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妥協し始めたイギリス。EUとの交渉はやや好転:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
バルニエEU首席交渉官。このコートのブランドはもしや? 外交官の気配りだろうか。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

欧州連合(EU)と英国は13日(日)、貿易協議の合意期限としていたこの日以降も交渉を継続することで合意した

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長と、ジョンソン英首相は、共同声明を発表した。

13日(日)には、完全に失敗の危機に瀕しているかに見えたが、14日(月)、ミシェル・バルニエEU首席交渉官は、この日の朝、EU各国のブリュッセル駐在大使を前に、新たな状況を報告したという。

フランスの日経新聞 Les Echosの報道によると、交渉官が追加の努力をすることにしたのは、状況が変わったからだという。

長い間の行き詰まりを経て、ここ数日、問題の中心となっていた「公正な競争条件」についてイギリス側が開かれてきた、つまり軟化し始めたのである。

合意なしを前提にした「非常措置」をEU側が提案したが、その内容を見て、ジョンソン首相は自分の置かれている立場にようやく気づいたのだろうか。もっともEU側は「合意があっても間に合わないかもしれないので」などという外交的な言葉を発していたが、実際には大変厳しい現実を突きつけた内容だった。

参考記事:イギリスの完敗か? EUが緊急措置を発表

バルニエ交渉官は、ほんの少し楽観主義で「ある程度の進展」があることを認め、合意の展望はもはや不可能ではなく、交渉を成功させるあらゆるチャンスを与えることがEUの責任であると判断している。フォン・デア・ライエン委員長は「動きがあります。それは良いことです」と述べた。

「公正な競争条件」で英国の妥協

それでは以下、 Les Echosの報道を紹介しよう。難解かもしれないが一読して、その下の筆者の読み解きを参考にしていただきたい。

「公正な競争条件」の点で、両者の相反する要求をどう折り合いをつけるか、共通の土俵が見い出せていなかった。

ロンドンは、将来的には、規範の定義において、操縦のための十分な余地を与えられるべきだと要求したが、ブリュッセルは、不当な比較優位性を英国企業に与える英国の決定は、欧州側の補償措置の対象となるべきだと主張していた。

いま英国が受け入れ、妥協し始めたのは、まさにこのEU側の主義に他ならない。ただし交渉担当者たちは、そのような装置の手順についてまだ合意していない。

ある経済分野で英国のダンピングが発生した場合、EUは一方的かつ迅速に反応する権利を持ちたいと思っていたと言われる。例えば、経済の別の分野における英国の輸出に課税する権利も持つというように。目的は、英国に対する迅速なメカニズムと真の抑止力を持つことだ。

英国の消極的な姿勢に直面して、現在、議論の焦点は、より制限された補償メカニズムについてと、それを実行するための、今までの要求ほどには自動的で一方的ではない装置についてに絞られている。「この問題に関しては、我々は真に運用できる妥協点をもつには程遠い」とある外交筋は警告している。

漁業はブロックのまま

交渉は、特に漁業関係の書類がブロックされたままであることから、結果は「根本的に不確実」なままであると、欧州関係者は指摘している。

英国の領海へのアクセス、漁獲の割り当て、EU加盟国籍船と英国船の定義の方法(乗組員、旗、所有者等々)について、両陣営は合意に達するのに苦労している。

漁業が主要な政治問題となっている国々は、このもう一つの争点を解決する必要があると主張している。

「何も決まっていないが、すべての予想に反して、ようやく合意の方向に風が吹き始めた」とフランス最大の経済紙は記事を結んでいる。

どういう意味なのか

これが何を意味するのか、筆者なりに読み解いてみたいと思う。

以前の記事で紹介したように、EUは、ある分野(例:漁業)での協定違反の可能性がある場合には、別の分野(例:エネルギー)での補償(関税をかける等)が可能となるような、グローバル・ガバナンス協定を望んできた。

参考記事:【後編】EUとイギリスは何をもめているか。3点の解説。合意なしの可能性は?

英国側は、ずっとこのことに反発してきた。両者は平行線で交わることがなかった。しかしやっと今、英国が軟化する姿勢を見せてきた。つまり、EU側がなんらかの制裁措置をとるメカニズムを設けるのは、しぶしぶ了承したという意味だと思う。

ただし、今EU側が主張している制裁措置は一方的で厳しすぎるので、そこまではいかない措置を考えたいと英国は望んでいる。でもどのような措置が可能なのか、まだまだ溝は埋まらない。

漁業問題の位置付けは?

さて、ここで漁業問題はどういう位置付けにあるのだろうか。

英国側は、最初の段階からずっと、漁業問題は「FTA(自由貿易協定)」と切り離して議論したいと望んできた。

しかしEU側は、上述のように、全部を包括したグローバル・ガバナンスを望んできた。「英国が漁業で協定違反したら、他の分野で関税をかけることができる」というように。

英国側としては「EUが主張するように、なんらかの措置を置くことを、しぶしぶ了承した」とは言っても、当然、漁業問題だけは切り離したいはずだ。

EU側はこの要望に応じたのだろうか。この点が不明である。おそらく、応じるつもりがないか、一時的に棚上げになっているのではないか。

だから前述の欧州関係者は「特に漁業関係の書類がブロックされたままであることから、結果は『根本的に不確実』なままである」と指摘したのではないだろうか。

ここで気になるのは、EU側が数日前に発表した「非常措置」という名の、最後通牒のような恐るべき提案だ。

参考記事:イギリスの完敗か? EUが緊急措置を発表

あれは「もう時間もないですし、EUの単一市場のメリットは享受したいくせに、そんなに主権、主権と言ってこちらの規則に従うのが嫌なら、もう仕方ありません。英国の言う主権を尊重して、EUはあきらめることにします。ですから、こういう内容にしましょう」という提案だったとも言えるだろう。

あの提案の中で、漁業は独立していた。初めてEU側が漁業を他と切り離して交渉することを認めていた。ただし、この提案を受け入れたら、英国は国そのものが破滅的状況になるというものだった。この提案は、主権を尊重するなら「当然の帰結」でもあり、現実を見せて「主権」ボケしているイギリス側(特にジョンソン首相)の目を覚まさせる効果もあり、同時に恐るべき恫喝ともなった。

この有利になった舵取りを、EU側がそう簡単に手放すとは思えない。相手が妥協的になってきたので、一時的に対立問題を引っ込めて、出来るところから交渉再開している、という状況なのではないか。

「妥協のための調整」

筆者は、記事「移行期間の延長はあるのか? 国境は既に大混乱」の中で、あることを指摘した。

漁業が「妥協のための調整」になることに、加盟国の一部は強く反対・心配しているという報道があったが、なんの妥協かは報道されていなかった。妥協とは「グローバル・ガバナンス協定の内容から、漁業を分離させる」という意味ではないかーーと推測した。この推測は、当たっていたのかもしれない。

漁業問題は、全27加盟国の関心を集めるテーマではない。フランス、スペイン、ベルギー、オランダ、デンマーク、他に入れてもポルトガルくらいだ。内陸国や、英国の海から遠い国は、関心が薄いに違いない。

それでも、関連加盟国にとっては、漁業関係者の失業がかかっている内容であり、選挙民に訴えやすいテーマである。一方イギリスでは、漁業関係者がどうというよりは、ほとんど「領土問題」になっている。「領土を取り戻す!」という意味合いになってしまっているのだ(海だから領海だが)。

この問題は、やはり難解である。

船籍を定義する方法とは

それからもう一つ、「EU加盟国籍船と英国船の定義の方法(乗組員、旗、所有者等々)について、両陣営は合意に達するのに苦労している」という部分についてである。

船籍というのは、イメージほど明快ではない。ある国に法人をつくって、そこの国の船籍として操業すればいいのだから。

今まで特に、年間の漁獲割り当てが低く抑えられたスペインやポルトガルの漁業関係者が、英国やアイルランドに法人をつくって、同国の企業として水産業に参入してきたことが問題となっていた。英国にとっては、真の取り分が減るからだ。

なぜスペインやポルトガルの割り当てが低いかというと、「EU」という連合をつくるにあたって「お宅は農業が盛んで強いですよね。ですから農業が弱くて漁業が盛んな北の国々のために、漁業は譲歩してください。農業も漁業も守られて恩恵を受けたいというのは、共に生きるEUでは無理です」ということである。

フランスも同じだ。フランスも農業をとって、漁業を犠牲にした。以前、地中海沿岸に複数あった大きな漁業市場は、筆者の記憶では、今はもう一つしかないはずだ。ただ、もともとEUと関係なく、後継者不足などで漁業は衰退していた。日本と似ているかもしれない。

漁業問題の摩擦国として挙げられるなかに、フランスやスペイン等の名前はあっても、ポルトガルが入っていないのは、英国沿岸部の国ではないので直接には問題の当事者ではないことと、ポルトガルは国の面積が小さくて人口も少なく、EUの中で農業大国ではないので、ある程度許容の目があるということではないかと思う。

今後の日程

「これからの数日間が重要だ」とバルニエ氏は警告したという。

実際、ロンドンとの間で合意に達した場合、欧州議会が批准する時間が必要だ。

それでも外交官は、2020年の最後の数時間で合意に達するという代替シナリオが存在することを知っているのだという。

欧州議員たちがそのようなシナリオを嫌がったとしても、その後は1月1日の協定の暫定実施に進むことが可能となる。ただ、真に批准するか否かは欧州議会に委ねられることになる。

否決される可能性は、まったく無いわけではないが、内容によっては否決の可能性がより高いのは、英国議会のほうかもしれない。

なぜ交渉を継続するのか

交渉現場の人たちは、本当に休みもなく努力している。

一方、政治家たちはどうだろうか。

EU側はそれでも交渉をやめようとしないし、ギリギリまで日程を延ばすのも了承している。イギリス側は、瀬戸際外交までして努力している。

でも今の状況を、公共放送フランス3のブリュッセル特派員はこう描写している。

どちらも自分の側の経済的大惨事(特にイギリス側)を避けたいためばかりではない。合意なしで起こる大惨事の責任を誰もとりたくないからであるーーと。

公共放送でこう言ってのけるとは。感心して笑ってしまった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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