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総務省が進めてきたNHK同時配信を総務省が潰すのか?

境治コピーライター/メディアコンサルタント
NHKインターネット同時配信についての総務省の基本的考え方の書類

実現まであと一歩のNHKの同時配信に総務省が待ったをかけた

総務省がこの11月8日、以下のタイトルの文書を発表した。

「NHKインターネット活用業務実施基準の変更案の認可申請の取扱いに関する総務省の基本的考え方」

長々と書かれているのは、NHKの同時配信についての総務省の「考え方」だ。簡単に説明すると「このままNHKが同時配信を進めるのはいかがなものか」と言っている。いくつかの課題があり、それらをクリアしないと進めさせられない。ざっくり言うとそんなことが書かれている。

同じタイミングで、高市早苗総務大臣の会見の様子が報じられた。

「NHK同時配信、総務省が再検討要求 費用増を問題視」

先の書面に対応した会見内容で、最後にこうある。

総務省はNHKに対し、来月8日までに再検討結果を出すように求めた。今後募る一般意見も踏まえ、12月中にも認可を最終判断する。

出典:朝日新聞・11月8日記事より

この書面と高市大臣の会見は、放送業界を震撼させた。これまで進んでいた経過からすると、まったくのちゃぶ台返しだからだ。

NHKの同時配信は総務省が音頭をとってここまで進めてきたものだ。その総務省が「このままでは進められない」と言っている。とんでもない進め方だ。

2015年以来のすったもんだの議論が水の泡?

NHKの同時配信はそもそも、自民党の議員団が言い出したことだ。自民党のWEBサイトに今もちゃんと掲示されているこの提言が発端だった。

「放送法の改正に関する小委員会 第一次提言」

この中の2つ目の項目にこんな文言がある。

「NHKは、番組の24時間インターネット同時配信の実現に向けたロードマップを作成すること。」

この提言は2015年9月24日付けのもの。これを受けてさっそく総務省が開催したのが「放送を巡る諸課題に関する検討会」だ。開催に関する報道発表が10月23日に公開され、最初の会議が召集されたのが11月2日。この時の総務大臣が、高市早苗氏だった。

以来、様々な専門家がプレゼンし、ヒアリングを受け、途中からは民放キー局幹部も参加し、ありとあらゆる角度から議論が展開された。筆者もできる限り傍聴しに行ったが、途中何度も、何を議論しているのかよくわからなくなり、もはや会議は永遠に進まないのではと危惧した。

それが不思議と昨年「NHKは同時配信を行う」ことでまとまった。よくぞまとまったというか、なぜまとまったのかわからないというか、不思議な進め方と決まり方だった。

今年の3月の「諸課題検討会」で放送法改正案が提示され、その改正案が5月に国会で可決された。

9月には、NHKが作成した具体的な「実施基準」が会議の場に出され、とくに揉めることなく受け入れられた。あとは総務省としてNHKの認可申請を受け、総務大臣が認可の適否を示すかどうか、という段階だった。もちろんここで総務大臣が「認可しない」と言う可能性はあったが、昨年「まとまって」からは特に誰も異論を唱えることなく進んできたので、普通に考えれば認可するでしょう、という空気。

ところが高市大臣の会見は「このままでは認可しない」と事実上言っている。

流れとして「寝耳に水」と言っていい。総務省の態度が「豹変」したとしか思えない。上で説明した通り、自民党議員連の提言を受けて総務省が音頭を取ってすったもんだがいろいろありながら進めてきたことだ。しかも議論がスタートしたのは高市氏が総務大臣だった時だ。言ってみれば自分たちが始めた議論がようやく決着しようというタイミングで、自分たちでちゃぶ台返しをしようとしている。総務省の一貫性のなさが、見ていて情けない。

日本のメディアの進化が大きく遅れかねない

実は高市氏の主張は、一定の筋が通ってはいる。今回総務省の考え方で述べられているのは、NHKが同時配信を進めるための「業務の合理化効率化」「受信料の見直し(値下げ?)」「ガバナンス改革」という課題であり予算の上限も含んで、「諸課題検討会」での議論の最初に挙がっていたものだ。高市氏が総務大臣だった頃は確かに重要視されていた。民放もこれらの必要性を主張していたと思う。

ところが総務大臣は2017年8月に野田聖子氏に交替し、2018年には石田真敏氏になった。そうした流れの中で上記課題はいつの間にか必要条件ではなくなってしまったように見える。これは傍聴していた筆者にも不思議に映った。あれだけ「三位一体論」(上記の課題をこう呼んでいた)が叫ばれていたのに、NHKは小難しい課題は終始軽い改善策でかわしていた。それに対し誰も何も言わなくなったのがいい加減に見えた。

だから高市氏の主張は辻褄は合っている。だが、「それ今言うの?」という話だ。三位一体がそんなに大事なら、野田氏や石田氏にきっちり引き継ぎ「これがクリアできなければ進めさせないでください!」と重々申し渡しておくべきだろう。そこは自民党政権内の引き継ぎがいい加減だったのだ。いい加減同士で文句言ってても仕方ない。

ここまで来たのなら同時配信は先に進めて、並行してガバナンス改革でも何でもやらせればいい。やはり高市氏の言い分は客観的に見て、今更としか言いようがないと思う。

そして嫌になるのが、ここでNHK同時配信がストップしてしまうと、日本のメディアの進化が後戻りしてしまうことだ。諸外国ではとっくにテレビ放送のネットでの同時配信は行われている。いまだに議論しているのは日本くらいだ。同時配信に及び腰だった民放側も、ここ数年の議論を経てその必要性に気づきはじめている。とくに保守的だったローカル局がいまはもう”観念”し、むしろ「同時配信の時代に我々テレビ局はどうあるべきか」と前向きな議論がそこここで始まっている。ここでNHKの同時配信が後戻りすると、放送業界全体がふにゃふにゃと改革意欲を失いかねない。「もーやっとられんわ!」という気分に業界全体が覆われてしまう。

NHK同時配信と総務省にあなたも意見が言える

総務省の「考え方」発表に対し、民意を示すチャンスがある。「考え方」への意見募集が明日11月9日から12月8日まで行われる。言いたいことがあれば、あなたも言っていいのだ。この機会に、日本のメディアの進化を応援するコメントを提出してみてはどうだろう。誰が何に対して、何を言ってもいい時代だ。

→日本放送協会のインターネット活用業務実施基準の変更案の認可申請の取扱いに関する総務省の基本的考え方についての意見募集

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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