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水害リスクで敬遠、コロナ禍で再評価。人気乱高下「マンション専用庭」の数奇な歴史

櫻井幸雄住宅評論家
60年代から70年代に建設された公団分譲マンション。1階には専用庭がなかった。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 マンションの「専用庭付き1階住戸」が人気を高めている。6月から営業を再開した各地のマンション販売センターで専用庭付き住戸に関心を示す人が増加。千葉県八千代市で分譲中の「シティテラス八千代緑が丘 ブリーズコート」では、6月以降、残っていた専用庭付き住戸が「バタバタと売れてしまい、今はもう残っていない」状況だ。

 昨年、大型の台風により広範囲に発生した水害で、マンション1階住戸の人気は下落。専用庭が付いていても、関心を示す人が減っていた。その状況に大きな変化が生じ始めたのだ。

専用庭があれば、思い切り水遊びも

 専用庭とは、マンションの1階住戸に設置され、一般的に20平米以上の広さがある庭のことを指す。希に地下に設置された住戸に同様のスペースが設けられることがあるが、その場合は「専用庭」とは呼ばれず、「ドライエリア」と呼ばれるのが普通だ。

 専用庭には、コンクリートを打設したテラス部分と土に芝生を植えた部分があり(ほとんどの部分をコンクリート打設するケースもある)、それに面した住戸の住人が専用使用できる、つまり居住者以外は勝手に立ち入ることができないスペースとなる。

 毎月の管理費とともに月額数百円程度の専用庭使用料を徴収されるが、屋外水栓も備えられたアウトドアスペースが使い放題となる。

 この専用庭、周囲からの視線も遮るようになっていることが多く、暑い日は、ビニールプールで子どもを遊ばせることもできる。

 子どもと遊ぶ、という名目で、大人も水遊びが楽しめてしまう。人目を気にせずに済む専用庭なら、水着で日光浴……という過ごし方もできそう。海水浴場やプールの閉鎖が多くなりそうな今年の夏は、特に「夏の遊びを満喫できる専用庭」の人気が高まりそうだ。

 考えるに、マンションの専用庭は、敷地面積100平米程度の一戸建てより庭の使い勝手がよいかもしれない。というのも、近年、一戸建ての庭は駐車スペースに取られることが多く、遊びに使えるスペースは限られる。そして、車を停めやすい形状にするため、道路や近所から庭の様子が丸見えになるケースも多い。大人が子どもと一緒にビニールプールで遊ぶと、ちょっと恥ずかしい。だから、マンションの専用庭のほうが、水遊びを楽しみやすいわけだ。

 価値が高い1階住戸の専用庭だが、じつは初期のマンションには付いていなかった。それが、設置されるようになった経緯が、ちょっとおもしろい。

1階住戸は、価値も最も低かった

 日本にマンションと呼ばれる鉄筋コンクリート造の集合住宅が増え出したのは昭和40年代。1960年代半ばから70年代にかけてのこと。多摩ニュータウンで盛んにマンションが建設されるようになったのも、昭和40年代からだ。

 創生期のマンションには、1階住戸の専用庭は付いていなかった。冒頭の写真のように、1階住戸には、2階から上の住戸と同様のバルコニーが付いていた。

 そのこともあり、当時の1階住戸は人気がなかった。他の住戸と変わらず、「一番下」。そして、排水菅が詰まると、1階に汚水が噴き出すという“事故”も頻発した。「1階なんて、住むものじゃない」とされ、価格を下げても買い手が付きにくかった。

 そこで、1階住戸の魅力を上げる工夫が凝らされた。

 まず、排水菅は1階住戸だけ別にして、上層階からの排水菅が詰まっても、1階に噴き出すことが起きないようにした。そして、1階住戸だけの特典をいくつか付けた。

 マンションの床はカーペット敷き(階下への騒音対策のため)が当たり前の時代、1階住戸だけはフローリング(木質床)とした。そして、1階住戸の和室には掘りごたつを付けた。さらに、目玉として採用されたのが「専用庭」だった。

 数々の付加価値で、マンションの1階住戸は人気が上昇。昭和の時代、住宅すごろくの上がりは、庭付き一戸建てだったので、専用庭付きの1階住戸は、「マンションだが、一戸建てのような暮らしを味わえる」と憧れる人が多かった。

 最上階の住戸もいいけれど、専用庭が付く1階住戸の魅力も捨てがたい。どちらにしようか、と悩む人も出るようになった。人気が高まったので、1階住戸の販売価格を高く設定できる、といったメリットも不動産会社にもたらした。

 買う側、売る側双方に喜ばれたアイデアだったわけだ。

水害で下がった評価が、コロナ禍で再上昇

 時代が変わり、平成に入ってから、フローリングは1階住戸だけのものではなくなった。和室がなくなったので、掘りごたつも消えた。しかし、専用庭は、1階住戸だけのものとして生き続けた。近年は、「専用庭+専用駐車場付き」住戸や「専用庭付き1階住戸だけは大型犬の飼育可」とするマンションもあり、専用庭の魅力は増している。

専用庭のなかには、庭の一部を駐車スペースにして「専用庭+専用駐車場付き」としたプランも。駐車スペースから住戸に入ることもでき、便利さは格別だ。販売中の「ガーデンハウス越谷レイクタウン」で筆者撮影
専用庭のなかには、庭の一部を駐車スペースにして「専用庭+専用駐車場付き」としたプランも。駐車スペースから住戸に入ることもでき、便利さは格別だ。販売中の「ガーデンハウス越谷レイクタウン」で筆者撮影

 ただし、防犯上のリスクを指摘する人は以前からいる。さらに、昨年、大型台風により広範囲の水害が発生したことにより、この1年近く、1階専用庭付き住戸の人気は下落。売れ行きがわるいので、建物の1階には住戸を付けず、駐車場や駐輪場、集会室やパーティルームなどとして活用するマンションも出ている。

 そこに起きたのが、今回のコロナ禍。長いステイホームを経験した人の目に「専用庭付き住戸」は魅力的に見えてきた。昨年の水害騒動以降、1階の専用庭付き住戸だから、といってもそんなに高額ではないのも魅力となる。

 ここなら水害リスクはない、と安心できる場所であれば、1階の専用庭付き住戸はわるくない、と評価が改まったわけだ。

 マンションの1階住戸は、最初不人気で、専用庭ができたことで人気上昇、水害リスクで人気下降、コロナ禍で再び上昇……時代によって人気が大きく上がったり下がったりする、特殊な住宅形態ということになる。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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