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テレビ番組は複数の指標で評価する時代へ〜ビデオリサーチの視聴率調査が3月末にリニューアル〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
家族全員で同じ番組を見ることはほとんどなくなっている(写真:アフロ)

全国で個人視聴率を調査すると発表したビデオリサーチ

視聴率調査を担ってきたビデオリサーチ社が、2月6日付でニュースリリースを出した。

「視聴率調査、変わります~2020年3月30日より大幅リニューアル~」

「視聴率調査が変わる」とある。どう変わるのか、細かく説明してあるが一般の方にはなかなかわかりにくいと思う。重要なポイントは「全国で個人視聴率調査を始める」ことにある。

これまで例えば「NHKの新大河ドラマ、19.1%で好スタート!」という時の視聴率は世帯視聴率だった。それも関東の数字。3月30日からは、日本全国の個人視聴率を毎日出せるようになる、ということだ。実は視聴率調査は地区によってやり方が異なっていたのだ。

世帯視聴率と個人視聴率はどう違うのだろう。世帯視聴率は世帯、つまり家ごとの数値。一方個人視聴率は、人数がベースになる。

例えば下の図を見てもらおう。

図は筆者作成
図は筆者作成

このモデルでは10世帯あってある番組を半分の5世帯が見ている。世帯視聴率はそれを元に計算し、50%ということになる。人数は25人いて、その中で7人が見ている。計算すると、個人視聴率は28%になる。

このように何世帯が見ていたかが世帯視聴率で、何人見ていたかが個人視聴率だ。このモデルで明らかなように、往々にして世帯視聴率に比べて個人視聴率の方が低くなる。

また、人数が少ない世帯と人数が多い世帯で数字が違ってくる。もう一つ、図を見てもらいたい。

図は筆者作成
図は筆者作成

さっきとまったく同じモデルで、これも世帯視聴率は50%だ。だが個人視聴率は25人中11人で44%になる。世帯視聴率が同じでも、個人視聴率はまったく違うのだ。これは人数が少ない世帯中心に見られる番組と、多い世帯中心で見られる番組とで違ってくる、ということ。人数が少ない世帯とは子どもが巣立った高齢夫婦の世帯や、独身者の世帯。多い世帯は子どもと親が一緒に住む家族世帯が中心だろう。

世帯視聴率は数が多い高齢者の世帯に見られると高く出やすいのに対し、個人視聴率は家族世帯を対象にした方が高く出やすい。

また個人視聴率調査は見る人の属性もわかるので、いわゆるF1とかM3とか、性年齢別の視聴の様子もわかる。これまでも大都市圏では個人視聴率調査をやっていたが、それが全国に広がると日本全体でのF1やM3などの視聴が把握できる。

個人視聴率が全国でわかるようになると、「日本中で見た人数」が出せるようになる。サッカー日本代表の大事な試合などで翌日「視聴率42.3%!」などと報じられると「日本人の42%だから1億2千万人の4割強で5千万人くらいか、すげえなあ」などと頭の中で計算していたと思うが、それは実は違うのだ。世帯視聴率を人数に換算するのは誤りで、個人視聴率が出ればそれを該当する人口とかければ「見た人の数」が推計できる。さらに、日本中の若い女性(=F1層、20〜34歳女性)が何人見たかも推計できるようになるはずだ。

このように、個人視聴率を全国で調査することで、これまでよりかなり緻密なテレビ番組視聴の実態がわかるようになるだろう。

テレビ番組の価値は複数のモノサシで見る時代

ここで注意して欲しいのは、これから世帯視聴率がなくなるわけではない、ということだ。同じ調査から個人視聴率とともに世帯視聴率も出せる。これまでも大都市圏では個人視聴率を調査していたが、世の中に発表される数値は世帯視聴率だった。テレビ局の中では、個人視聴率も世帯視聴率も見ていたのだ。

もっと言うと、最近一部の局では「〇〇コア視聴率」などと独自の数値も共有している。〇〇には「ファミリー」など局として力を入れたい層を示すのだ。各メディアを通じて私たちが目にしていたのは世帯視聴率のみだったが、テレビ局内では複数の数値を扱っていた。

春からテレビ局が世の中にどんな指標を出していくのか、いま議論しているらしい。どう決着するかは、まだどこも決めきれてない様子だ。

個人視聴率が全国で出せるならそれを公開すればいい、と思うかもしれないが、先述の通り世帯視聴率より低く出る。これまで15%取っていた人気バラエティについて4月以降急に「個人視聴率で8%取りました!」と言われても、なんだか前より下がったとしか受けとめられないかもしれない。

ではどう決着するだろう。ひょっとしたら複数の数値が発表されるようになるかもしれない。「世帯視聴率は15%、個人視聴率でも8%と好調!」などと表現される可能性もある。あるいは視聴者数を出すのもかえってわかりやすいだろう。10年前にドラマ「LOST」が話題だった時、最終回の視聴者数は1350万人だったと発表されていた。アメリカではずいぶん前から人数が使われていたのだ。さらに「18歳~49歳の年齢層の視聴率は5.6」とも発表され、複数の指標が流通していた。

最近、テレビ情報誌「ザテレビジョン」がSNSの盛り上がりを元に「視聴熱」を出している。またTVISION INSIGHTSという会社は「視聴質」を算出している。さらに実は視聴率に似たデータはインテージ、スイッチ・メディア・ラボ、CCCマーケティングなど様々な会社が出しているのだ。CMをたくさん出稿するスポンサー企業ではすでにこうした様々なデータを見てどの番組を買うか判断していた。番組にお金を出す側の評価は、とっくに世帯視聴率だけではなくなっていた。

複数の指標が出れば番組づくりも多様になる可能性がある。世帯視聴率だけだとどうしても高齢層の視聴の影響が強く、どの番組も似たような題材と出演者で作られてしまう。世帯視聴率は、大勢の視聴者を反映しているようで、実は一部の偏った層の好みに傾いていたのだ。

様々な指標が出てくれば、「私の番組はF1視聴を重視してます」とか「うちは中年男性をターゲットにした番組です」などと個性的な番組が認められるようになるかもしれない。スポンサーも自分たちがCMを見せたい層に合った番組を選ぶだろう。

今回の視聴率調査リニューアルを機にテレビ番組が多様になれば、視聴者にとってもスポンサーにとっても楽しく有益なテレビ放送になるかもしれない。一人の視聴者として、そう願っている。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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