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放送業界はもう今のままではいられない。経営者も現場もわかっている。まずやるべきは「話すこと」だ。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
(写真:アフロ)

※本記事は6月28日(水)開催のウェビナー「辞めテレ教授が好き勝手にテレビを叱る?!」(リンクは告知サイト)に向け、そのテーマについて論じたものだ。

経営者アンケートから見えた放送局トップの危機感

『月刊ニューメディア』の6月号に意欲的な企画が載っていた。「ローカル局社長42人が答える、経営の現在地と展望」と題し、全ローカル局のトップにアンケートを実施。応じてくれた42人の回答を紹介したものだ。

放送業界はキー局の決算結果を見れば明らかな危機にある。中でも屋台骨の放送収入つまりCM枠の売り上げがコロナが明けたら急激に下がっている。

5月にまとまったキー局の2022年度の決算内容から放送収入だけ抽出して合計し、2019年度からの4年間をグラフ化したのがこれだ。

2022年度キー局決算資料から筆者作成
2022年度キー局決算資料から筆者作成

棒グラフが放送収入で2020年度はコロナで急落し翌年持ち直したものの2022年度は再び大きく下がった。折れ線グラフはPUT(総個人視聴率)でコロナで巣篭もり生活を強いられ一時上がったものの、多くの人がテレビでYouTubeやNetflixなど配信を楽しむようになり、コロナが明けても放送に戻ってこなかった。今後は長期的に視聴率が下がり放送収入も下がっていくだけと放送業界は誰もがそう認識しているだろう。

ローカル局は上場している局が少ないため数字としてまとめられないが、同じ傾向なのは間違いない。キー局よりさらに大きく下がっているところもあるだろう。その上、キー局と違ってドラマやバラエティを作っていない局がほとんど。ほとんどがキー局からの番組を各地域に放送する中継地点のような役割で、自局で地域の情報やニュースを制作するのは放送する中の10%程度に過ぎない。

『月刊ニューメディア』に集まってきたローカル局経営者の回答は、当然ながら強い危機感を帯びたものだった。さらに、どのトップも状況を正確に把握し、かなり絶望に近い状態であることも理解している様子だった。「放送外収入の拡大」「放送収入減少への対応」「業務のDX化」など対策としてすべきことも、その通りと言えることが書かれている。

トップがわかっているのに会社として動かない不思議

不思議なのは、そこまで経営者が危機感を持ち何をすべきかがわかっているのに、そうした動きが具体的に聞こえてこないことだ。たとえばTVer。これはキー局が作った見逃し配信の仕組みだが、ローカル局も番組を出すことができる。TVerに出せばみるみるうちにネットで話題になってガンガン収益が出るかというとそうとは限らない。やってみなければわからないし、SNSで番組を盛り上げるなど、あらゆる努力をする必要がある。大変なのは間違いないし、努力は報われないかもしれない。だがテレビ局が持つ成長力のある武器の一つなのは間違いないのだから、やってみるべきに決まっているのではないか。

だが、一部の局は躊躇して立ち止まっていると聞く。やったものか。やらないほうがいいのか。

経営者がこぞって強い危機感を持ち、DXが対策の一つなら、経営者が現場に「TVerやれ、どんどん出せ」と言わないのか。それが不思議だ。

経営者はわかっている。現場も強い危機感がある。双方とも新しい取り組みをすべきだと思っている。なのにいざとなると躊躇する。

お互いに話そうとしていないのが原因としか思えない。こんな業界全体が大変な時に、なぜ話さないのか。相談しないのか。経営者は「動こう」と旗を振るべきだし、現場は「やらせてください」と訴えるべき時だろう。そうならないとしたら、それは経営者の側の責任ではないか。危機の時は、トップが旗を振るのが何より先決事項だと思う。

中の人が外に出たから見える中のこと

5月の初めにたまたま、京都で4人の大学教授と集う機会があった。同志社女子大学の影山貴彦教授、佛教大学の大場吾郎教授、京都産業大学の脇浜紀子教授、そして今年5月に京都先端科学大学に着任したばかりの山本名美教授。実はそれぞれ、在京在阪のテレビ局の社員だった。

ちょうどこの『月刊ニューメディア』6月号の経営者アンケートを題材にした鼎談記事に脇浜氏が参加していたこともあり、自然とこのアンケートが話題に上った。各教授とも、経営者がきちんと問題を把握し対策も理解しているのに感心しながら、それなのになぜことが動かないのかが議論になった。

「サラリーマン社長だから自分は逃げおおせるし本気になれないのでは?」「そもそも雇用の流動化がもっと進んでいればIT人材など必要な人々が会社を変えられたはずだが、驚くほど雇用が固定的だった」「例えばローカル局にも海外展開せよという人が多いが、それはキー局がやればよく無駄なエネルギーを使ってきたのでは」「行政へのアプローチが上手ではない。自分たちにとって何が必要かを自分たちで考えてそれを行政に上手に委ねる活動ができてこなかった」

それぞれの先生が、自分の経験も踏まえ、また会社を出た後に触れた世の中の考え方も照らし合わせた考察を述べるので、実に濃厚で意義のある議論になった。もちろん途中からは酔いが回って与太話になっていったのだが。

話すこと。解決はそこからではないだろうか

友人でもある4人の「元テレビ局」の教授たちの議論を聞いて、まず何より大切なのはこれではないかと考えた。それは「話すこと」だ。辞めた4人同士だから思うところを気兼ねなく話せたのだろうが、今放送局の中にいる人も、そしてできれば経営者も一緒にいる場で話すこと。そこから課題の共有が始まり、対策も大きくまとめられてくるはず。それを具現化すればそれが改革になるだろう。一緒に合意しておければ、反対派や抵抗勢力もいない。

「話すこと」それを具体化する場として、28日のウェビナー「辞めテレ教授が好き勝手にテレビを叱る?!」を企画した。4人の「辞めテレ教授」たちから参加者に質問してもらい、参加者と「話して」もらう。放送業界の危機に向き合う議論をする集いとして、そのウェビナーが寄与できればと考えている。

おそらく行き詰まっているどの業界も同じではないだろうか。みんな課題はわかっている。だったら「話すこと」で解決へ進むはず。そう考えている。

4人の教授が何を話したいか、文章にしたものをこちらの記事に載せている。ぜひ読んでもらえればと思う。

放送業界の解決策は「話すこと」ではないか(たぶんどの業界でも)

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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