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EUが認めるイギリスの延長期間は短期か3カ月か。問題は予算案(お金)と寒さとクリスマス。ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ハローウイン合意なき離脱の悪夢が去ったら次はクリスマス選挙の悪夢。17年のラリー(写真:ロイター/アフロ)

10月22日夜、イギリスの法案審議の最初の段階である第二読会で、欧州連合(EU)とイギリスの合意案の採決がとられた。

なんと賛成329票・反対299票で、初めて合意案が可決した。これは最終的な採決ではないが、史上初めてEU・イギリスの合意案が可決したのだ。

ただし、10月末の離脱は否決されたので、事実上10月31日ハローウインの日の離脱は、なくなったと言っても良いだろう。

ジョンソン首相は12月12日の総選挙を訴えている。

さて、どのくらいの期間が延長されるのだろう。EUの決断が注目される。

今は、数週間の短期派と、イギリスの要請する3カ月派の二つに分かれているようだ。

EUの延長期間の決定は、早ければ今日、10月25日金曜日にも発表される。でも、欧州首脳たちの合意が得られなかったら、28日月曜日に首脳会議が行われるという。しかし、首脳たちは、また月曜日に行ってブリュッセルに行かなればならないのは避けたいという。

なぜすぐに決めなかったのか

水曜日にも、27カ国の駐ブリュッセル大使の会議はあったのだ。そこで決めたかったのに決まらなかった。なぜだろうか。

フランスの日経「レ・ゼコー」によると、理由は二つある。

一つは、既に語られているように、ジョンソン首相にそのままやらせて様子を見たかったこと。見守ったおかげで可決のニュースが得られた。

もう一つは、原文をそのまま訳すと以下のとおりだ。

「もう一つの理由は、口に出すのがはばかられる、もっと恥ずべきものである。状況を同じように理解していない国の間で共通の基盤を見つけるために、時間をかける必要がある。 合意なき離脱のリスクを最小限に抑える必要性に取り憑かれている人々と、とりわけロンドンに最大の圧力をかけて離脱合意の批准を行わせて一連のことを終わらせたい人々の間で分析の枠組みは異なる」

この文章は暗に、27カ国の首脳の中には、何だか状況がよくわかっていない首脳がいると言っていると思う。後半に書いてあるように、本当に意見の相違だけがまとまらない理由なら、「恥ずべきこと」と書く必要はないのだから。筆者は思わず大笑いした。

各国の首脳は、ブリュッセルに常駐している大使とは違うのだ。大使は重大局面で、当然本国の首脳に問い合わせる。ところが返ってくる答えは、うっても全く響かないものだったーーそんな感じだろう。

イギリスに地理的・経済的に近い国の首脳は、離脱日を前にイギリスの動向を朝から晩まで注視しているかもしれないが、27カ国もあればそうではない加盟国も当然あるだろう。

国によっては、目下、頭の中はクルド問題で、ロシア軍とトルコの動きへの懸念でいっぱいで「北アイルランドの政党の動向で云々? なんだそれは、知らん」(想像です)という首脳がいてもおかしくはない。

リアルな報告だなあ・・・(笑)と思った。

3カ月派と短期派の対立

イギリスが提出した「3カ月の延期」を支持するのは、ドイツ、アイルランド、デンマークなどの国々だという。

一方で、短期派はフランスであり、スペイン、ベルギー、おそらくルクセンブルクなどが支持していると言われる。彼らは、英議会は手綱をゆるめることなく合意ができるよう、より短い延長が良いと考えている。

トゥスク大統領は、「フレキシテンション(flextension)」と呼ばれる、フレキシブルなエクステンション(延期)を支持している。

彼はツイッターの投稿で、イギリスが求めた3カ月の延長を提案したので、マクロン大統領の「限界」を超えたと言われている。

トゥスク大統領は「文書化された」提案を言っただけとも取れるのだが、「彼は役職を過剰に政治化している」と、多くの人が非難したという。

これはトゥスク氏にはよく言われる批判で、こういう介入の仕方を、前のファンロンパウ大統領は努めて行わないように自戒していたのだ。大統領も二人目なので、「あるべき振る舞い」がまだ定まっていない。

練れに練れていて、面白い冗談をとばしてかわすユンケル委員長と、まじめで意見を言いたがるトゥスク大統領は、結構良いコンビだったと思うのだが、ユンケル氏が退任モードに入っているので、バランスが崩れているのかもしれない。

短い延期の短所と長所

短い延期の最大の懸念は「もし可決できなかったら?」である。例えば1カ月延長して、だめだったらまた延長するのか?

ただ、イギリスの議会で、第二読会ではあるが一度可決したので、この懸念は前よりはかなり薄くなった。もう根底からひっくり返ることはないという。

せっかく勢いがあるのだから、今のうちにケリをつけさせる。

もしこのままイギリスに時間が与えられて議論を続けたら、いくつかの修正案や準備で離脱案が歪められて、最終の採択で否決される可能性が高くなるのではないだろうか。

問題は「レ・ゼコー」によると3つある。

1つ目は、離脱協定の承認をするために、再国民投票をしろという要求だ。少なくとも今のところ、多数派ではないようである。

2つ目は、EUとの将来の関係の一部として、移行期間の後もEU関税同盟に留まるように義務付ける案だ。移行期間は今のままの状態が続くが、移行期間が終われば、先日の合意どおりとなり、イギリスはEUの関税領域から離脱する(北アイルランドも同様である)。

ただ複雑なことに、保守党の中の強硬派は、次の政府が否定する機会を得るために通過させておけという姿勢なのに対し、労働党の離脱派は反対しているというのだ。

3つ目は最も議論が激しいもの。2020年6月までに自由貿易協定が署名されなかった場合、議会が反対しない限り、2020年末で終わるのではなく2022年末までの移行期間の延長を要求するというものだ。ちゃぶ台ひっくり返しで、ここでまた首相に合意なき離脱で脅される(?)リスクが現れないようにするためだろうか。

このような要求は、強硬離脱派にはとうてい受け入れられないものだろう。

しかし実はこの延長は、大きな大きな問題をはらんでいるのだ。

一番気にしているのは予算案

24日、筆者はフランス・パリのEU代表部による欧州理事会の報告会に招かれて参加した。

ここでわかったのは、EU機構で最も今大事な案件は、予算案であるということだ。

目下、2021−2027年の7年計画の予算案づくりで大忙しのところに、ブレグジットという大不確定要素で振り回されている。

今のところ、イギリスは2020年に離脱予定だ。予定通り離脱してくれないと本当に困るのだ。延長なんてしたら、また恐るべき混乱がやってきてしまう。

今までもEU官僚や関係者たちはブレグジットに振り回されてきた。

2020年末の移行期間終了まではイギリスは今までどおりだ。先日の合意で決めた「北アイルランドはEUの関税領域から抜けてイギリスの管轄に入る等々」は、その後の話である(実際にどうなるかは、これから両者で結ばれる貿易協定によるが)。

バルニエ交渉官は、先日の合意の時に宣言した。

「EU27加盟国とイギリスの予算によって資金提供されているプロジェクトを行っている人々は、この合意のおかげで、28カ国として既に行われた財政的コミットメントは28カ国として尊重されます」と。

これはつまり、2020年までイギリスはEUにお金を払う取り決めになっているし、その他も現状維持である、だからイギリス人にも権利がありますよーーという意味なのだ。

学生のEU域内留学から、デジタル、原子力、宇宙計画まで入っている。もともと予算案は2014−2020年の7年計画だったのであり、2020年離脱でちょうど良いという計算が背後で働いていたのだ。

ーーというと、いかにもすっきり聞こえるが、ここに至るまでが大変だったのだ。

メイ前首相とやっとの思いで取り決めた清算金を、ジョンソン首相は当初「再度離脱案を交渉するまで払わない」と言っていたという。その不払い額ははっきり公表されていないのだが、400−500億ユーロと言われている。

ボリスのセリフである。

「我々の友人やパートナーは、私たちが進むべき道をより明確にするまで、お金は持ったままである(払わない)ことを理解しなければならない」

「最終的な取り決めを行う前に小切手に署名しなければならないとは、信じられないことだと常々思っていた。良い合意をするためには、お金は優れた溶剤であり、非常に良い潤滑剤である」(メイ前首相への皮肉か?)

合意なき離脱準備の悪夢

そのうえ、今に至るまでの間、今年の9月、合意なき離脱のリスクを強く意識した時もあった。その時EU機構側は、EUのプロジェクトを一つひとつ精査して備えるという、細かい面倒な作業を大急ぎで行っていたのだ。

欧州委員会と欧州議会は、3つのことを特に集中して備えた。輸送と漁業と予算問題である。

その他にも、「EU連帯基金」が関わる災害救助金も議題にのぼったし、Horizon 2020(科学研究)、エラスムス(学生交流)、農業と地域の政策、さらに、「欧州グローバリゼーション調整基金」の改正も採択した。合意なき離脱で突然職を失った人を保護するためだ。

しかも、ジョンソン首相の再交渉とは、いわば「ちゃぶ台ひっくり返し」に相当する。「2020年までは、予算と参加の点でイギリスは今までどおり」というメイ前首相との合意も、そのままになるかどうかすらわからなかったのだ。これも全部計算するハメになるのかと不安にかられていた。バルニエ交渉官の発表でやっと、この点に関しては変わらないと確認できたわけだ。

そして今、この今やっと「合意なき離脱」はなさそうになった。関係者全員が胸をなでおろした。そして、EU機構の関係者がこのために使った仕事と時間と労力は、幸運なことにほとんど全部ムダになるようだ。

でもまだ問題は残っている。Toute l'Europeのレポートによると、2020年まで完了する計画は約半分であり、その後45年間もかかる計画すらあるというのだ。こういうものはどうするのか。

とにかく、2020年離脱の線は動かしたくない、更なるやっかいを抱えこみたくないーーこれがEU機構の人たちの本音に違いない。

このことは、イギリス側にも大きな問題をもたらす。

2020年で延長をしたら、その分お金は払わないといけない。しかし、まだ6年計画の真っ最中ではないか。しかも、イギリスの立場はどうなるのか。お金は払うのに、参加はもうできないらしい。それでも果たしてイギリスはお金を払うのか。今から延期を話すイギリスの議員は、そこまで考えているのだろうか。

さらに、両者が不払いで争ったとして、一体このような27カ国 VS 1カ国の係争を、どの裁判所で争うのかもわからない。

選挙の一番の問題は

ジョンソン首相は12月12日の総選挙を訴えている。

保守党の支持率が高い今、勝算はある。この合意案を市民に問うという意味でも、選挙をするのは良いことだとは思う。

しかし、ここで一番問題になるのは、実は「寒さ」と「クリスマス」である。

フランス2(NHKに相当)のニュースでは、いかに一般のイギリス市民が「ブレグジットなんて言葉も聞きたくない」と、嫌気がさしているかを報道していた。パブでも「ブレグジット」という言葉は禁句と化しているという。

なぜこんな寒い冬に、しかも12月の忙しいときに、クリスマス商戦真っ最中でもうすぐ嬉しい休暇の直前に、心底うんざりしているブレグジットの選挙なんてものを、好き好んでしなくてはならないのか。

そして前述のように、EU機構側は、予定通り2020年までに貿易協定を結んで離脱してほしいと思っている。そもそもあと1年強で決まるのかという根本的な問題があるが、それでも3カ月ではなく短期の延期でもし決着がつくのなら、2カ月稼げることになる。だからバルニエ交渉官は「11月1日からすぐに、貿易交渉を始めたい」と言っていたのだろう。

ただ問題は、EUが短期延長を決断して「早く決めろ」と促すことは、ジョンソン首相が行いたがっている「選挙」という民主的な手続きの目をつぶすことになる。こういうことはEUは普通やりたがらない。

しかしイギリス議会は、当の議員が言うように、機能麻痺に陥っている。ましてや万が一ジョンソン首相が選挙に負けたら、新しい政府が3度目の離脱合意交渉を申し出るという事態になるかもしれない。難しい判断だ。

ーー上記のことを考えてみて、筆者は短期の延長のほうにラデュレのマカロンを賭けたいと思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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