にオープンで誠実な方法で、既に述べたように、ウクライナの利益を尊重しながら、協力しました。

我々(ロシアとウクライナ)は様々な分野で結び付きを発展させました。こうして2011年には、二国間の貿易額は500億ドル(約5兆7500億円)を超えました。パンデミックが発生する前の2019年には、ウクライナのEU加盟国すべてを合わせた貿易額は、この指標を下回っていたことを伝えておきます。

同時に、ウクライナ当局は、自分たちはいかなる義務からも解放されながらも、あらゆる権利と特権を享受するやり方で、ロシアと取引することを常に好んでいたことは記しておくべきことです。

キエフの当局者たちは、パートナーシップを、時には極めて厚かましい (brash) やり方で行動する、寄生的な態度に置き換えました。エネルギー通過に関する継続的な恐喝と、文字通りガスを盗んだという事実を思い出すだけで十分です。

キエフは、ロシアとの対話を、西側諸国との関係における交渉の数取り札にしようとし、ロシアとの関係が緊密になると西側諸国を脅迫しました。それは、そうしなければロシアがウクライナでより大きな影響力を持つことになると主張して、優遇措置を確保しようするためだったことも、付け加えておきます。

同時に、私は強調したいことですが、ウクライナ当局者たちは、我々を結びつけているすべてのものを否定した上に彼らの国を建設し、ウクライナに住む何百万人もの人々、すべての世代の人々の精神と歴史的記憶を歪めようとすることから始めたのです。

ウクライナ社会が、極右ナショナリズムの台頭に直面し、それが攻撃的なロシア恐怖症(ロシア嫌い)とネオナチズムに急速に発展したのは、驚くことではありません。

その結果、北コーカサスのテロ集団に、ウクライナの民族主義者(ナショナリスト)やネオナチが参加し、ロシアに対する領土主張がますます声高になっています。

この一翼を担ったのが外部勢力であり、彼らはNGOや特殊部隊の縦横無尽のネットワークを使って、ウクライナで顧客を育て、彼らの代表を権威の座に就かせたのです。

ウクライナには、実際には、真の国家としての安定した伝統がなかったことには留意する必要があります。 そのため1991年には、歴史やウクライナの現実とは何の関係もない、外国のモデルを無思慮に (mindlessly) に模倣することを選択しました。

政治政府機関は、急速に成長している一派と、彼らの利己的な利益に合わせるように何度も調整されましたが、それはウクライナの人々の利益とは何の関係もありませんでした。

本質的に、オリガルヒのウクライナの当局者たちが行った、いわゆる親西側の文明的選択は、人々の幸福のためにより良い条件をつくり出すことを目的としたものでも、目的としているものでもなく、オリガルヒがウクライナ人から盗んだ数十億ドルを維持するためのものであり、ロシアの地政学的なライバルを敬虔に受け入れながら、西側の銀行の口座に保有しているのです。

一部の産業・金融グループと、その傘下にある政党や政治家は、当初から民族主義者や急進派(過激な派)を頼りにしていました。また、ロシアとの良好な関係や文化・言語の多様性を支持すると主張し、南東部の地域の何百万人もの人々を含め、自分たちの宣言した願望を心から支持する市民の力を借りて政権を獲得した人々もいる。

しかし、切望していた地位を得た後、この人たちはすぐに有権者を裏切り、選挙公約を反故にし、代わりに急進派(過激な派)によって促された政策に誘導し、時にはかつての同盟者であるバイリンガル主義やロシアとの協力を支持する公共団体を迫害さえするようになったのです。

これらの人々は、有権者のほとんどが、当局を信頼する、穏健な見解を持つ法を守る市民であり、急進派(過激な派)とは異なり、攻撃的に行動したり、違法な手段を用いることはないという事実を利用したのです。

一方、急進派(過激な派)は、行動をますます恥知らずにし、年々要求を強めていきました。彼らは、弱い当局に彼らの意志を押し付けるのは簡単だとわかりました。弱い当局は、ナショナリズムと腐敗(汚職)のウイルスにも感染し、人々の真の文化的、経済的、社会的利益、およびウクライナの真の主権を、さまざまな民族的思惑や形式的な民族的属性 (formal ethnic attributes) に、巧みにすり替えているのです。

ウクライナでは、安定した独立国家の状態が確立されたことはなく、選挙やその他の政治手続きは、さまざまな寡頭制の一派の間で、権力と財産を再分配するための隠れ蓑、スクリーンとして機能しているだけです。

腐敗は、ロシアを含む多くの国にとって、確かに課題であり問題であるが、ウクライナでは通常の範囲を超えています。それは文字通り、ウクライナの国家体制、システム全体、そして権力のすべての部門に浸透し、腐食しているのです。

過激な民族主義者(ナショナリスト)たちは、正当化された国民の不満を利用して、マイダン抗議デモに乗じましたが、2014年のクーデターへとエスカレートしていきました。

彼らは外国からの直接的な援助を受けました。報告によれば、アメリカ大使館はキエフの独立広場にある、いわゆる抗議キャンプを支援するために、1日100万ドルを提供したといいます。

さらに、野党指導者の銀行口座に直接、数千万ドルという巨額のお金が、ずうずうしくも振り込まれました。

しかし、実際に被害を受けた人々、キエフや他の都市の通りや広場で引き起こされた衝突で亡くなった人々の家族は、最終的にいくら手にしたのだろうか。聞かないほうがいいでしょう。

権力を掌握した民族主義者たちは、迫害を解き放ちました。これは、彼らの反憲法の行動を反対した人々に対する、真のテロ・キャンペーンです。

政治家、ジャーナリスト、公的な活動家は嫌がらせを受け、公的に屈辱を与えられました。

暴力の波がウクライナの都市を襲い、注目されながら罰せられなかった一連の殺人事件が発生しました。平和的な抗議者たちが残酷に殺害され、労働組合の家で生きたまま焼かれたオデッサでの恐ろしい悲劇の記憶に、身震いする人もいます。

その残虐行為を犯した犯罪者は、決して罰せられたことがなく、誰も彼らを探してさえいません。しかし、我々は彼らの名前を知っており、彼らを罰し、見つけ、裁判にかけるためにあらゆることをするつもりです。

マイダンはウクライナを、民主主義と進歩に近づけることはありませんでした。クーデターを成し遂げて、民族主義者と彼らを支持した政治勢力は、結局ウクライナを行き詰まりに追いやり、内戦の奈落の底に突き落としたのです。8年経って、国は分裂しています。ウクライナは深刻な社会経済危機と闘っています。

国際機関によると、2019年には、600万人近くのウクライナ人、強調しますが、15%が、労働力ではなく国の全人口の約15パーセントが、仕事を見つけるために外国に行かなければならなくなりました。彼らのほとんどは変則的な仕事をしています。

次のような事実も明らかになっています。2020年以降、パンデミックの最中に、6万人以上の医師やその他医療従事者が国を去りました。

2014年以降、水道料金は3分の1近く、エネルギー料金は数倍になり、家庭用のガス料金は数十倍に急騰しました。多くの人々は、単に公共料金を支払うお金がないだけなのです。文字通り、生き残るのに必死なのです。

何が起きたのでしょうか。なぜ、これらすべてのことが起こっているのでしょうか。答えは明らかです。

ソ連時代だけではなく、ロシア帝国時代から受け継いだ遺産を使い果たし、使い込んだのです。彼らは、何万、何十万という仕事を失いました。その仕事で、人々は確実な収入を得て、税収を生み出すことができていたのです。ロシアとの緊密な協力関係のおかげです。

機械製造、機器工学、電子機器、造船、航空機製造などの部門は弱体化してゆき、完全に破壊されました。しかし、かつてはウクライナだけでなく、ソ連全体がこれらの企業を誇りをもっていた時代がありました。

2021年、ニコラエフの黒海造船所が廃業しました。その最初のドックは、エカテリーナ大帝(2世)にさかのぼります。有名なメーカーであるアントノフは、2016年以降、民間航空機を1機も製造しておらず、ミサイルと宇宙機器を専門とする工場であるユジマッシュは、ほぼ倒産状態です。クレメンチュグ製鉄所も、似たような状況です。このように悲しいリストが延々と続きます。

ガス輸送システムは、ソビエト連邦によって全面的に建設されたものであり、現在では使用するのが大きなリスクとなり、環境へのコストが高くなるほど劣化しています。

この状況は疑問を投げかけます。貧困、機会の欠如、そして産業と技術の可能性の喪失、これは、天国のように今よりずっと素晴らしい場所だと約束して、何百万もの人々をだますために彼らが長年使用してきた、親西側の文明的な選択というものなのでしょうか。

そして、ウクライナ経済はボロボロになり、国民からは徹底的に略奪する結果となったのです。そしてウクライナ自身は、外部からのコントロール下に置かれました。このコントロールは、西側資本からだけではなく、ウクライナに存在する外国人アドバイザー、NGO、その他の機関のネットワーク全体を通じて、俗に言うように、現地でも指示されています。

彼らは、中央政府から自治体に至るまで、すべての重要な任命や解任、あらゆる部門の権力のあらゆるレベル、同様に、ナフトガス、ウクレネルゴ(送電)、ウクライナ鉄道、ウクロボロンプロム(防衛産業)、ウクルポシュタ(郵便)、ウクライナ海港局などの国有企業や法人にも直接関わりがあるのです。

ウクライナには独立した司法機関はありません。キエフ当局は、西側の要請に応じて、最高司法機関である司法評議会と、裁判官高等資格委員会のメンバーを選任する優先権を、国際機関に委ねたのです。

さらに、米国は、国家汚職防止庁、国家汚職防止局、汚職防止専門検察庁、汚職防止高等裁判所を直接支配しています。これらはすべて、汚職に対する取り組みを活性化させるという、崇高な口実のもとに行われています。よいでしょう、しかし、その結果はどこにありますか。汚職はかつてないほど盛んになっています。

ウクライナの人々は、自分たちの国がこのように運営されていることを認識しているのでしょうか。自分たちの国が、政治的・経済的な保護国どころか、傀儡政権による植民地に落ちていることに気づいているのでしょうか。

国は民営化されました。その結果、「愛国者の力」と称する政府は、もはや国家の立場で行動することはなく、一貫してウクライナの主権を失う方向に押し進めています。

<まだまだ批判は続きます。次回はいよいよNATO批判です。「3」に続く

ロシア・ペテルブルクの反戦デモ。鎮圧された。

参照記事(AFP):ロシア各地で反戦デモ 1400人拘束

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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