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五輪選手村マンション販売で不思議な状況 申し込みゼロと倍率71倍が同時発生

櫻井幸雄住宅評論家
HARUMI FLAGでは、このような眺望の住戸が人気に。モデルルームで筆者撮影

 来年に迫った東京五輪、その選手村マンションとして注目を集める「HARUMI FLAG」の第1期販売が8月4日まで行われた。第1期600戸に対して、申込みを行ったのは1543組。最高倍率で71倍になった住戸もあった。

 平均すると、約2.6倍ということになるのだが、いわゆる「即日完売(600戸すべてに購入申込みが入った)」というわけではなかった。一部、購入申込みが入らなかった住戸があった。

 これは、不動産業界の認識からすると、不思議な状況といえる。

 平均2.6倍で最高倍率71倍というのは「人気物件」の証。そのような人気物件であれば、普通は倍率5倍以上の住戸を回避する動きが出る。高倍率の住戸を申し込んでも抽選に外れる可能性が高いので「倍率の低い住戸、できれば誰も申し込んでいない住戸」に切り替える人が出てくるもの。第1希望の住戸を諦めて、第2希望、第3希望の住戸に申し込んで、「当たり」を取ろうとするわけだ。

 しかし、「HARUMI FLAG」の第1期では、第1希望を諦める人が少なかったのだろう。一部住戸は申込みゼロで、一部住戸は数十倍になるという人気の偏りが生じた。その理由は、「まだ先がある」と考える人が多かったためではないか。

 「HARUMI FLAG」では、4145戸が分譲されることになっており、入居は2023年の春。これから先、入居まで3年以上あり、3500戸以上が分譲される。「まだ先がある」ので、「イチかバチかで、第1希望狙い」の人が多かった。だから、「倍率71倍の住戸もあるし、申込み者ゼロの住戸も出た」ということになったと考えられる。

高人気となったのは、目の前に海が広がる住戸

 では、どんな住戸に人気が集中したのか。複数の購入申込み者への取材、そして関係者への聞き込みで分かったのは、眺望のよい住戸が高倍率になっていたということ。といっても、今回分譲されたSEA VILLAGE(シーヴィレッジ)街区3棟の211戸と PARK VILLAGE(パークヴィレッジ)街区4棟の389戸には目の前に海が広がる住戸が多く、総じて眺望はよい。

 そのなかでも、特に眺望がよさそうなパークヴィレッジの最上階住戸が最高倍率71倍になったようだ。価格表をみると、最上階には80平米弱の広さで1億円をほんの少し超えるくらいの3LDKがある。そのあたりが、1番人気になったと考えられる。

最前列右手の住宅棟最上階の住戸が71倍の抽選になったのではないか、と推測される。なお、透明な模型になっている2棟の超高層棟は、東京五輪終了後に建設・分譲されることになっている。筆者撮影。
最前列右手の住宅棟最上階の住戸が71倍の抽選になったのではないか、と推測される。なお、透明な模型になっている2棟の超高層棟は、東京五輪終了後に建設・分譲されることになっている。筆者撮影。

 パークヴィレッジは、前面に公園が広がり、その先に海(東京湾)が遠くまで見渡せる。上空にはレインボーブリッジも見える、と絶好のビューポイントとなる。

 湾岸エリアは文字通り東京湾に面した場所なのだが、「目の前に大きく海が広がるマンション」は意外に少ない。他のマンションやビルに阻まれたり、対岸が近かったりして、海が大きく見えるとはなりにくいのだ。

 その点、パークヴィレッジとシーヴィレッジは、「前面が広い海」というロケーションとなる。特に、「手前に公園」「奥行きのある海」「天空にレインボーブリッジ」、それらに「都心方面の夜景を添えて」というフルコースがそろうパークヴィレッジの希少価値は高い。

 その価値を認める人が、大勢いたということである。

パークヴィレッジの住戸では、夕方から夜にかけては、都心部の夜景も楽しむことができる。プロジェクションマッピングで眺望を体感できるモデルルームで筆者撮影
パークヴィレッジの住戸では、夕方から夜にかけては、都心部の夜景も楽しむことができる。プロジェクションマッピングで眺望を体感できるモデルルームで筆者撮影

 一方で、そんな海辺に住んで大地震の津波が来たらどうするんだ、と思う人もいるだろう。しかし、東京湾は入り口が狭くなっており、いわば「自然の防波堤」に囲まれた場所だ。東京都のホームページには「首都直下地震等による東京の被害想定」の資料がある。

東京都の新たな被害想定について ~首都直下地震等による東京の被害想定~

 資料によると、「東京湾沿岸部の津波高は、満潮時で最大T.P. 2.61m(品川区)※地盤沈下を含む。 (T.P. = 東京湾平均海面)」となっており、「河川敷等で一部浸水のおそれがあるが、死者などの大きな被害は生じない」とされている。

 ちなみに、東京都港湾局の資料によると、湾岸エリアの防潮堤の高さはA.P.(荒川工事基準面)4.6m以上になっている。T.P.とA.P.で基準が異なり、分かりにくい。基準をA.P.に合わせれば、防潮堤は4.6m以上あり、そこに到達する津波は最大3.71mと想定されているのである。

 長々と書いてしまったが、要するに都心湾岸は日本でも有数の「津波の心配が少ないベイサイド」なので、安心して海の眺望を楽しむことができるわけだ。

 話を戻そう。

 高人気住戸としては、150平米クラスで2億円を超える大型住戸もあった。こちらも眺望のよさが、人気の理由だ。一方で、他の住宅棟で眺望が遮られる分、価格に割安感がある住戸(90平米近い広さがあり、7000万円を切る価格の4LDK)を狙ったという申込み者も複数いた。このあたりが、人気住戸の代表格だろう。

このマンションの真価は、居住性の高さ、住む楽しさにある

 「HARUMI FLAG」では、第1期終了直後の8月12日まで、第1期の落選者を対象に、申込みが入らなかった住戸やキャンセルが発生した住戸の販売を実施。結果として第1期600戸に対して580戸に申込みが入った。第1期はほぼ完売状態といえるだろう。

 人気の理由として街の魅力と資産価値を挙げる人は多い。しかし、私は、居住性の高さとマンションとしての完成度の高さ、先進性に注目したい。

 「HARUMI FLAG」は、これまでの日本のマンションにはない特性をいくつも備えているのだが、そのことはなかなか報道されない。

 たとえば、全住戸の玄関には上がり框(かまち)がなく、靴を脱ぐ場所と室内廊下がフルフラットとなる。垢抜けた空間デザインだ。

 室内廊下の幅は内のりで1mあり、一般的なマンションよりも10センチ以上広い。この廊下幅に合わせるため、リビング入り口の室内ドアは幅広で、堂々としたサイズとなる。 

室内廊下は内のりで1mの幅があり、ゆったりしている。天井も高いので廊下の広さがわかりにくいのだが、実際に歩いてみると、広さが実感できる。内装も魅力的だ。モデルルームにて筆者撮影
室内廊下は内のりで1mの幅があり、ゆったりしている。天井も高いので廊下の広さがわかりにくいのだが、実際に歩いてみると、広さが実感できる。内装も魅力的だ。モデルルームにて筆者撮影

 天井高はリビングダイニングと居室で2.5m。キッチン部分、廊下部分、そして洗面所で2.3mを実現する。一般的なマンションより、それぞれ10センチ、20センチ高い。

 以上の特性のため、リビングから室内廊下側をみると、他では味わえないゆとりを感じる。この特徴、不動産のプロとして感動すら覚える。

 「HARUMI FLAG」は共用廊下の幅やエレベーターホールが広く、エレベーター内も大型化されている。これは、東京オリンピックとパラリンピックの選手村としてふさわしいサイズになっているからだ。体格の大きな選手、車いすの選手も無理なく行き来できる共用部になっているわけで、このゆとりを専有部(各住戸内)にも採り入れたのだろう。

 この“フルサイズ感”は、従来の日本のマンションではお目にかかれなかったもの。まさに、ユニバーサルデザインのマンションになっているわけだ。

 そのことで、車のサイズを思い出した。

 つい最近、フォルクスワーゲンのザ・ビートルが生産終了になることが報じられたが、あの車はニュー・ビートルとして発表された99年当時、室内空間がムダに広く、うすらデカい車と評された。70年代に旧・ビートルに乗っていた私も、大きいなあ、と驚いた。

 しかし、その後の車は総じて大型化し、ザ・ビートルは特に大きな車だと思われなくなった。

 そのことをマンションに当てはめると、「HARUMI FLAG」のゆとりある住戸は時代を先取りしたものになる可能性がありそうだ。

 加えて、一部住戸のバルコニーは奥行が2.5mもあり、バルコニーの手すりは、住宅棟によって、パターンが異なる。共用廊下に面して、花台を設置したり、目隠し用のルーバーを配置したりするのだが、そのデザインも住宅棟ごとに複数のパターンがある。

 そのような点を考慮すると、購入検討者は一度に複数のマンションを同時検討しているような気がするはずだ。どの棟のどの住戸にしようかと迷いが出るのだが、それは魅力的品ぞろえの店でショッピングするときのように、うれしい迷いとなる。

 「HARUMI FLAG」には「利便性」や「資産価値」の枠に収まらない魅力がある。そもそも「利便性」や「資産価値」は投資目的でマンションを購入する人が重視する要素。自ら住む目的でマンションを買う人にとっては、住んで快適かどうか、楽しいかどうかも重要な要素となる。私などは、「資産価値に難ありでも、住んで快適、しかも楽しければ、マイホームとして十分魅力的」とさえ思ってしまう。

ゆったりした広さの寝室。広い寝室といっても、お金持ちの部屋ではなく、ファミリーのムードあふれる寝室になっていた。これも新鮮。そして、ベッドメーキングのゆるさもほほえましい。モデルルームにて筆者撮影
ゆったりした広さの寝室。広い寝室といっても、お金持ちの部屋ではなく、ファミリーのムードあふれる寝室になっていた。これも新鮮。そして、ベッドメーキングのゆるさもほほえましい。モデルルームにて筆者撮影

 といっても、「HARUMI FLAG」は不便な場所のマンションではない。最寄りの地下鉄駅は大江戸線勝どき駅で、同駅から徒歩16分以上となるのだが、BRTという先進の交通システムが身近に利用できる予定。銀座や丸の内に自転車で通える中央区内である点も大きい。エリア内に商業施設や小中学校があり、51に及ぶ共用施設のうち26施設はどの棟に住んでもすべて利用可など、便利な要素は幅広く網羅される。

 投資目線ではなく、実際に住む目線でみると、これは選手村を利用したマンションであるだけではない。これからの日本のマンションの方向性を示すフラッグシップでもある。

 「HARUMI FLAG」の次回販売は11月中旬、第1期2次販売が行われる予定になっている。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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