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タバコ、洗剤、防虫剤…子どもの誤飲、応急処置「牛乳や水を飲ませる」は正しいのか?

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:イメージマート)

 子どもが異物などを飲み込んでしまった経験、子育て中の保護者の皆さんなら少なからずひやりとされた経験もおありかと思います。中には病院に駆け込んだ、という方もいらっしゃるかもしれません。飲み込んだ時に、家ではどんな処置をすればよいのか。何もしないほうがいいのか。いざというときのためにも知っておけると安心と思います。

 そこで、今回は誤飲した後の処置について、現時点でわかっていることをまとめてみました。

 なお、今回の記事は子どもの傷害予防に関わる仲間の先生方との議論をきっかけに執筆しました。文献についてもその議論の際にまとめたものが中心です。改めて深くお礼申し上げます。

基本は「吐かせない」

 吐かせることで胃の内容物を取り除くことは有用なのでしょうか。この処置は以前よく行われ、市販の催吐剤(吐根シロップ)が販売され、家庭でも常備するよう勧められていた時代もありました。

 しかし、近年では、嘔吐させることで誤嚥のリスクが増えること、有効性について根拠もないことから推奨されていません。2013年の米国臨床中毒学会の声明でも催吐剤を使用しないようコメントされており、日本中毒情報センターのHPでも「家庭で吐かせることは勧められていません」と明記されています(1)。

 しかしこのホームページの下段に「水や牛乳を飲ませて」という項目があります。さて、誤飲した場合、何かを飲ませることは有効なのでしょうか。

誤飲したら「水や牛乳を飲ませるとよい」は本当か

 結論からお伝えすると、絶対に水や牛乳など何も飲ませてはいけない誤飲ケースがあり、誤飲時の水分摂取については細心の注意が必要です。有効な可能性が示唆されているケースはあり、中毒情報センターには記載もされていますが、その根拠は決して強いものではなく、水分を飲ませなくても決して間違いとは言えません。

誤飲時は「急いで病院に連れていくことが一番大切」という点を覚えていただければと思います。

ここからは、関連する情報や研究結果を見ていきたいと思います。

日本中毒情報センターのホームページの記載を確認すると、刺激があったり、炎症を起こしたりといったリスクがある場合には「牛乳や水を飲ませたほうがよい」とあります。量が多いと吐いてしまうため、無理なく飲める量(小児は120mlを超えない)にとどめるとしています(1)。

誤飲した際に牛乳や水を飲ませた方がよいものの例として

1.容器に酸性・アルカリ性と書かれた製品(漂白剤やトイレ用洗浄剤等)

2.界面活性剤を含む製品(洗濯用洗剤、台所用洗剤など)

3.石灰乾燥剤など

が挙げられています。

一方で、その他のものの場合は飲ませることで症状を悪化させる可能性があり、何も飲ませないようにとされています。

 飲ませることで症状を悪化させるものの例も紹介されています。

1.石油製品(灯油・マニキュア・除光液・液体殺虫剤など)

2.タバコ

3.防虫剤(ナフタリンや樟脳など)

 これらを飲み込んでしまった場合は牛乳や水を摂取することで吐きやすくなり、誤嚥して肺炎を起こすリスクや、牛乳の脂肪に溶けて体内への吸収が促されてしまうリスクが高いため、絶対に何も飲ませてはいけません。

米国の中毒情報センター(National Capital Poison Center)にも以下の記載が見られます(2)。

次の場合はすぐに少量の水または牛乳を飲んでください

・飲み込んだ製品が灼熱感・刺激性・腐食性のある物質の場合

・意識があり、けいれんを起こしておらず、水分を飲み込むことができる

一方で、ケンタッキー州の中毒情報センターでは

「牛乳は魔法ではない。嘔吐は誤飲した中毒物質が肺に吸い込まれるためリスクとなるが、牛乳を飲むことで吐き気を催す可能性があるため注意を要する」と慎重な立場で注意喚起しています(3)。

動物実験では有効との報告はあるものの、議論は分かれる

 実はこの「牛乳や水を飲ませる」という根拠はそれほど強いものではなく、議論が分かれるものです。その理由の一つは、これらの有効性の根拠となっているのがあくまで動物実験によるものという点です。

 Homanらは、ラットによる動物実験で、塩酸を食道に注入した場合に水・牛乳で希釈した場合、何も希釈しなかった場合と比べて損傷の程度が軽減したと報告しています(4)。彼らは別の実験で、水酸化ナトリウムに晒された食道粘膜に対して、オレンジジュースやコーラで中和した場合も、食道粘膜のアルカリ損傷を有意に軽減したとも報告しています(5)。

 Rumackらは試験管内の実験で、パイプ用洗浄剤の中和として、牛乳で中和した場合に中和熱がそれほど高くならなかった点を挙げ、水や牛乳が、入手のしやすさから応急処置に適しているのではと述べています(6)。

 一方でMaullらは、市販の腐食剤に対して希釈剤を追加した実験を行い、応急処置としての効果はなかったとも報告しています(7)。

 繰り返しになりますが、あくまでもこれは動物実験の結果で、人でのエビデンスではない点に注意が必要です。人の場合、希釈させようと水分を摂取することで、嘔吐が引き起こされるリスクなども考慮しなくてはいけません。

ヒトでの研究では有効性の根拠は現時点では高くない

 2018年のコクランレビューでは、24の研究をまとめて「急性の経口による毒物摂取に対し、医療関係者にアクセスする前に一般市民が実行可能な処置」について検討しています。 

 レビューでは有毒物質を中和・希釈する応急処置として「水や牛乳、ジュースなどの水分を大量に飲む」方法も紹介されています(8)。ただ、希釈作用の一方で、胃内の液体の量が増えることで有毒物質が吸収される小腸への排出が促される可能性があること、また大量の液体を飲むことで嘔吐のリスクが高まる可能性も紹介されており、嘔吐の結果として腐食性物質が食道粘膜に2回接触することになるとも述べています。

 このレポートでは、「現時点で家庭での応急処置として医学的根拠の高い有用な方法は見られない」と結論し、「水や牛乳を飲ませること」は推奨ではなくあくまでも紹介に留めています。

 欧州小児消化器肝臓栄養学会(ESPGHAN)のガイドラインにもこのように記載されています(9)

腐食性物質を摂取した場合には嘔吐を防ぐ努力が必要である。子どもが希望すれば少量の水を飲ませたり、口や食道をすすぐように促してもよいが、強い痛みがあるなど穿孔を疑わせる症状がある場合には経口摂取はさせてはならない。

 とにかく嘔吐を防ぐことが大事で、水分を摂取させる処置の推奨は絶対的なものではないということです。

 牛乳を摂取させる選択肢を残す注意点として私が懸念しているのは、「石油製品やタバコ、防虫剤など牛乳を摂取させてはいけないものがあるため、それらを誤飲した時に間違って飲ませてしまう可能性」が残る点です。

 以上から以下のようにまとめられると思います。

・腐食物質を誤飲した際の対処として、動物モデルでは水や牛乳による経口希釈療法は有効であることが分かっている。

・しかし人でのエビデンスはなく、現時点で根拠を持って強く推奨できるわけではない(ダメというわけではない)。

・応急処置で水分を摂取すると、それ自体が嘔吐を引き起こしたり、毒物の吸収を促したりするリスクがあることを理解しておく必要がある

水や牛乳は飲ませても間違いとは言えないが、嘔吐など注意が必要

 経口摂取をしていると、内視鏡的治療のために全身麻酔が必要になった時、麻酔管理が困難になるリスクもあります。一方で国内外の中毒情報センターでは、牛乳や水、の記載が残っています。

 繰り返しになりますが、現時点では「飲ませてはいけない」というものではありませんし、それは混乱を招くことになります。ただ知っておくべきことは、「その根拠は決して強いものではなく、水分を飲ませなくても、それは決して間違いとは言えない」ということです。とにかく急いで病院に連れていくことが一番大切という理解でよいかと思います。

ボタン電池の誤飲でハチミツを飲ませるのは有効?

 最後にもうひとつ、中毒物質ではなく固形異物ではどうでしょうか。

最近はボタン電池の誤飲が増えています。ボタン電池を誤飲すると、電池の表面で水が電気分解され水酸化物が生じ、これが粘膜を傷害します。

 こういった事故での病院到着前の対処法として、米国の国立中毒センター(National Capital Poison Center)では「ボタン電池誤飲のガイドライン」(10)の中で、次のように記載しています。

 ボタン電池を誤飲したら以下の条件に当てはまればハチミツ(10分ごとに約10ml)を飲ませてすぐに病院へ

 ・すぐにハチミツが手に入る場合

 ・1歳以上

   1歳未満に与えると乳児ボツリヌス症のリスクがあるため

 ・リチウム電池の可能性がある場合

   種類が分からない場合はリチウム電池と仮定する

 ・誤飲から12時間以内

   食道穿孔が存在するリスクは12時間後に増加するため

 ハチミツを推奨する理由として、ハチミツはバッテリーをコーティングし、水酸化物の生成を防ぐことで組織損傷を遅らせる可能性があるためとしています。

 動物実験では、ハチミツ、スクラルファート(粘膜保護薬)、ジュース、スポーツ飲料を与えたところ、ハチミツとスクラルファートでバッテリーによる食道粘膜の損傷が減少したというものがあります(11)。

 ただし遅らせる効果しかなく、当然ボタン電池除去の代わりにはならないため、大至急病院を受診する必要があることは変わりません。また腐食性物質と同様に、ヒトでの実験ではない点や、摂取による嘔吐のリスクも考慮しなくてはいけません。

 摂取のタイミングが不確かな場合や、発熱や胸痛などの症状があって食道を既に損傷している可能性がある場合は、医療機関で評価するまでハチミツやスクラルファートの摂取は控えるべきでしょう。

 したがって、ボタン電池を誤飲した場合、「ハチミツを飲ませれば大丈夫」でもないし、「飲ませないといけない」というわけではなく、あくまでもオプションとして捉えておくのが無難と言えます。

今回は異物誤飲に際して、水分などを取らせる処置の是非を中心にご紹介しました。これを機にお子さんが誤飲した際の処置について考えるきっかけとなれば幸いです。

<参考文献>

1.日本中毒情報センター. 中毒事故発生時の対応.

2.National Capital Poison Center. First Aid for Poisons.

3.Kentucky Poison Control Center. Poison Myths and Realities

4.Acad Emerg Med. 1995;2(7):587-91.

5.Acad Emerg Med. 1995;2(11):952-8.

6.Clin Toxicol. 1977;11(1):27-34.

7.Ann Emerg Med. 1985;14(12):1160-2.

8.Cochrane Database Syst Rev. 2018;12(12):Cd013230.

9.J Pediatr Gastroenterol Nutr.2017;64(1):133-53.

10.National Capital Poison Center. Button Battery Ingestion Triage and Treatment Guideline.

11.Laryngoscope. 2019;129(1):49-57.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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