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放送の次は「放送みたいな配信」へ。FASTは新しい広告市場になるか?

境治コピーライター/メディアコンサルタント

※本記事は1月25日(水)開催のウェビナー「海外事例から考えるテレビの未来〜FASTとPSMを題材に〜」(リンクは告知サイト)に向け、そのテーマについて論じたものだ。

すっかり浸透したコネクテッドTV

コロナによって人々のメディア生活は大きく変化し、その影響もあってテレビ放送の視聴率はここ数年でぐんぐん下がっている。ゴールデンタイムのPUT(総個人視聴率)は2021年の36.2%から2022年は33.1%へと3.1%も下がり、下落傾向はまだ続くだろう。CMによる放送収入も下がるばかりで、テレビ放送という事業に再浮上の目はほとんどなさそうだ。

テレビ受像機のネット接続は5割を超えたと言われ、「コネクテッドTV」と呼ばれる。FireTVのような外部機器を通じて、もしくはテレビそのものが直接ネットにつながり、新しいサービスを利用する人がどんどん増えているのだ。既存の放送に飽きたらリモコンひとつでYouTubeのような無料、もしくはNetflixのような有料のサービスを呼び出し、見たいコンテンツを選んで視聴する。好みの番組を、時間に縛られずに視聴できる時代になった。テレビ局が作ったサービスであるTVerもテレビで使えるようになりカバーしようとしているが、出遅れ感は否めない。

VODは「選ぶ」ための能動性が求められる

これらのサービスはほとんどがVOD(Video On Demand)と呼ばれるタイプで、タイトルと画像(サムネイル)、簡単な説明文から、面白そうなものを選ぶ仕組みだ。映画やドラマが大好きな人なら無限に広がるコンテンツから自分に合ったものを選べる。

ただ、あまりにも無限すぎる上に、上質なものから質の低いものまで次から次にやって来るので、選ぶのも大変だ。筆者も映画好きな方だが、毎晩複数のサービスを立ち上げて新着をチェックしているうちに疲れ果ててしまう。「マイリスト」に見たいと思った作品を加えていくとそれもまた膨大になり、そこから選ぶのも億劫になってしまう。

ダラダラ見るのに打ってつけ、FASTがアメリカで急成長

こうなると今度は、自分好みの番組が次から次に流れてくる配信サービスが欲しくなる。実はそんな都合のいい配信サービスが今、アメリカで急成長しているのだ。

Free Ad-supported Streaming TVを略してFASTと呼ばれるこのサービスは、その名の通り、無料広告型で楽しめる映像配信サービスで、VODタイプと違ってリニア型、コンテンツが次々に流れて来る形式だ。「選ぶ」プロセスが不要になる。

チャンネルによって番組のタイプは絞られる。スポーツ番組ばかりのFASTもあれば、ドラマばかりのFASTもあるし、ニュースしか流れてこないFASTもあるという。これらは当初独立系のサービスとして誕生し、やがて大手メディアに買収されたものが多い。plutoはCBSの傘下になり、tubiはFOXに買収された。大手メディアの力でますます成長しているようだ。

FASTは「選ぶ」面倒がない分、ダラダラと延々視聴しやすい。元々テレビ受像機は畳やソファに寝転がってリラックスして見るのにふさわしいデバイスだ。VODよりFASTの方がテレビの使い方には合うのではないか。

FASTはVODより広告型に向いている

さらに、だからこそ広告ビジネスに向いている。次々に流れるコンテンツを受動的に見る、その合間合間に入って来るならCMは受け入れやすい。「トイレタイム」になることも含めて一息つく時間がCMだとも言える。テレビ放送もだからこそ広告モデルで成功したのだ。

逆にVODはCM向きではないと思う。YouTubeはリンクを押して「さあ見るぞ!」と思うとCMが入って気をそがれる。CMの不快感を克服できていないのではないか。

Netflixが広告つきプランを出したが、少し触れてみての感想は「広告枠」が少ないこと。これでは相当ユーザーが増えない限り、広告主の満足は得られないと推測している。

テレビ放送の総合編成すぎる点、VODサービスの能動性を求められすぎる点、両方の弱点を克服するのがFASTかもしれない。テレビ受像機上の新しい広告型サービスとして、広告主側の興味も高まりそうだ。

日本では、プラットフォームが見えない

FASTはアメリカではRokuという端末をベースに成長した。このRokuはNetflix用の外部機器として生まれてNetflixとともに普及している。ユーザーが増える中でNetflix以外のサービスの受け皿としても機能し、様々なFASTサービスも載せていった。ついにはRoku自身もFASTサービスを立ち上げている。FASTのゆりかごがRokuだった。

日本は全体のサービスが遅れたので、外部機器が普及する前にテレビが直接ネットにつながりFASTが生まれる余地がこれまではなかった。

ただ実は、ABEMAは2016年の立ち上げ時点からFAST的な部分を含んでいた。AbemaPrimeなどが流れるニュースチャンネル以外は、アニメチャンネル、将棋チャンネルなどジャンル別に番組が次々に流れる。ライブではないのでFASTの一種と言えるだろう。

ABEMAは昨年のサッカーW杯の成功で「テレビでも視聴できる」と印象付けられた。テレビを使うユーザーが増えると、日本でもっとも有効なFASTとして広告収入を大きく稼げるようになる可能性はある。ひょっとしたらFASTを始めたい事業者の受け皿にもなり、FASTの巨大なプラットフォームになるかもしれない。

もちろん、新たな企業が名乗りをあげ、FAST事業者が今後次々に現れることも想像できる。テレビ放送は萎むばかりだが、コネクテッドTV、中でもFASTを軸に今までと違う意味での「新しいテレビ」が成長するのかもしれない。

1月25日のウェビナー「海外事例から考えるテレビの未来」では、このFASTを解説し、日本での可能性を議論する。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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