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「麒麟がくる」の視聴率を底上げしたのは「いだてん」視聴者?

境治コピーライター/メディアコンサルタント

「麒麟がくる」と「いだてん」の視聴者の関係を調べる

新しい大河ドラマ「麒麟がくる」が1月19日にスタートし、視聴率19.1%と快調な出だしとなった。筆者も見たがこれまで謀反を起こした暗い人物と描かれがちだった明智光秀を清々しく捉えた斬新なものだった。今後も楽しみだ。

ただ、「西郷どん」の初回視聴率が15.4%、その前の「おんな城主直虎」が初回16.9%だったことからすると、大河ドラマの視聴率がワンランク上がったように思える。戦国時代を舞台にし本来の大河に戻ったせいにせよ、ずいぶん高い気がした。

そこで気になったのが「いだてん」の視聴者の動きだ。近代を舞台にした新しい大河の魅力に惹きつけられた「いだてん」ファンの一部がそのまま残って「麒麟がくる」を視聴し、大河ドラマ視聴者数を底上げした。そんな仮説を立ててみた。これを調べるには、「いだてん」最終回と「麒麟がくる」初回のそれぞれの視聴者数と、重複を調べねばならない。

インテージ社に相談し、彼らのMediaGaugeTVという調査パネルのデータを出してもらった。これは全国のネットに繋がったテレビを母集団にしたデータで、個々のテレビの詳細な視聴状況を集約できるものだ。

このMediaGaugeTVで「いだてん」最終回と「麒麟がくる」初回をそれぞれ放送時間の3分の1以上視聴したテレビの台数を調べてもらった。さらにその中で「いだてん」「麒麟がくる」両方を視聴した重複数も出してもらった。

その結果がこれだ。

「いだてん」視聴台数=44,907台 「麒麟がくる」視聴台数=126,372台 重複視聴台数=25,321台

数字だけを並べてもどう解釈すればいいか見えてこない。そこでパーセンテージを出してみた。

「いだてん」視聴台数のうち重複分は56.4%。つまり「いだてん」最終回を見た世帯のうち半分以上が「麒麟がくる」初回も見たのだ。

また「麒麟がくる」視聴台数のうち重複分は20%。これは「麒麟がくる」の視聴の中で2割が「いだてん」から続けて見た、ということだ。

図にすると、こういう状態。

データをもとに筆者が作成
データをもとに筆者が作成

この図を見ると、「いだてん」視聴者が「麒麟がくる」の視聴を“底上げ”したことがイメージできるだろう。ビデオリサーチの世帯視聴率とインテージのMediaGaugeTVはまったく別の調査パネルなのでそのまま当てはめるのはよくないのだが、大まかな考え方として「麒麟がくる」の視聴率19.1%の2割分、3.8%程度は「いだてん」視聴者が加えた分だと捉えることができる。

「いだてん」は新規視聴者が6割だった

さらに、昨年これに似た手法で「西郷どん」と「いだてん」の視聴を重複とともに調べたデータを紹介したい。

インテージ社 i-SSPデータより作成
インテージ社 i-SSPデータより作成

こちらは同じインテージ社のi-SSPという調査パネルから出してもらったデータだ。「西郷どん」の最終回と「いだてん」の3月24日放送回の視聴者数を重複数とともに表示している。

グラフのグレイが重複分。グレイと赤を足すと「いだてん」視聴者数の全体。見ればわかると思うが、全体の中で赤い部分が大きい。30代40代の女性で特に赤の比率が高い。「いだてん」によって大河ドラマの新規視聴者がそれだけ増えたということだ。全世代で集計すると、「いだてん」視聴者のうち60.3%が新規視聴者だった。

この回の視聴率は9.3%。これも別々の調査パネルをそのまま当てはめてはいけないのだが、強引に解釈すると9.3%のうち6割にあたる5.5%程度は新しい大河視聴者だった事になる。

NHKが2年かけた新規獲得策だった?

「いだてん」視聴の5%前後の半分強が「麒麟がくる」に引き継がれたと仮定すると、19.1%のうち「いだてん」で初めて大河を見るようになり視聴習慣がついた流れで「麒麟がくる」を見た人が3%分程度いたことになる。

「いだてん」前の大河の視聴率15~16%が19.1%に上がったことと辻褄は合う。

もちろんこれは強引な推論で、ここで述べたことを"証明"するにはもっとデータを取り寄せて込み入った分析が必要になる。

ただ、視聴率で大河最低記録を更新していた「いだてん」はNHKが2年かけて視聴者を新たに獲得する大戦略だったのではないか、と想像できる。これは同じく宮藤官九郎が朝ドラ「あまちゃん」を担当した際、SNSで大きな話題になったが視聴率はさほどでもなかった時と似ている。その次の「ごちそうさん」で視聴率が上がった。「あまちゃん」で朝ドラに新たになじんだ視聴者が残ったからではないか。実は筆者自身がそうで、それまで見なかった朝ドラを「あまちゃん」以来見るようになったのだ。

毎週月曜日にはネット上で「大河最低更新!」と記事になり「途中打ち切りか」とまで騒がれ、それに対し熱心な「いだてん」ファンがやきもきしていたが、どちらもNHKのしたたかな戦略の上で踊らされていたのかもしれない。「麒麟がくる」は元々の大河ドラマファンを題材で満足させつつも、明智光秀の描き方をはじめ新鮮さに満ちている。「いだてん」ほど極端ではないが“新しい”大河ドラマを目指しているように思える。思い切り前衛的な大河からほどよい新しさの大河へと繋ぐことで、旧来の大河ファンと「いだてん」からのファンを両方満たしているようだ。こうして見ると、そのセッティングも絶妙な気がする。私たちはすっかりNHKにしてやられたのだ。

それでもちっとも不愉快じゃないのは、「麒麟がくる」が面白そうだからだろう。次回以降も楽しみに見たいと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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