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視聴率だけでテレビを評価する時代は終わった

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像はいらすとやのイラストを筆者が合成して作ったもの

4月クール、視聴率は明確にダウンした

先週、在京キー局の決算が出揃った。筆者は先月、インテージ社のデータから視聴率、特にゴールデンタイムの視聴が下がっているらしいことを記事にした。

テレビ視聴率が4月以降急減 視聴者のゴールデンタイム離れ進む

決算資料から、それ確認してみた。日本テレビの資料にある2022年4月クール(4月4日〜7月4日)のPUT(リアルタイムでテレビ放送を視聴した人)の数値を見ると、全日(6時〜24時)がマイナス2.1%で19.5%、ゴールデンタイム(19時〜22時)がマイナス3.3%で32.4%だった。全体的に下がっており、特にゴールデンタイムつまり一番テレビが見られる時間で落ちている。インテージ社のデータと傾向は同じだが全日も大きく下がっていたのは驚いた。

さらに、2019年から今年までの4月クールのPUTをグラフにしてみた。

グラフは日本テレビ決算資料より筆者が作成
グラフは日本テレビ決算資料より筆者が作成

2020年4月は2019年から全日もゴールデンも大きく上がっている。コロナ禍による緊急事態宣言で在宅勤務する人が増えた期間だ。やることがない人々が一斉にテレビ放送を見た。その反動で2021年にはぐんと下がった。これは致し方ないだろう。だからこそ今年は正念場だった。2021年と変わらなければ、あるいは2019年の水準に上がれば、元に戻せたことになる。だがそうはならなかった。

前回の記事で書いたように、スマホで、さらにはテレビ受像機で映像配信を楽しむ人が増えたからだと推測できる。2020年の在宅期間でテレビ放送も見たが配信も見るようになり、配信が定着した分PUTが下がったのだろう。また私は、ゴールデンタイムの番組があまりにも似通っているため、視聴者が飽きたせいもあると考えている。

視聴率=放送収入ではなくなった?

この視聴率の上下は各局の売上にどう影響したのだろう。決算資料から「放送収入」だけを取り出して前年比を見てみた。放送収入は番組に紐づくタイムCM枠と、番組の間に流れるスポットCM枠に分かれる。

キー局の放送収入はほとんど同じ傾向を示す。ある局のスポットが前年比10%増えていると、他局もほぼ同じ割合で増えるものだ。

コロナ禍の影響も、各局とも同じように出ていた。2020年はスポットが軒並み30%前後減少し、2021年は50%程度増加した。この2年はPUTに反比例する形で放送収入が推移していた。

今年はどうだったか。表にまとめてみた。

各局決算資料から筆者が作成
各局決算資料から筆者が作成

今年はほぼ全ての局が前年比ダウンだ。だが、おや?と気づいた。いつものように「ほぼ同じ割合」ではないのだ。

日本テレビは大きくダウンした。テレビ朝日とフジテレビはそれに続く形で下がっている。ところがTBSはタイムが3.5%のダウンだったものの、スポットは1.6%の減少で済んでいる。そしてテレビ東京はタイムでわずかだがプラス、スポットもほとんど減少していない。ちなみに2局とも視聴率は他局と変わらず下がっている。

このクールだけの特異な状況かもしれない。もう少し経たないと一概には言えないが、各局をウォッチしてきた筆者から見ると、TBSとテレビ東京は目的が明確な番組づくり、個性的な番組づくりが増えているように思う。特にテレビ東京は、元々他局と視聴率に大きく差があったことが、逆にプラスに働いているのではないか。

というのは、ここ数年でスポンサーがCMを出稿する際に、実に多様なデータを見るようになってきたのだ。ビデオリサーチの視聴率調査は言わば「取引通貨」で、それとは別に私がよくデータを頼るインテージ社だけでなくスイッチメディア社TVISION INSIGHTS社エム・データ社CCCマーケティング社などが提供するデータを精査してどの局、どの番組にCMを出すかを決める。視聴率だけでCM枠を決める時代はもう終わっているのだ。

TBSとテレビ東京の下げ幅の小ささはその影響である可能性は高い。

配信でも推し番組を見れば応援になる

また今回の決算資料で新しい傾向がある。配信による広告収入について触れる局が出てきたことだ。

日本テレビは「広告収入」の一つの項目として「デジタル広告」を加えている。今期からTVerなどによる売上を追加したのだ。他の局も項目の立て方は違うが、有料無料の配信収入を明示する傾向だ。

これまで配信など「2次収入」は放送に付随するオマケのような扱いだったように思う。金額的には小さいが、配信を放送と並ぶ二頭立てのものとして育てる姿勢が各局とも感じられる。というのは、放送収入はおそらく、細かな増減を繰り返しながら下がっていくと多くの人が認識している。だが一方で、TVerがぐんぐんユーザー数を伸ばしているように、ネットでもテレビ番組の価値はあるとわかってきた。日本のテレビ局はネット進出で大きく出遅れたが、そこに活路をようやく定め始めたのだ。

最近の視聴者の中には、番組を見ることが「応援」にもなるという感覚が芽生えているようだ。その意味では、無理にリアルタイムで放送を見なくても、配信で見れば「応援」につながる。推し番組の視聴率が低いとの記事が出ると残念がる人も多かったが、今はもうそんなことを気にする必要はない。好きな番組を見てSNSで声を上げればそれが作り手にも届き、局内でも評価される。

見る側も視聴率は気にせず見たい時に見たい場で視聴すればいいと思う。もはやテレビ番組は視聴率だけで価値が決まらない時代になったのだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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