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NHKと新聞業界は共に沈んでいくだけかもしれない

境治コピーライター/メディアコンサルタント
境界を飛び越えて握手することで見えてくるものがあるはず(提供:イメージマート)

NHKのネット必須業務化に猛反対する日本新聞協会

NHKのネット業務についての議論が大詰めだ。総務省の有識者会議「公共放送ワーキンググループ(WG)」で昨年9月から続いてきた「NHKのネット業務を必須業務化するか」の議論がまとめに入ろうとしているのだ。ただ長らく会議を傍聴してきた私から見て、疑問に思う点がある。

これまでNHKのネット業務は「補完業務」とされ、あくまで放送の補完的役割として中身や予算に制限があった。だが若い世代をはじめ人々のメディア行動がネット中心になりつつある今、NHKはネットも放送同様に必須業務とし、内容をより充実させるべきというのが議論の背景だ。

いま迎えつつある結論は、放送をネットで配信する「NHKプラス」を必須業務とし、テレビは持ってないがNHKの番組を視聴したい人も受信料を払えば使うことができるようにする、というもの。一時期よく誤解された、スマホなどネット端末を持つだけで受信料の義務が生じる形ではなく、あくまでNHKをネットで見たいと能動的にアプリをインストールし、必要なプロセスを経た人のみが受信料を払う考え方だ。

それは必須業務化にあたって最低限必要と思うが、逆にテキストニュースについては現状より抑制的な方向に着地しようとしている。それでいいのか、というのが私の疑問だ。

NHKは「NEWS WEB」と「ニュース防災アプリ」に加えて「NHK政治マガジン」「NHK記者note」などのテキストニュースを展開している。これらについては必須業務の対象とせず、むしろクローズすべきとの意見が急に強くなってきたのだ。主張しているのは日本新聞協会だ。

新聞協会はこれまでも数回に渡り「公共放送WG」に参加し、NHKのネット業務は「民業圧迫」だと、必須業務化に強く反対してきた。だがその「民業圧迫」を示す根拠やデータは、いつも示されないままだ。

8月10日に開かれた「公共放送WG(第12回)」にも新聞協会が出席していた。傍聴していて極めて不可解だったのが、異様なまでに新聞協会に配慮した空気だ。新聞協会にガス抜きをさせて、とにかくネット必須業務化を着地させようとしていたと見る向きもある。なぜ総務省管轄ではない業界団体に、ここまで気を使う必要があるのか不思議だった。

新聞協会は「必須業務化にあたりNHKはテキストニュースを廃止せよ」とまで主張していたので、NHKプラスの有料化の条件がテキストニュースの大きな抑制になってしまったように感じられた。何かが決定したわけではないが、新聞協会の圧が強く残ってしまった印象だ。

先日の台風7号でもNHKの報道は不可欠だったし、ネットでのNHKの報道を頼った人も多いのではないか。新聞協会の主張はある意味、国民の権利の侵害とも言える。「廃止」はどう見ても言い過ぎだ。

公共メディアを目指す一環がテキストニュースのはず

そもそも新聞協会が指摘する「NHKのテキストニュース」は、テキストであるかないかは主眼ではない。ネットにおけるNHKの報道のあり方を多様に広げる試みの一環だったはずだ。

NHKは2015年に出した「NHKビジョン」の中で「公共メディア」のワードを掲げた。文書の中にはこう書かれている。

「公共放送から、放送と通信の融合時代にふさわしい”公共メディア”への進化を見据えて、挑戦と改革を続けます。」

電波で番組を届ける「公共放送」からネットの利点も活かした「公共メディア」へと進化する宣言だ。「NEWS WEB」「ニュース防災アプリ」に加えて「政治マガジン」「記者note」が立ち上がったのも、テキストであるかどうかの前に、ネットならではの新しい伝え方を、公共メディアに進化するプロセスとして試みていたのだと思う。

今回の必須業務化とは、いよいよ公共メディアに進化してネットにも本格的に取り組むためのもののはず。これまでの試みを発展させるならわかるが、縮小したり廃止したりするのは本末転倒というものだ。何より、受信料を払っている私たちへの裏切りでもある。

テキストニュースの抑制ではなく、今後はテキストか映像かに縛られず、新しい表現が開拓可能なネットでいままでにない報道の伝え方に挑戦し、またネットの双方性を活用した参加型のメディアとなっていくべきではないのか。「公共放送WG」では、後半は新聞協会と民放連への対処にどんどん向かっていったことが非常に残念だ。

ただ致し方ないのは、現在のNHK上層部自身が新聞協会のいう「テキストニュース」に消極的で、なんなら廃止もありですよという態度だったことだ。

5月26日の「公共放送WG(第7回)」では、NHK副会長の井上樹彦氏が出席し、プロパーのトップとしてNHKのネット業務のビジョンを語った。だがこのビジョンに、ビジョンが見えない。「ネットでは放送と同様の効用が、異なる態様で実現されるものを実施」するとプレゼンしたのだが、わかりにくい言葉を紐解くと、要するに「NHKプラス」のような放送を生かした展開をやっていくということらしい。これはつまり、「政治マガジン」などのネット独自のコンテンツは抑制していく、というよりやめていくように聞こえた。

だから今迎えつつある「まとめ」は井上副会長の言っていた通りでもあるのだ。そして邪推かもしれないが「NHKプラスが新たな財源になればそれでよし」との思惑しかないと思えてしまう。いまのNHK上層部は「放送至上主義」で、ネットに価値を置いていないと言う関係者もいる。

つまりNHK自らが「NHKプラス以外やる気なし」と考え、それが実現されようとしているだけとも言える。ネット報道を担当していた局員たちは5月以降すっかり意気消沈しているとの噂だ。

だが、NHKプラスは新たな財源としてどれほど期待できるだろう。機能としては、それこそ放送の補完的なツールだ。放送で慣れ親しんできたNHKの、いつも見ている番組を外出中に見たり、見逃した時に便利ではあるが、放送でNHKに接していない特に若い世代からすると、使うきっかけがほとんどないだろう。必須業務化により受信料を得ようにも、若い世代は「必須」と思ってくれない。お金を払うわけがない。

NHKと新聞業界は協力しあうのが社会のためではないか

NHK上層部は、テキストニュースを抑制することで新聞協会の批判をかわし、NHKプラスで実利を得るつもりなのだろう。だが長期的に見ればテキストニュースこそがネットでのNHKの入口になり得る。いわゆるフリーミアム的に簡易なニュースは無料で見せ、さらに濃い情報を読みたければ受信料を、しかもライト版的なメニューも用意してようやく受信料を取れるかどうか。それでもNHKプラスだけよりずっと可能性がある。NHKは実利を取ろうとして長期的には損な選択をしてしまったのだ。

そして新聞協会も今回の主張はしてやったりと思っているだろうが、可能性を閉ざしてしまった。テキストニュースの廃止を訴えるより、むしろNHKにニュースをネットで配信させ、その代わりに新聞サイトにリンクを貼るよう要求すべきだった。

新聞協会は、特に地方紙はこの2〜3年でデジタル版に着手したのでなかなか伸びていない、と述べていた。だったらNHKのローカルニュースに地方紙デジタル版のリンクを貼ってもらい、その分より詳細なニュースや解説が読めるようにすればいい。NHKには予算があるし人材が多いと言うが、よそから赴任してきた記者だらけだ。長らく地域に根を張ってきた地方紙は力が弱まっているとはいえ、その地域でのネットワークではNHKを凌駕できるはずだ。だったらNHKを入口としてうまく使い、自分のメディアへのアクセスを伸ばすよう利用した方がよほど建設的だ。

実際、今後のメディアがネットでもまっとうな言論空間を形成するには、互いの協力関係が欠かせなくなるだろう。NHKも「公共メディア」を標榜するからには、地方紙と共に地域の公共的な言論空間を守る責務を負ってもいいはず。「公共メディア」の意味が広がる考え方だ。実際今、民放連はNHKが放送インフラを背負うべきと要望している。同じ考え方に立てば、新聞という情報インフラを守る役割を負ってもいいだろう。

NHKと新聞業界は、テキストニュースで対立せず逆にそれを通じて協力関係を築くことで、互いにネットでの強い地盤が作れた。それなのに根拠の薄い対立からそれぞれ得するように見える「テキストニュース抑制」の結論に飛びつき、満足しようとしている。だが、それは実は、互いに損しあっているだけだ。

ぜひもう一度協力することを前提に話し合ってほしい。危うくなっていくネットの言論空間を守るためにも、NHKと新聞業界の連携は必要なことだと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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