日本人が誤解するEU(欧州連合)の本質とは何か。欧州の極右、そして新極左とは。(1) EUについて

2014年の欧州議会選挙で。暫定の結果に反応するユンケル氏(写真:ロイター/アフロ)

イタリアやオーストリアなど極右と呼ばれる政権がEU(欧州連合)の加盟国に増えてきた。例によって「反EU」という言葉がメディアに踊るが、一体EUの本質とは何なのだろうか。極右・極左とは何なのか。

今回はEUの本質に迫る。

参照:イタリア:五つ星運動と同盟の極右連立にみる欧州の苦悩 移民問題であなたは人権を語る資格があるか

欧州連合とは左派である

日本人は「EU(欧州連合)というのはブロックであり、ヨーロッパ人で固まって閉じて、他と対抗しようとしている」というイメージを抱いている人が大半のように思う。

この認識だけで見ている限り、永遠にEUを誤解したままである。

一言で言うのなら、EUは存在そのものが左派なのである。

誰だって、自分や家族が大事なように、自分の国は大事である。でも、自分の国の利益を超えたもっと大きなものーー人権、ヒューマニズム、国を超えた連帯と平和ーーそういう思想がなかったら、27カ国で連帯しようという発想そのものがうまれないのだ。

国連に似ているといえば、日本人にはわかりやすいだろうか。

もし極右が主流になったら、国連は機能しなくなる。実際、戦前の国際連盟は、ファシズムの時代に脱退・除名があいついで、機能しなくなってしまった。EUも基本的に同じである。

欧州大陸は、人権やヒューマニズム思想のふるさとである。アメリカが「人間は自由でなくてはならない」という思想の発祥の地なら、欧州は「人間は平等である」という思想のふるさとである。欧州連合はここ、左派大陸でうまれたのだ。

EUを支持する若者たち

そして、EUを支持する多くの若者にとっては、EUとはより国際的な人になる舞台のようなものである。

日本におきかえて想像してみてほしい。もし本当に「アジア共同体」なるものができて、交流が盛んになって、「どのアジア国の人も肩を並べて対等に、一緒に一つのものを創りあげましょう!」と理想を掲げたら。日本の若者だって惹きつけられるに違いない(実際にはアジアでは色々難しいだろうが・・・)。

また、俯瞰してみると、EUに対する認識にはある程度の傾向がある。

まず、世代による。

英国のEU離脱国民投票ではっきり投票傾向が数字で出たが、若い世代は「EUがあるのが当たり前」の世代である。「あるのが当たり前」の世代と、「ないのが当たり前のところに後からできた」の世代では、受けとめ方は異なってくる。

欧州連合の創設を決めたマーストリヒト条約が発効したのは1993年。このとき20歳だとすると、今45歳。ということで、40代が分岐点になると思う。

次に、教育度にもよる。学歴があるほど親EUの傾向にあり、失業者など生活に困っている人はEUに懐疑的になる傾向がある。

欧州連合のDNA、あるいは宿命

声を大にして言いたいのは「ヨーロッパ国家主義」というものは、まだ存在しないということだ(この言葉は変なのだが、他に表現が思いつかない)。

つまり、ヨーロッパを一つの「国」のようにとらえ、「ヨーロッパ」と「他の地域」という対立軸でとらえる考えのことだ。ヨーロッパの利益のみを考え、ヨーロッパ人であることを誇り、排他的になる姿勢のことである。

大半の日本人がEUにもつイメージは、これに近いのではないか。でも、ほとんど存在しないと言ってもいいのだ。「まだ」というべきかもしれない。50年後にはあるかもしれない。

今現在のEUは、EUで何か政策を決めるのなら、必然的に世界にも適用されることを目指す方向に向かう。EUの利害だけを考え、他の地域が不利益をこうむるなら素晴らしい、という何かを決めるということは、まずない。

これは、27カ国が集まって決めている組織のDNAかもしれない。ここが国連と似ている。27カ国共通のルールを決め、27カ国が一致して行動をとるには、27カ国の首脳や大臣(+欧州議員)が納得する理由がないといけない。

こんなに国が多いと、共通の利害をみつけるのは至難の技だ。どこも自分の国の法律があるからだ。自分の国の法律がEUのルールになってくれれば万々歳なのだがーーと、27カ国がみんなそう思っている。

となると、誰もが反論しにくいような内容と論理で攻めていくことになる。普遍性がある内容といってもいい。だからこそ、人権問題や環境問題、社会の平等に関わる提案は、EUの得意技だ。社会における男女平等は、もしEUの共通政策がなかったら、これほどヨーロッパ全体で進むことはなかっただろう。

そして次に、これらを世界のルールにしようと試みるのだ。

実際には、いつもそんな大層なテーマばかりではない。チョコレートの定義でもめたり、レストランのオリーブオイルの容器でもめたり、結構しょうもないことでもめるのはよくあることだ(探っていくと、根深い深刻な問題だったりするのだが)。

ちなみに、こういうため息ものの騒動をみつけて大きく報道するのは、英国のお家芸だった。これから聞けなくなると思うと寂しい。面白かったのに。

必然的に自由貿易支持になる

いまは、拡大自由貿易が、批判にさらされる時勢である。

経済や金融のこと(特にユーロ通貨)を考えるなら、確かにEUはブロック色が強くなるだろう。しかし、西側の国だけでつくられた「欧州経済共同体」から始まり、ベルリンの壁崩壊ののち、東欧を迎える決断をして「欧州連合」を創ったときに、この組織は変質したのだと思う。経済の利益を優先させるなら、東欧の加盟はないほうが良かったのだから。

欧州連合のもつDNAというか宿命上、EUの経済ポリシーは、当然自由貿易の方向に向かう。自由貿易の波に反対して、政治的社会的に閉じようとするときは、EUという単位で閉じるのではなく、国単位で閉じることになる。数十年後には、「EU国家主義」のような意識が生まれ、EUで閉じるという発想が生まれるのかもしれない。しかしいまはまだ存在しない。

ただ、「他の地域との経済競争で渡り合うためには、EUは必要だ」という意識を持っている人は、珍しくない。実際、EUに懐疑的な人に対して「でも、1国じゃやっていけないよ。中国なんてあんなに巨大な面積で15億人も人がいるんだから。EUでまとまらないと対抗できないのでは」と言うと、ほぼ全員が「まあそうだけどね・・・」という反応になる。

そして、日本人がもつイメージに近い「排他的になって、EUで結束する」という思想をもっている人は・・・いるとは思う。知識階級の一部、軍関係者の一部、EU官僚やブリュッセルの人々の一部、身近にEUではない国の圧力を感じたことがある人(例:住んでいる地域の港が中国に買収されてしまった)などの中にはいると思う。ただ、全体から見るとごく少数だと思う。

昨年から、EU軍への布石ととれる動きが活発化してきている。EUの本質を変える可能性のある、大テーマだと思っている。日本では、EUの本質が広く伝わって理解される前に、本質が変化してしまいそうである。

大半の政党は基本的に親EU

そのようなわけで、EU加盟国にはたくさんの政党があるが、中道右派も中道左派も、緑の党系も、中道リベラルも、基本的にほとんど大半がEU支持の「親EU」である。というより、あることが大前提、当然になっているのだ。極左ですら、反EUとは一概には言い難い。

「反」であるのはほとんど極右くらいのものだと、相場が決まっていたのだ。しかし、ユーロ危機と大量移民の到来によって、情勢が変わってしまった。「反」まで行かなくても懐疑派が増え、極右が台頭し、新極左が力をもつようになってきたのだ。

中道が弱くなり、中道右派はもっと右寄りに、中道左派はもっと左寄りになってきた。

それでもまだ北のほうは、中道左派はもちこたえているし、緑の党(左派)も健在だ。新極左が強くなってきたのは、南のほうに多い。

でも、欧州は、国による違いはあるものの、全体として日本よりもずっとずっと「真ん中」の軸が左寄りにあることを覚えておく必要がある。欧州大陸は、基本的に左派大陸である。平等と自由を求めて革命が起き、平等をどこまでも追求して、共産主義をうんだ大陸であることを、忘れてはいけないと思う。人権やヒューマニズムの思想は、この欧州大陸でうまれたのだ。ここがふるさとなのだ。そのような土地で、欧州連合はつくられたのである。

ではいったい、極右とは何か、新極左とは何か。次回「極右とは何か」に続く。

参考記事:

日本人がぶれやすい極右の定義とは何か。EUの本質、そして極左とは。(2) 極右について

日本には存在しない欧州の新極左とは。(3) EUの本質や極右等、欧州の今はどうなっているか

追記:上記のことが最初からわかっていたら、どんなに今までもっと楽しい学業の日々を送れたかと悔やまれる。散々失敗をして、馬鹿げた真似をして、それでも毎日、勉強に仕事に課外活動にと、EU関連事項にあけくれて、やっと身をもって理解したのだ。批判はたくさんあるとは思うけれど、やっと名前をさらして書けるだけの納得と理解が自分のなかにできたのだと思う。