Yahoo!ニュース

ネットがざわめいたNHK「みんなで筋肉体操」はなぜ制作され、どう編成されたか?

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像提供:NHK

突如ネットがざわついたNHK「みんなで筋肉体操」

8月27日月曜日、なんとなくSNSを眺めていたら、一部でざわついていたのが「筋肉体操」だった。最初は筆者も「は?」と感じた程度だった。何かまた変わった番組をやるようだなとは思ったが、放送日や時間を確認まではしなかった。NHKも自身で戸惑っているかのようにこんなPRツイートをしていた。ツイートに貼ってある動画もぜひ見てほしい。B級感あふれるPR動画だ。

そのまま一晩過ごして翌朝またSNSを眺めていると、さらに盛り上がりが高まってきたようだ。どうやら27日の23:50から放送された5分番組で、本当に「筋肉を鍛える体操」をするだけのようだ。探すと、YouTubeでまるのまま番組が視聴できた。

→YouTube内 NHKチャンネル「【みんなで筋肉体操】腕立て伏せ ~ 厚い胸板をつくる」

なんとも奇妙な番組だ。三人の男性がムキムキの筋肉を見せびらかすような衣装で立っている。その構図はNHKの伝統的体操番組「みんなの体操」を想起させる。ただこちらは三人が円形の台の上に乗っているのがちがう。

「筋肉指導」の肩書きで短髪の男性が解説する。谷本道哉という名前で、余計なトークは一切せず、これから紹介するのがどんな運動かを話すだけだ。続いて三人の男性が運動をはじめる。センターは武田真治だ。おお!武田真治か!まあ、このキャスティングはわかる。顔と名前を知っている人が一人いるのは安心だ。

だが残りの二人はいきなり謎めく。弁護士・小林航太とあるが弁護士がなぜ体操をしているのか。もうひとりは庭師・村雨辰剛とあるのだが、どう見ても欧米人、おそらく北欧系の男性だ。なぜこんなに美しい日本名を名乗っているのか?ハテナマークが頭の中でぐんぐん膨らむ。

「筋肉は裏切らない」を決め言葉に

気になって仕方ないので、28日火曜日は23:50の放送時間にテレビの前で待ちかまえた。やはり筋肉指導者・谷本道哉が画面に出てきて解説をはじめる。今回は腹筋運動だという。大きめのバスタオルを用意して、と言われるとメディア研究のために見ているはずの私も手近のタオルを手に取っていた。背中の下に敷いて腹筋運動をしている私がいる。「みんなで筋肉体操」はまさに中高年の男性を自然と運動に誘う奇妙なパワーを持っていたのだ。ちなみに二日目はセンターが弁護士・小林航太に代わっていた。

(※Yahoo!内では映像が再生できないので画面右下の「YouTube」ロゴを押してYouTubeサイト内で見てください)

的確に腹筋を攻める運動を十回程度反復する、それだけだ。一回やると「一分間休憩してください」と指示される。無理のない運動をさせるように導いてくれるのだ。もうひとつ別の腹筋運動をして、番組はおしまい。あっさりしたものだ。だが私には「ちょっと身体にいいことやった、腹筋少しだけ攻めてやった」という達成感が残った。

翌日はメディア研究の目的は忘れ、筋肉を動かすために23:50の放送を待ちかまえていた。今度はスクワットだ。センターは当然、庭師・村雨辰剛に代わった。スクワット運動を2種類やって充実感を得た。最後に必ず谷本氏が「筋肉は裏切らない」と決め言葉を言うのもいい。本当だ。鍛えれば筋肉は応えてくれるのだ。

いったい誰が考えて誰が編成したのか?

だが再びメディア研究者の私に戻ると、膨らんだハテナマークがまた押し寄せてくる。なんなんだ?この番組は!誰が何を考えて作ったのだろう。どんな目的なんだ?このキャスティングは何だ?それに突然何を考えて編成したのか。突然始まる5分番組にどんな勝算があったと言うのか?

これはもう、聞いてみるしかない!本来なら取材を申し込んで時間をもらって、と動くべきだが今週のうちに終わるらしいので今週のうちに聞きたかった。そこで、つてを頼ってメールで質問し回答をもらうことにした。

以下、私の質問と、それに対する制作の方と編成の方、それぞれの回答をそのままお見せしよう。

まず制作について聞いたところ、制作局第1制作センター(生活・食料番組部)斎藤大輔チーフ・プロデューサーが回答してくれた。

Q.なぜ「筋肉体操」の番組を企画されたのでしょうか。普通の体操ではなく、筋肉を強調した企画にしたのはなぜなのか、興味があります。

A.

・実は、筋肉体操は、普段「あさイチ」の制作を担当している男性陣が作っています。

・健康の為の筋肉や筋肉トレーニングに対する関心が非常に高まっていることを(特に女性の関心が)日々の取材の中で感じていて、何か番組にできないかと思っていました。

・筋肉もりもりの演出になったのは、普段、女性ネタばかりやっている反動かもしれません。

・巷にあふれる筋トレ紹介番組やDVDの中でどう埋もれないようにするか?ライザッ○やワンダーコ○など、様々なモノをリスペクトしながら拝見しました。

・紆余曲折あり、今の形に…。なぜ最終形がこうなったのか具体的なことは思い出せません。あまりに筋肉を見過ぎて、筋肉にとりつかれていたのかも…

なんと!「あさイチ」制作の男性陣が作ったのだ!主に女性に向けて「あさイチ」を作る中で女性の関心が「筋肉」に向きつつあるのを感じ取った、ということらしい。女性向けの反動でムキムキ、というのも面白い。

続いてキャスティングについても聞いた。

Q.番組の雰囲気はNHKさんの「みんなの体操」を踏襲されているのだと思いますがやはり出演者が圧倒的に変です。武田真治さんはわかるとして、弁護士?庭師?のお二人はどのような経緯でキャスティングしたのかお聞きしたいです。

A.

・ちなみに「みんなの体操」っぽくなった理由ですが、どちらかといえば、はじめにタイトルありきでした。「みんなで筋肉体操」という言葉を思いついたときの、言葉の語感、響きが気に入ったからです。

・「みんなで」にこだわりました。筋トレはみんなのもの。できるだけ筋肉や筋トレのイメージがないジャンルや職業の人たちを探しました。

・最終的な決め手は、ご出演頂いた方々の筋肉、立ち姿に惚れたからです。

・・・ん?いや、えーっと、なぜ弁護士と庭師なのか、知りたかったんだけどこれだとわからない。でも「決め手」とあるので、何人もの候補が挙がった中から悩んだ末決めたらしいことは伝わってくる。つまり、惚れ惚れする立ち姿だったから弁護士・小林、庭師・村雨に決めた。それ以上でも以下でもないのだろう。

続いて編成について答えてくれたのは、編成局編成センター・総合テレビ編成担当 北川絵美氏だ。

Q. 「みんなで筋肉体操」はなぜこの時間か、毎日か、というのも大変気になるところです。 体操というと朝なのではないかと思います。深夜の12時少し前、というのはどのような考え方なのでしょうか。また5分間だけ毎日、というのも面白いです。お考えをお聞かせいただければと思います。

A.編成のきっかけは、一般的に筋トレ自体なかなかハードルが高く三日坊主で終わる人も多い中で、“ビジュアルで楽しむのも良し、実際やるのでも良し“という両面で楽しめるところや、尺が5分でその上通常筋トレで使う器具も不要という気軽さに魅力を感じ、私も含めた二人の女性編成担当者が、やりたいと思ったところからです。

まず、露出が多くなる夏は、美しいボディーになることをみなさん求めるのではないかということを考えました。(女子は“筋肉”というワードに弱いのかもしれません。)

放送時間については、帰宅して何気なくテレビを見ている時間帯、暑さの和らぐ時間帯でいつも寝る前にやろうと思ってはいるけれど挫折して諦めてしまう時間帯ということで、23:50という時間にしました。ネットユーザーなど、比較的若い視聴者に見てもらえる時間というのも意識しました。

また1夜、2夜と回数を重ねていくことで、話題も広がり、さらに視聴者層が拡大するような効果も狙いたかったところです。

制作したのが男性陣だったのに対し、編成は女性二人が担当したのが面白い。そして斎藤P同様、「女性は筋肉に弱い」と考えている。そういう時代なのだろうか?

次にネットとSNSについても聞いた。

Q.もう一点、私がそうだったように、ネットで話題になって知った人も多いようです。それはある程度狙いとしてお持ちだったのでしょうか。ひょっとしたらリアルタイムの視聴率だけでなくネットでの視聴もされることを計算してのことなのかとも推察します。これも考え方を教えていただければと思います。

A.テレビ離れが進むなか、SNSなどを利用している現役世代や若い人たちに少しでもNHKに興味を持ってもらえるきっかけとなればと思い、当初からテレビでの放送とネット展開の両にらみで考えていました。そして、SNSなどで知ってもらった現役世代や若い方々が、次はオンエアの放送も興味を持って見てもらうという効果を狙いました。

やはり、SNSで接点を持ってもらえることは期待していたようだ。ネットがざわついたのは、まさに狙い通りなのだろう。

だからこそ、YouTubeで全編丸々公開しているし、初回の再生数はすでに100万回を超えている。

さて三回目までの放送が終わった時点でネットはますますざわついていた。30日付けのRocketNews24のこの記事によると、その夜の放送で何かが起こると番組制作者が言っていたそうだ。

【激アツ】NHK『みんなで筋肉体操』、最終回で “これまでになかった” 演出!? 番組プロデューサーがツイート「武田真治さんにご注目!」

この記事だが、その中でこんなツイートを紹介していた。

何のことかは、その晩の「みんなで筋肉体操」を見てもらえればわかる。一瞬なので、武田真治から目を離さないでいてほしい。この動画の1分を過ぎた辺りだ。

(※Yahoo!内では映像が再生できないので画面右下の「YouTube」ロゴを押してYouTubeサイト内で見てください)

再放送が9月1日に。続編はあるのか?

「みんなで筋肉体操」は残念なことに30日夜の放送で終了してしまった。ただ、9月1日に一度だけ最初の「腕立て伏せ」の回を放送するそうだ。今回だけ23:55からなのでお間違いなきよう。

→「みんなで筋肉体操」公式ページ

放送が終わってもネットで反響は飛び交っている。弁護士・小林航太氏のこのツイートにはすでに1万件を超える「いいね!」がついている。

また庭師・村雨辰剛氏のツイートは、自身を紹介する記事へのリンクが貼られている。

スウェーデン生まれの彼がなぜ庭師になったのか、名前の由来も含めて書いてある。

画像提供:NHK
画像提供:NHK

小林氏のツイートにもある通り、反響次第で続編もあるかもしれない。いや個人的にはぜひレギュラー化してほしい。オンエアで見て気づいたのだが、リビングルームの大きな画面で見るからこそ、自分もやってみたくなるのだ。もちろんそれを意識してか、タオルや椅子などどこに家庭にもある小道具をうまく使っている。筋肉に目覚めかけた私を、ぜひ本格的に覚醒してもらえないだろうか。日本の中高年が筋肉に目覚めるのは素晴らしいことだと思う。続編に、期待している!

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

境治の最近の記事