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NHKプラス開始の過程で、NHKへの政治の影響力が高まっていないか

境治コピーライター/メディアコンサルタント
2019年12月13日の「放送を巡る諸課題に関する検討会」で発言する高市総務大臣

紆余曲折あったNHKプラス開始への経緯

NHKが同時配信を実施することが決まった。総務省電波監理委員会に提出した「実施基準」が1月14日に認可されたのだ。4月からNHKプラスの名で、テレビ放送と同時にPCやスマホで番組が視聴できるサービスが始まる。NHK同時配信については2015年秋から「放送を巡る諸課題に関する検討会」で議論されてきた。4年以上かかってようやく決着した形だ。だがその土壇場で、紆余曲折があった。

10月にNHKは同時配信の「実施基準」を総務省に提出した。それが認可されればあとはまさに実施するだけだった。ところが11月8日に総務省が「考え方」を発表した。正式名称は「NHKインターネット活用業務実施基準の変更案の認可申請の取扱いに関する総務省の基本的考え方」という長ーい名前なのだが、要するにNHKの同時配信に「待った」をかけたのだ。

NHKの業務の見直し、受信料の在り方の見直し、ガバナンス改革ができておらず、さらにはインターネット事業の費用が過大ではないか、という指摘があり、これをクリアしないと実施基準を認可しないというもの。これらの課題は確かに、同時配信実現の条件として語られてきた一方、NHKの対処が不十分な印象はあった。ただ、傍目で見て不十分に思えたことを、総務省はグイグイ進めているようだった。進めていた総務省が突如、ストップをかけたのだからびっくりした。

待ったをかけたのが、9月に二度目の総務大臣に就任した高市早苗氏だったのは明らかだ。前任の石田真敏大臣のもとでグイグイ進めてきた総務省が、戻ってきた高市大臣に止めると言われて大きく方向転換したようだ。大臣が変わったとは言え、同じ政権で方針が変わるのは異様に映った。

NHKは12月8日に「総務省の考え方」に対する回答を提出した。それを受けて12月23日にまた総務省が「考え方」を発表し、「ここはいいがここはさらに」という細かな要望が出された。さらにその指摘も含めて反映させた「実施基準」をNHKが提出し、1月14日に認可された、という流れだった。

単位が取れず、何度もレポート提出を命じられる学生のようにNHKは要望に応え続けた。ガバナンス改革などへの対処が緩かったのは否めないが、正直同時配信と直接関係ないことだ。そして費用については受信料収入の2.5%という、同時配信をしない状態での自主制限として設けた基準だったのが、民放連がそれを守るべきと主張し半ば押し付けられた数値だった。かわし方が下手すぎて結局は自ら守る基準にしてしまい、費用がかなり厳しくなってしまった。

大臣の指摘にうまく対処できず、自分を不利に不利に追い込んでしまったように見えてしまう。総務省も、手のひら返しして大臣と一緒になってNHKを追い込む立場に回っていると映る。土壇場の紆余曲折は見ていて嫌な感覚が残った。

政治家に”服従”しないと次へ進めないNHK

NHKが下手だったのか、総務省が豹変したのかは印象論に過ぎないのでここでは置いておきたい。ただ受信料を払う視聴者として、ひいては国民としてチェックしておくべきポイントがいくつかある。

まず、同時配信の費用が制限されたため、常時同時配信つまり24時間の提供ではなく、深夜早朝は除くサービスになった。スマホで番組配信されて見るべき時は移動中以外だと、意外に深夜寝る前が便利そうなのに、その深夜に使えないのは何のための同時配信かという疑問が残る。

さらに、業務全体を縮小すべきとの議論から、BS1とBSプレミアムと2波の放送を一つに統合することも事実上決まった。BS4Kと8Kは残すのだが、現状の視聴者は1とプレミアムの方が圧倒的に多い。視聴者の利益を損なう結果になっていいのだろうか。

これらのポイントは実は、先述の「諸課題検討会」が12月に2回開催された際、有識者から指摘があった。珍しく識者たちが異論を唱える形で発言したのだが、高市大臣はかわして終わった。有識者の異論に応えないなら、何のための有識者会議だろう。この会議での総務省の対応には大きな疑問を感じた。

そして同時配信の一連の流れでさらに嫌な感覚が残った。NHKが政治にいかに服従的になるメディアか、よくわかったからだ。1月14日の認可とともに、総務省はまたもや「考え方」を発表している。34ページにも渡って、ここが気になる、あそこが課題だと指摘している。今後NHKが同時配信を推進していくたびに、何度も何度も「考え方」を突きつけられるのかもしれない。それが視聴者の利益に沿うものならいいが、総務省の指摘はともすると業界内の声を背景にしている。「民業圧迫」や「肥大化」を懸念すると言うのだが、それらは民放にとっての問題で国民にとって直接は関係ない。総務省が「民業圧迫」をあまり気にするのはおかしいと思う。

そして私たちが最も問題視すべきは、政治とNHKの関係が変わったように思えることだ。事細かなチェックを総務大臣の直接的な指揮のもとでNHKという公共メディアが受ける、そんな構造が同時配信の決着に当たってできてしまったと言えないだろうか。これは由々しき問題だと私は感じている。

NHKはそもそも、経営委員会が意思決定機関であり、そのメンバーは衆参両院の同意のもと、総理大臣が任命する。会長を選ぶのも経営委員会で、経営の上層部は政治に握られているのだ。

同時配信を通じて、経営面だけでなく、業務の細かなことにまで政治が関与する筋道ができてしまったのではないか、大きな懸念点だと思う。

忘れかけていたが、総務省では12月に日本郵政幹部への情報漏洩が発覚し、事務次官が辞任している。またその日本郵政のかんぽ不当販売を追求した一角にNHKの「クローズアップ現代+」があり、さらに日本郵政幹部からNHKに経営委員会を通した圧力があったこともスクープされた。NHKの上田会長はその対処の責任を取らされる形で1月で退任が決まっている。

こうした政治、官僚、NHKの関係の中で、政治からのNHKへの影響力が高まっている状況に、不穏なものを感じる。新聞など他のメディアも、この点は注視すべきではないだろうか。

かんぽ不当販売の問題はまだまだ未決着で、「クローズアップ現代+」では昨日(1月15日)の放送でまた取り上げていた。風が吹く中での、NHKの現場の踏ん張る意志を感じた。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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