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テレビはネットでも、放送と同時に見れたらいい。このシンプルな話がやっと前へ進みはじめた

境治コピーライター/メディアコンサルタント
NHKの同時配信実験では、放送中の番組だけでなく過去番組も視聴できた

NHKの同時配信実験アプリは、過去番組も視聴できたのが便利

テレビ番組の同時配信(放送中の番組をネットでも同時に視聴できるようにすること)の議論が賑やかになってきた。この11月28日から12月18日まで、NHKは視聴者に参加を呼びかけ同時配信の実験を行った。筆者もアプリを使ってみたが、想像以上に使い勝手がよかった。

アプリでは上の写真のように、番組のサムネイルがタテに並びスクロールできる。まず真ん中に出てくるのが、いま放送中の番組。上にスクロールすると、順に過去に放送した番組が出てくる。放送中のものでも、過去のものでも、サムネイルをタップすると番組がはじまる。非常に使いやすいインターフェイスで、これまで見た映像系アプリの中でも抜群だった。

試験期間中、積極的に使ってみた。当然だがやはり、外出中に起ち上げることがほとんど。家にいる間は自然とテレビ受像機をつける。出かけている時、とくに電車の中で起ち上げることが多い。

スマホでFacebookを見たり、Yahoo!やスマートニュースで最新のニュースを斜め読みするうち、NHKアプリを起ち上げる。これはつまり、「いまどうなってんの?何か起こってる?」を知りたくて使うのだ。

アプリを開いたものの、放送中の番組は夜8時台のバラエティ番組だったりする。これは別に見ないなあと、過去にスクロールして、7時からのニュースや6時台の首都圏ネットワークを見ることになる。Yahoo!で読んだニュースをNHKでは映像で見れたりして便利だった。試験期間中、結局使ったのは、ほとんどが「帰宅時の電車の中でさかのぼってニュースを見る」という使い方だった。

「同時配信」はスマホ上のテレビの入口の役割

メディアは“現在”との接点だ。日本のこと、近所のこと、友だちのこと、世界のこと、半径の大小はあるが自分の周りで何が起こっているかを知りたいと人は感じ、メディアに接する。Facebookで、友人知人が何を話題にしているかを知る。Yahoo!やスマートニュースでは、いま世間で何が起こっているかを知る。NHKアプリも、Yahoo!などと同列で「いま何が日本と世界で起こってる?」と開くのだった。

なぜYahoo!やスマートニュースと並びうるのか?テレビ放送の「同時配信」をやっているからだ。テレビ局のオンデマンドアプリを筆者はたくさんスマホにいれてあるが、これらは決してYahoo!やスマートニュースとは並ばない。多くはドラマやバラエティなので、もっとリラックスして見やすい時に開く。

だがNHKの実験アプリは「放送と同じものがリアルタイムでスマホで見られる」から開いていた。「放送」とは「いま現在」なのだ。だから同時配信アプリは、Yahoo!やスマートニュースと並びうる。そして実際には、数時間前の番組を見る。「いま現在」の幅は、実はけっこう広い。8時台に「7時のニュース」は十分「いま現在」なのだ。NHKの今回のアプリはその点に気づかせてくれた。

ということは、今回のアプリの形態は、スマホ上のテレビの究極形になるのではないか。リアルタイムもタイムシフトもシームレスに視聴できる。それがベストな形なのだと私は感じた。

テレビにとって大事なのは、いつでもどこでも、だけでなく、いつでもどこでも現在も過去も見れること、だったのだ。同時配信は、トータルなテレビサービスの、入口の役割を果たすと確信した。

同時配信は、いずれやることになる。着実に進めたほうがいい

NHKのアプリでは、総合テレビとEテレのどちらも視聴できた。上部にタブがあり、それで“チャンネル“を切り替えるのだ。だったら、このタブに「日テレ」「テレ朝」などと民放各局の名前が並べばもっと便利だと誰でも自然に感じるだろう。

一方で、スマホでテレビ放送が「同時配信」されたら一気にみんなが一日中使うかと言うと、そんなことにはならないとも思った。家にいれば、テレビ受像機をつけるに決まってる。ニーズはあくまで外出中に使う限定的なものだろう。

キー局の放送を、スマホで全国で視聴できるようにしたら、ローカル局は一気に経営が危うくなる。そんな不安をいう人もいるが、それはほぼない。ニーズが限定的なのに、いまこれだけ視聴されているテレビ視聴を直ちに脅かすこともないはずだ。それに、ネットでも地元局を見るか、キー局を見るか選べる仕組みもできるはずだ。十中八九、地元局を選ぶと私は思う。東京の情報に飢えていた時代は終わり、むしろ地元情報が充実した番組が各地域で人気を得ている。

だから、いろんな懸念やハードルはあるだろうが、とにかく進めるべきだと私は思う。取り組まないままでいるネガティブな要素のほうがずっと大きい。なにしろ、ワンセグケータイでは難なく視聴できていたのだ。モバイルでテレビを見る行為が、ワンセグだとできたのに、同時配信とやらではできないらしい。十年前はできたことがいまできない。現象としては後戻りだ。なんすかそれ?おかしくないすか?視聴者の感覚でおかしなことを、業界の事情や既存のルールや理屈でできない。そんなメディアは、じゃいらねっす!とカンタンに見離されてしまう。“お仕着せ”はもう通用しない。そんな兆しが今年はあちこちで起こった。

スマホでもテレビ見れたらいいよね。ワンセグって、それできてたよね。誰でも思うこの当たり前のことを、なるべく早く具現化すべきなのも、当たり前だと思う。

混とんとしながらも、ようやく議論が前に進みはじめた

「同時配信」の議論は、NHKの取り組み方について、総務省が主催する「放送を巡る諸課題の検討会」の場で取りあげられている。私も傍聴しているが、正直言って議論がどう進んでいるのかわかりにくい。情報収集すると、表で裏でいろんな経緯やいきさつや事情が渦巻いているらしい。

ただ、12月13日の会議でNHKがはじめて「オリンピックに向けて2019年に“常時同時配信“の本格的なサービスを開始」したい、という意志を明確に表明したことは、大きなメルクマールになったと思う。

一方、12月26日の会議では民放各キー局の幹部が同時配信について見解を述べた。これについて、いかにも民放から懸念が続出したかのような記事があったが、同じ会議を傍聴したとは思えない報道だった。NHKと民放の対立を煽りたいのだろうか。民放側としては、これまであまり同時配信について議論してこなかった、というのが正直なところだと思う。ここ数年、VODサービスや見逃し配信サービスは各局積極的だったが、同時配信は手がついていなかった。見解をきちんと書面でまとめていたのは日本テレビだけだった。フジテレビは書面にはなかったが、意見を述べた幹部が個人的見解としながらも、意外にも前向きな意志表明をした。大ざっぱにまとめてしまうと、懸念点は多々あるが、いずれ取り組まねばならない事だと発言したのだ。インフラや権利処理についてNHKと協調したいとも言っていた。

だからと言ってもちろんそう単純な話ではなく、これで一気に共同で開発が進むわけではないだろう。ただ、NHKと民放で議論することになったようだなと私は前向きに受けとめた。先述のように、NHKのアプリに民放のタブが並ぶことも、今後の議論の行く先には十分にイメージできるのではないだろうか。何より、視聴者にとって、国民にとって、バラバラに進められたり足を引っ張り合われるより、わかりやすい形で使いやすいサービスにともに取り組んでくれるのがいちばんだ。その前提の中でNHKが多少先行したっていいではないか。テレビとネットの融合にエールを送ってきた私の目から見て、ようやく前に進もうとしていると思える。願わくは、他のステークホルダーもとにかく“前向き“な姿勢で議論に臨んでほしいものだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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