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完成した南青山の児童相談所は、街のイメージと地価を下落させたか。現地で考察した

櫻井幸雄住宅評論家
完成した「港区子ども家庭総合支援センター」。街路樹付き歩道も整備された。筆者撮影

 2018年から19年にかけ、住民の反対が起きたことで大きな話題となった港区南青山の児童相談所。正確にいうと、児童相談所と子ども家庭支援センターなどの機能を併せ持つ「港区子ども家庭総合支援センター」が完成し、4月1日に開設されることになった。

 2年ほど前、建設地である港区南青山では、児童相談所は街のイメージを低下させ、不動産価格の下落を招く、という声があった。「こんな高級な場所は、貧しい子どもにとって酷」という意見まで出た。

 要は、都心の一等地、港区南青山に児童相談所をつくらないで、と考える人が一部にいたわけだ。

 その問題に関しては、2018年12月19日に児童相談所で南青山の価値は下がるのか 不動産の側面から考えるという記事を出させていただいた。

 なぜ南青山なのか、そして児童相談所は南青山の資産価値を下げるのか、については、その記事で詳しくまとめた。内容に間違いはないと、今でも自信を持っている。

公共事業が有利に取得できる国有地が、たまたま南青山に

 要約すると、港区が児童相談所と子ども家庭支援センターなどの機能を併せ持つ新しい子ども家庭総合支援センターをつくりたかった。その適正地となる国有地が、南青山で売却されることになった。国有地が売却される場合、公共事業が優先される。それも、市場価格よりも大幅に安い値段で取得できる。

 3200平米(1000坪弱)に及ぶような広大な土地の売り物は、港区内では滅多に出ない。それも、公共事業が有利に取得できる国有地で……。

 だから、港区は喜んで取得したと考えられる。その場所がたまたま南青山だったので、「こんな高級な場所に、児童相談所をつくらなくてもいいのに」と考える人が出た、ということである。

 一部反対意見が出たが、「港区子ども家庭総合支援センター」は計画どおりに建設され、開設を間近に控えている。

 そこで気になるのは、この施設が建設されたことにより、周辺のイメージが低下し、不動産価格が下がるという状況が生じたか、ということだ。

街のイメージは「低下」どころか、向上した?

 完成した「港区子ども家庭総合支援センター」は、地上4階・塔屋1階の中層建築で、威圧感はない。基壇部(主に1階を指す)の外壁はレンガ調のタイル張りで、最上層はコンクリート打放しに見える。中間の2層は、一般的な吹き付けタイル仕上げだが、木調のルーバーでタイル張りのように見せている。

 基壇部のタイル張りも最上層のコンクリート打放しも建設費は高い。が、一部を吹き付けタイル仕上げにすることで、建設費の総額を抑えているのだろう。建物の裏側も簡素だった。

左手側が完成したばかりの「港区子ども家庭総合支援センター」。高級なムード漂う外観だ。建物前に設けられた歩道部分は幅が広く、安全だ。筆者撮影
左手側が完成したばかりの「港区子ども家庭総合支援センター」。高級なムード漂う外観だ。建物前に設けられた歩道部分は幅が広く、安全だ。筆者撮影

 公共建築物の場合、税金の無駄遣いは避けるべきなので、外観を華美にすることはできない。しかし、街のムードを壊したくない、と、一部にだけお金をかけ、高級感が漂う外観をつくり出すことに成功している。

 外観を眺める限り、街のイメージを低下させているとは思えない。

 加えて注目したいのは、建物の道路側に歩道スペースを新設していることだ。もともと建物が面する道路は道幅が狭く、一方通行となっている。狭いが、骨董通りとみゆき通り(フロムファースト通りとも呼ばれる)を結ぶ数少ない道の1つであり、途中にスケールの大きな時間貸し駐車場が営業していることもあって車の通行量は多い。

 その道を安全に歩行できるようにと、敷地の一部を歩行者に開放し、まだ細いが街路樹も植えてある。

 この道沿いで「十分な広さの歩道」と呼べるスペースは「港区子ども家庭総合支援センター」の前だけにしかない。「街のイメージを低下させる」と言った住人は、どんな気持ちでこの安全な歩道スペースを利用するのだろうか。

 断言したい。「港区子ども家庭総合支援センター」は南青山のイメージを低下させていない。それどころか、イメージを上げる建物の1つになっている。

一方、地価下落予測に関しては……

 港区南青山は、マンション立地としては、千代田区の番町エリアと並ぶ都心の一等地だ。オフィスビルの立地なら、大手町や西新宿、渋谷、そして六本木や虎ノ門・麻布台という地名が出てくる。が、マンション立地ならば、「南青山」と「番町」が最上級だ。

 その南青山の不動産価格は、「港区子ども家庭総合支援センター」が建設されていた2年間で下がったのだろうか。

 現実には、そのような動きはない……というか、価格下落どころではない、という状況が生じている。

 どういうことかというと、南青山の中心地となる1丁目から6丁目までのエリアでは新規の売り物が出ていないのだ。首都高速3号線を越えた南青山7丁目で新規分譲マンションが出たが、その価格を見て、下がったという感覚はない。

 「港区子ども家庭総合支援センター」があるのは、南青山5丁目。南青山の中心である。その中心エリアでは新たな売り物が出ていないので、上がったか下がったかの判定がつきにくい。

 この2年間で中古住宅の売り物なら出ているが、中古は築年数や状況によって価格が大きく変わるため、上昇下落がわかりにくい。が、マンション取材を続けている私の肌感覚でいえば、南青山の不動産価格は高止まりして、下がる気配はない。

 そして、今後、南青山の5丁目で新規分譲マンションが出てくる可能性は低い。これから出てくるのは超高級賃貸か定期借地権方式のマンションだろう。

 「港区子ども家庭総合支援センター」があろうとなかろうと、南青山の不動産価格は別の事情で動いてきたわけだ。

 そうしてみると、よくぞ、この地に区民の役に立つ施設をつくってくれたものだとの感慨が湧く。2年前に建設をあきらめていたら、南青山は超高額の売値、賃料の建物ばかりの場所になっていただろうし、安全な歩道も生まれていなかったと考えられるからである。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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