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香川照之を朝から晩まで消費してきた日々が終わった

境治コピーライター/メディアコンサルタント

事件発覚の前と後で香川照之の出演数を比べる

昨日(9月29日)夜、テレビ朝日のドラマ「六本木クラス」が最終回を迎えた。おそらくそれが、香川照之の地上波テレビ最後の出演だっただろう。CMも含めてだ。

香川照之が引き起こした事件についてここで説明する必要はないと思う。そしてまったく擁護しようがない、愚劣で恥ずべき行為だったと筆者も捉えている。

一方、ドラマ好きテレビ好きの一人として、これまで香川照之という役者、というよりエンターテイナーに楽しませてもらってきたのも事実だ。彼の番組やCMの降板は当然だが、寂しい気持ちであることも否めない。

いったい彼はどれくらいテレビに登場していたのか。テレビ放送のすべてをテキストデータ化するエム・データ社に香川照之の出演数を調べてもらった。事件が発覚したのが8月24日で、その後2週間ほどかけて出演番組とCMにストップがかかった。そこで発覚前の8月15日の週と、出演にストップがかかった後の9月12日の週を比べてみる。(データは在京キー局つまり関東エリアのもの)

グラフ:エム・データ社のデータより筆者作成
グラフ:エム・データ社のデータより筆者作成

まず事件発覚前の出演数だ。棒グラフはCM出演本数。月曜日(8月15日)が最も多く、3社のCMが全部で17回放送された。内訳は、「アリナミンEXプラスα」が5回、「パーフェクトサントリービール」が8回、「トヨタイムズ」が4回だ。これを筆頭に香川照之の出演CMは各曜日放送されていた。今挙げた3社に加えてこの週は金曜日と土曜日に金鳥「ゴキブリムエンダー」のCMも放送されている。私たちは毎日毎日香川照之の姿を目にしていたのだ。たまたまこの週に流れたCMはこの4社だったが、彼が出演するCMはもっとあるはずだ。

出演番組の方は木曜日に、昼間に放送されたダイジェスト版も含めてテレビ朝日のドラマ「六本木クラス」。金曜日には朝の情報番組TBS「THE TIME,」土曜日と日曜日にはNHKで「昆虫すごいぜ」の再放送とその新作「昆虫すごいZ」も放送された。木曜日から日曜日にかけて番組の中で香川照之を目にしていた。

それが事件発覚後にはこうなった。

グラフ:エム・データ社のデータより筆者作成
グラフ:エム・データ社のデータより筆者作成

ドラマ「六本木クラス」を残してCMも番組もすべて放送されなくなってしまった。そしてこの唯一残った枠も昨日で終わったというわけだ。来週以降、もしこのグラフを作ったら、ひたすら真っ白なものが続くことになる。

香川照之はひときわ無理をしてきた?

こうして出演数の落差を見てみて感じるのは、香川照之はやはり出過ぎていたのではないかということだ。この露出の多さは、どこか無理をしていたように思える。もっと露出が多いタレントもいるだろうが、彼の場合は無理があったのではないか。

それが如実に出たのが2020年に放送された「半沢直樹」の2作目の彼の演技だった。1作目では自然と生まれたであろう歌舞伎めいた大袈裟な芝居と顔芸。2作目ではそれをさらに期待する世間に応えようとしていたように思う。もちろん期待した私たちにとって、十二分に面白かった。

中でも「おしまいです」を英語のthの発音を加えて「おしまいdeath」と言った時。そのギリギリの面白さに筆者は拍手した。一歩間違えばシリアスなドラマでやってはいけない線をギリギリで保っていた、そんな瞬間だったように思う。「おしまいdeath」の一言はネットでバズりまくった。2020年のあの瞬間でなければ成立しなかったであろう「芸」を見せてくれたのだ。

高い視聴率を誇るドラマの、大勢のスタッフがいる現場で「おしまいdeath」を言って驚くほどネットでバズる。大成功だが、相当なプレッシャーのもとで勝負をかけたとも言える。自分だったらと想像すると、とてもではないができない。

事件が起こったのは2019年だから役者として無理したことと銀座での乱暴狼藉は関係ないとは思う。ただ彼が無理をしながらやってのけた様々なドラマでの演技を筆者は楽しんだ。「昆虫すごいぜ」では彼と一緒に昆虫好きだった子どもの頃に帰ることができた。そこに対してはありがとうと言いたい。

そして優れた才能を持つ役者やタレントが所属する事務所の皆さんには、彼ら彼女らに無理をさせすぎていないか、この機に見直して欲しい。前々から感じていたのだが、日本の芸能界は役者やタレントを使いすぎだ。本人たちは声がかかれば嬉しいだろう。でもそこを、「この辺にしておこう」と抑えるべき時はないだろうか。

トム・クルーズはいまだに大ヒットを出す世界的スターだが、彼が出演する映画は年に1本くらいだ。それにCMには出ない。それでも、十分な存在感を示している。

年に何本も映画に出てドラマに出てCMにも出る日本の役者の使われ方はおかしい。香川照之の出演数を見ながら、あらためてそう思ったのだが、どうだろうか。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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