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『カメラを止めるな!』の感染経路をTwitter分析で追ってみた

境治コピーライター/メディアコンサルタント
『カメラを止めるな!』パンフレット表紙写真

エンタメツイート分析で『カメラを止めるな!』に迫る

映画『カメラを止めるな!』が話題になっていることはもう、説明するまでもないだろう。6月23日に都内2館で公開がはじまって見る見る話題が広がり、8月には全国124館に拡大した。すでにこの週末も都心の大きなスクリーンが昼間のいい時間だと半分埋まっている。筆者は7月半ばに川崎チネチッタで観賞したが、また観にいこうかと思っている。

口コミで広がったのは明らかだが、いったいどのような”感染経路”をたどったのか。日ごろからエンターテイメントとTwitterの関係をウォッチしてきた筆者としては気になるところだ。

そこで角川アスキー総研の主任研究員・吉川栄治氏に相談したところ、ちょうど分析をするところだと言う。同研究所はとくにテレビや映画などエンターテイメントのTwitterを抽出して日々動きを追っていて、様々な話題のツイート分析を発信する「ついラン」というサイトも運営している。『カメラを止めるな!』も当然、吉川氏の触覚に引っかかっていたのだ。

吉川氏から届いた『カメラを止めるな!』のツイート推移のグラフがこれだ。

グラフ提供:角川アスキー総研
グラフ提供:角川アスキー総研

公開時点からツイートの山が起ち上がり、徐々に高くなっている。公開規模の拡大で山がぐいっと高くなった。口コミが盛り上がってきた様子がひと目でわかるグラフだ。

ただ私は少し意外に思った。2016年に『シン・ゴジラ』と『君の名は。』がTwitterで盛り上がった時と山の形が違うからだ。この時のグラフを見てみよう。

データ提供:データセクション社
データ提供:データセクション社

『シン・ゴジラ』は7月末の公開から一週間、『君の名は。』は8月末の公開から十日間ほどがツイートのピークを示して、その後は下がっていった。つまり公開直後に爆発的にツイートされたのだ。

『カメラを止めるな!』と2016年の2作とでは山のでき方がちがう。これは最初から大きな規模で公開された2作と、たった2館ではじまった『カメラを止めるな!』との違いなのだろう。

ツイート数を拡大させたきっかけを追っていく

吉川氏の分析は次に、ツイートが拡大するいくつかのきっかけを探り当てている。それを書き込んだグラフがこれだ。

グラフ提供:角川アスキー総研
グラフ提供:角川アスキー総研

『カメラを止めるな!』は3月に「ゆうばりファンタスティック映画祭」で観客賞を受賞しており、”コアなインディーズ映画ファンへの知名度が上がる”ことにつながった。公開館もインディーズ専門の2館で、公開前日にはニコニコ生放送で最速試写も行われた。他にも映画ファン界隈で”影響力のある人物が封切りと同時に映画を絶賛しているのもある程度Twitterでの注目に寄与している”という。

ただ、そこから先は映画の専門家というより、影響力のある様々な人びとのツイートにより話題が広がっていった。7月1日には女性に人気の声優・花江夏樹氏(フォロワー数75万)が絶賛ツイートを投稿した。

このツイートは映画の中身に一切触れていない。見た人なら何も触れないのは当然と思うだろうが、ゾンビうんぬんにも触れていないのだ。影響力ある人物だけに逆に気になったかもしれない。

7月13日から14日にかけて、ツイート数は1328→2394に急増。吉川氏の分析では、その原因として考えられるのが「刀剣乱舞」ミュージカルなどで女性に人気の俳優・田村心氏(フォロワー数2万4千)のツイートではないかと言う。

また7月18日にはAKB48の指原莉乃氏(フォロワー数222万)がつぶやいている。

7月25日には公開規模が一気に広がることが発表され、多くの記事になったのと、「ZIP!」「めざましテレビ」などテレビでも紹介された。ここに大きなツイートの山ができている。

7月29日にはロックバンド・マキシマムザホルモン(フォロワー数58万)がこんなツイートを投稿した。

「#生田斗真の言う事は絶対」とのハッシュタグ入りだったことから、女性のツイートも増加させたと吉川氏は分析する。

また作品が良いと褒めるのとは別に、変わった方向のツイートが大きな反応を得ているのも面白い。例えばこれは、上田慎一郎監督のお父様のFacebook投稿を取り上げたツイートだ。

5000件以上のたくさんのリツイートがされている。

こちらはこの10日間ほどリツイートされ続けているシニカルな投稿。

こうして見ていくと、多様な分野のインフルエンサー的な人びとがそれぞれ、ツイートした結果が拡散を繰り返してきたことがわかる。吉川氏は他に、燃え殻氏(フォロワー数22万)とヨッピー氏(フォロワー数13万)のツイートを挙げている。

面白いことに、さっきの花江氏のツイート同様、内容はまったく説明していない。とにかく面白いから見てくれ、としか言ってないのだ。それなのに、多くの人を動かした。それなのに、というより、だからこそ、かもしれない。筆者が思い出したのが、1999年の「シックスセンス」の時の現象だ。この映画もネタバレ厳禁なので、「何も説明しないから見ろ」と仲間たちに言われたものだ。内容が言えないもどかしさが、強いレコメンデーションをする原因かもしれない。

コアな映画ファンから普通の人びとに広がった

さてこうして見ていくと、ゆうばり映画祭での評価からコアな映画ファンの支持を受けて2館とは言え連日満員のいいスタートを切った。それがインフルエンサーを通じて普通の人びとにも一カ月間をかけて広がっていき公開館も広がった。そんなプロセスが見えてきた。

Twitterにより口コミ力が増大し、このようなヒットが増えてきた。2016年の『シン・ゴジラ』『君の名は。』『この世界の片隅に』もそうだった。そしてそれぞれには最初に”核”となるクラスターがいた。『シン・ゴジラ』では旧ゴジラファンとエヴァファン、『君の名は。』ではコツコツ育てた新海誠ファン、『この世界の片隅に』ではクラウドファンディングの参加者だった。

『カメラを止めるな!』の場合は、ゆうばり映画祭でこの映画と出会ったコアな映画ファンたちなのだろう。

ただ、この映画のヒットにはもうひとつ別の角度から掘り下げねばならない側面がある気がする。それが何かはまだよくわからない。

この週末にもう一度見に行って、考えようと思う。よかったら、読者のみなさんもこの映画のヒットの鍵をTwitterで寄せてくれるとうれしい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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