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視聴率だけの記事はもう終わりにしよう〜「今日から俺は」「リーガルV」に見るドラマの価値〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
2ドラマ最終回の男女年齢別視聴データ(データ提供:インテージ社)

視聴率は今、変化の真っ只中にある

スマートフォンの時代になり、テレビにまつわる情報が逆に増えた気がする。中でも、視聴率は前よりもずっと情報として飛び交うようになった。ドラマが始まると「〇〇〇〇、初回XX%!」とか、終わったら終わったで「〇〇〇〇、XX%で有終の美」などと記事になって出回っている。以前は、記録的な視聴率の時だけ取り沙汰されていたと思う。だが今は、朝ドラにいたっては毎回視聴率が記事になる。

一方、視聴率とは「リアルタイムの世帯視聴率」のことだが、すでにビデオリサーチ社はタイムシフト視聴率も調査している。さらに関東圏だけだがCMのスポット取引には世帯ではなく個人視聴率が使われ、タイムシフト視聴もCMに絞って加算されたデータが使われている。タイムシフト視聴は放送後7日間で測定するので、世帯視聴率のように翌日には結果が出ない。この個人視聴率ベースの調査は来年以降、関西中京地区そして全国に広げる計画だそうだ。つまり視聴率測定は今、過渡期なのだ。

それなのに、毎日毎日記事になっているのは「世帯視聴率」だ。なくなるわけではないが、それとは別の指標が取引上主流になろうとする中、「朝ドラの昨日の視聴率は20%をキープ!」という記事にどれだけ意味があるだろうか。

「リーガルV」と「今日から俺は!」は比較できるのか?

ビデオリサーチの業界標準データが過渡期であるだけでなく、様々な調査会社がテレビ視聴の測定方法を開発している。TVision Insights社は視聴者の表情や目線を測定して「視聴質」を算出している。スイッチ・メディア・ラボ社は「どんな視聴者」がそれぞれの番組を見ているかがわかる調査パネルを整えている。スポンサー企業はそういうデータを取り寄せ、テレビCMをどう使えば効果的かを考えて展開するようになってきた。そうすると、必ずしも視聴率が高い番組ほど「買い」とは限らない。自分たちの「顧客」がどの番組を見ているのか、見極めてCMを使う。

インテージ社は購買データを充実させて伸びてきた調査会社だが、i-SSPという調査パネルで、どうメディアに接触し購買に結びついたかを個人単位で計測する手法を整えている。テレビ番組の接触も個人単位でわかるのだ。そこで同社のデータで2つのドラマを見てみよう。注意して欲しいのは、ビデオリサーチのデータとサンプルが全く別なので、「世帯視聴率を分解したグラフ」ではない点だ。あくまで大まかな参考としてみてもらいたい。

まずこの秋クールで「若者に人気!」と私も記事を書いた「今日から俺は!」最終回だ。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

ちなみに最終回の世帯視聴率は12.6%だったと記事に書かれていた。今の水準としては上々だろうし、若者に人気のドラマが10%を超えるのは珍しい。だが実際には40代が視聴の核だったことがこのグラフからわかる。80年代を舞台にツッパリを描いたことで、まさに当時青春だった世代が見た。そしてドラマの面白さに若者が惹きつけられ盛り上がった。そんな構図がグラフから見える。悲しいのは、若者に人気でも何しろ若年層は母数がそもそも少ないので、これくらいの高さのグラフにしかならないことだ。また若者ほどTVerなどネット配信をうまく利用しているのでリアルタイム視聴が伸びにくいせいもあるだろう。

さて一方、最終回17.6%と秋クールでいちばん視聴率が高かった「リーガルV」。こちらもグラフで見てみよう。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

パッと見て全体の数が多いのは間違いない。しかし高齢層に偏っているのは否めない。いちばん高い棒は「女性60代」だ。40代以上の女性に強く支持されたことがわかる。一方若い世代は高齢層に比べると明らかに低い。

さらに、最初に画像で示したが2つのドラマを並べたグラフをもう一度見てもらおう。数値は誤解を生むので表示していないが、同じ目盛で並べてある。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

これを見てどう感じるだろうか。全体の数が「リーガルV」が多いのはこれを見ても間違いない。やはり高齢層の差が大きいせいだ。しかし母数が多い高齢層に「リーガルV」が支持されていて、母数の少ない若年層には「今日から俺は!」が支持されているのも明らかだ。そうわかった時に、この2つのドラマに優劣はつけられるのだろうか。

私が言いたいのはこの点だ。90年代までは各家庭で毎晩みんなでテレビを見ていた。その頃の世帯視聴率はCMの取引指標であると同時に国民の人気のバロメーターとして機能したと言えるだろう。しかし今はそもそも家族みんなでテレビを見る傾向は大きく減った。家族構成もかなりバラバラ。テレビ視聴全体も減った。その中で数%の世帯視聴率の差はどれくらい意味があるのか。「リーガルV」と「今日から俺は!」を視聴する世代がこれだけ違うと、全体の視聴率の差をもとにどちらが良いとか悪いとか言えないのではないか。

高齢層を相手にするスポンサーだったら、どう見ても「リーガルV」にCMを出したいと考えるだろう。若者にCMを見せたいスポンサーなら迷わず「今日から俺は!」にCMを出したいはずだ。そういう違いがあるということであり、世帯視聴率をもってこの2つのドラマに優劣はつけようがない気がする。

一方、ツイッターでは「今日から俺は!」が秋クールのドラマの中で断然盛り上がっていた。このグラフは、エンタメツイートの分析で知られる角川アスキー総研に提供してもらったデータをもとに作成した、「今日から俺は!」「リーガルV」についてのツイート数の推移だ。10月10日から12月17日までの変化が一目でわかる。

データ提供:角川アスキー総研
データ提供:角川アスキー総研

ツイッターでの盛り上がりも、いまやドラマにとって重要な数値だ。若者に向けたCMを打ちたいスポンサーからすると、「今日から俺は!」のツイッターの盛り上がりは大いに参考になるだろう。またテレビ局にとっては今後のコンテンツビジネス展開の基準になるはずだ。

もちろんツイッターのデータが世帯視聴率に取って代わると言いたいのではない。様々なデータがドラマの価値を見る上で参考にできることを示しているつもりだ。

視聴率だけの記事は書かない、読まない

「今日から俺は!」は久々に若者たちが熱く支持するドラマだった。それがツイッターにも如実に表れている。だが40代が見てくれたから最終回12.6%を達成した。「リーガルV」の視聴者は60代がコアだ。そこがこの秋クールで最高の視聴率を獲得できた要因だ。

一方視聴率が上がらず、ネガティブなことを書かれたドラマも多々ある。もちろん核心を突く批評もたくさん読んだが、ちょっと数字が落ちたからとあら探しをする記事も多く見かけた。しかし視聴率が10%を超えられない場合、その理由のほとんどは高齢層が見てないからではないか。そういう視点を、安易に批判するライターは持っているのだろうかと疑問に思ってしまう。視聴率を動かす世代構造を頭に入れずにドラマの良し悪しを語るのは、木を見て森を見ていないようなものだ。年配層には注目されないのに熱く支持されたドラマもたくさんある。「おっさんずラブ」が視聴率は上がらなくても大人気で映画化にまで至ったのはその好例だ。

それでも、ドラマの中身をあれこれ言う記事はまだマシだ。最悪なのは、視聴率の数字しか書かれていない記事。そんな文章は記事とは言えないと思う。

私はテレビにまつわる記事を書く人たちに、そして記事を出すメディアに訴えたい。視聴率だけの記事はもうやめにしませんか。数字だけを掲載して、あとはあらすじを適当に載せるだけ。そんな記事を配信するメディアはメディアと呼べるのか。小さなトラフィックを生み出して小金を稼ぐ行為には、メディアの矜持はみじんも感じられない。テレビ文化を支えているようで、かえっていたずらに視聴率で煽る効果しかない。

さらに読者の皆さんにも訴えたい。視聴率を見出しに掲げた記事は、開くのをやめませんか。それを開いても数字以上のことはおそらく書いていないから。メディアのPV稼ぎにあなたが手を貸す必要はない。

テレビの指標が変わりつつある。そこにはメディアの変化が見てとれる。漠然とした「数」の大きさがメディアを支配した時代はもう、終わろうとしている。時に「質」が「数」よりものを言う。そういう時代が始まろうとしている。そのことを、記事を書く者も載せる者も、そして読む者も意識した方がいいのではないだろうか。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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