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貫地谷しほりの女優人生は「家庭生活が充実したら役に返ってきました」 若年認知症の夫を支える妻役で主演

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜

貫地谷しほりが主演する映画『オレンジ・ランプ』が公開される。若年性認知症と診断された39歳の夫を明るく支える妻の役。数々の作品で観る者の胸を打ってきた演技が、実話を元にした今作でも存分に発揮されている。高校時代からのキャリアの中では、壁にぶつかったこともあったそうだが、最近は生活の充実が役にも反映されているという。

週末に夫と何を食べるかが楽しみです

――年齢的に当然ながら、お母さん役が増えていますね。

貫地谷 NGはなくて、わりと早い段階から、お母さん役をやっていた気がします。「産んだこともないのに、よく似合うね」と昔から言われていました(笑)。

――生活感が自然に醸し出されるのは、貫地谷さんが普通の感覚を失くしてないから?

貫地谷 自分では全然わかりません。結婚した相手が一般の人なので、私はちょっと欠落しているなと思うときもあります。たとえば名刺をいただいた方への対応も、夫を見てると「そうするんだ」とか。

――アテを作って、ご主人と晩酌をしていると、何かで読みました。

貫地谷 夫と週末に何を食べるかが、楽しみな感じです(笑)。

――そういうお話を聞くと、やっぱりキャリアは長くても、芸能界の派手なところには染まってないような?

貫地谷 どうなんですかね? 私自身はずっと変わってないとは思います。

ヘア&メイク/ICHIKI KITA(Permanent) スタイリング/mick(Koa Hole inc.)
ヘア&メイク/ICHIKI KITA(Permanent) スタイリング/mick(Koa Hole inc.)

涙がまったく出なかった時期がありました

――女優人生もずっと順調で、大きな壁はなかった感じですか?

貫地谷 いくつかの壁はありました。時が経つのを待ったり、無理やり乗り越えるしかなかったり。26歳か27歳の頃には、涙がまったく出なくなりました。

――そうなんですか? 10代の頃から、観ていて胸が震える涙のシーンもありましたが。

貫地谷 その頃は、プッとやったらプッと出る感じでした(笑)。それが出なくなって、「もっと考えなきゃいけないんだ」と思ったんです。次の作品では考えてお芝居しようとしたら、今まで感覚的にやってきた分、どうすればいいのかと何もできなくなってしまって。泣けなくなったら、泣く以外の感情も「どうなっていたっけ?」と、よくわからなくなったんです。私はもう、心がなくなってしまったんだと思いました。

――それは無理やり乗り越えたんですか?

貫地谷 1年くらい、ごまかし、ごまかし……という感じでやってきました。理屈で考えようとしてしまって、何が何だかわからないまま。そしたら、ある日、急にまた感情が出てきて、「あっ、私、生きてた」みたいな(笑)。作品との出会いが大きかったですね。

リスクばかり考えず楽しい時間を持とうと

――そうしたことも経て、30代ではより高みに行けました?

貫地谷 20代の頃は何を置いても仕事が一番。仕事に悪影響があることはしない。夜遊びなんてもってのほか。そんなプライオリティだったんです。でも、30代に入った頃、「あれ? 何か出すものがないな」と思って。

――アウトプットの材料が?

貫地谷 自分の中で枯渇してしまったというか。もっと楽しまないといけない。自分の生活があったうえでの仕事。家族も年を取ってきたこともあって、優先順位が変わりました。

――夜遊びもするようになったんですか(笑)?

貫地谷 まあまあしましたけど(笑)、夜遊びというより、ただ楽しい時間を持とうと。リスクばかりを考えない。そういう変化はありました。

避けていた問題と向き合いました

――結果、インプットが増えて?

貫地谷 そっちのメリットのほうが遥かに大きかったです。いろいろなことを知りました。自分は生活のことを、ちゃんとできてなかったのもわかって。たとえばコロナで撮影がお休みになった期間に、定期的にスーパーに行って、毎日献立を考えたわけです。そんなこと、今までしてなかったんですよ。生活をどう充実させるかは、すごく大きくて。それが役にも返ってくるとは、思ってもいませんでした。

――生活を充実させるために、したこともあったんですか?

貫地谷 ぬか漬けを始めたり(笑)、好きなお香を炊いたり、寝る場所は大事だからシーツにこだわったり。そういうことをするようになりました。

――それが演技にも反映されたと。

貫地谷 そうですね。20代の特に前半は、辛いことがあっても、問題を見ると立ち止まってしまうから、見ないようにしていたんです。向き合わないでスキップする感じでした。それが、30代の前半に向き合わざるを得なくなって、こういう負の感情も大事なんだと思いました。悔しいとか苦しいとか、自分が実際に感じていないと、演じてもわからないことはあるなと。

辛いときもしつこいくらい前向きに

――『オレンジ・ランプ』では、若年性認知症の夫を支える妻の役。若手女優さんの取材だったら、役作りの苦労などを聞くところですが……。

貫地谷 私にも聞いてくださいよ(笑)。

――いや、貫地谷さんくらいになると、もはや難なく演じられたのかなと。

貫地谷 今回の役に関して言うと、夫が突然、認知症と言い渡されて、何もわからないところから「これがいいんじゃないか」「あれがいいんじゃないか」と手探りしていて。結局それは夫にとって、親切でも何でもなかったんですけど、等身大の役だったので、大きな役作りはしませんでした。監督からも「とにかく明るい奥さんで」と言われて、辛いときでもしつこいくらい前向きに……ということを意識しました。

――貫地谷さんには出演オファーが絶えないと思いますが、その中でこの作品は、演じ甲斐を感じて選んだんですか?

貫地谷 今、うちの母も祖母の介護をしていて、知らなかった行政の制度に助けられている部分もあります。エンタテイメントには、そういうことを広める力もあると思っていて。今回は若年性認知症のお話ですけど、楽しい、悲しいという側面だけでなく、実情を届ける意義をすごく感じたので、やってみたいと思いました。

世の中はこんなにやさしいんだと知りました

――実話を元にしたストーリーで、認知症について勉強もしました?

貫地谷 いろいろ観たり読んだりはしましたけど、私はまず台本を読んで、何てファンタジーなんだと。こんなやさしい世界があるのか……というところから入りました。でも、試写を観終わると、モデルになった丹野(智文)さんが「まんまだった」と泣いてらっしゃって。世の中は本当にこんなにやさしいんだと、この作品を通じて知りました。

――確かに、ああいう奥さんはいるとしても、会社や街の人たちまで、あんなにやさしくしてくれものなのかな……とは思いました。

貫地谷 あれも全部、丹野さんの実話なんです。「ナンパかと思った」と言われながら、カードを見せて案内してもらったり。私自身、会社勤めの経験がなくて、どこまで認知症が理解されているのかわかりませんけど、社員みんなで受け入れて雇用し続けてくれた話も本当でした。

「好きにしていい」というスタンスがすごいなと

――冒頭、夫婦でテレビ取材を受ける場面がありました。自分も認知症について学んでなかったら、あのレポーターのように「苦労しましたよね?」みたいな聞き方をしていた気がします。貫地谷さんはもともとは、認知症にどんなイメージがありました?

貫地谷 とても心配になりますよね。だから、私が演じた奥さんが夫に「好きにしていいよ。サポートできることはする」というスタンスになれたのは、すごいことだなと思いました。

――あれこれあった末に……でしたけど。

貫地谷 厚労省の方と一緒に取材も受けて、今は世界のスタンダードでも“共生”がテーマだとお聞きしました。認知症になると、周りがしてあげることが増えるイメージでしたけど、必ずしもそうではないんですよね。

肩の力が抜けて隙間があってもいいと思うように

――夫の話を聞いて涙するシーンもありましたが、今はプッと泣けるんですよね(笑)。

貫地谷 悲しくないと泣けませんけど、共感できれば涙は出ます。

――全体的に、撮影で特に悩むこともなかったですか?

貫地谷 “これが正解”というのはわからないので、監督がOKと言ったらOKなんだと。昔は自分の中でOKでないのにOKが出ると、すごくモヤモヤして「もう1回やらせてください」と言っていたんです。今はそれはなくなりました。

――こだわりが強くなったのではなくて。

貫地谷 できなかったことも、受け入れられるようになってきました。人間ってパーフェクトでなくて、自分の行動を全部支配できるものでもない。考えてもいないのに、急に立ってしまったりもしますから。

――自分の中での良いお芝居の基準が、昔と変わってきたりはしてますか?

貫地谷 基準は変わらないかもしれません。ただ、良きにつけ悪しきにつけ、肩の力は抜けてきた気がします。昔は隙間なく、すべてを感情で満たしたい、というのがありました。最近は隙間があってもいいよねと、ちょっと思います。そう言えば今回、『スウィングガールズ』でカメラアシスタントをやられていた方が、カメラを回してらっしゃっていて。

――20年ぶりくらいの再会ですか。

貫地谷 「お久しぶりです。お互い頑張ってきましたね」となりました(笑)。

渡瀬恒彦さんの言葉の意味がわかってきました

――貫地谷さんの演技の技術は、その頃より格段に上がってますよね。

貫地谷 20代の頃は、技術を身に付けるのがイヤでした。感情だけで演じたい、湧き上がってきた想いを表現したい、というのがあって。でも、先輩たちを見ていると、技術は邪魔するものではないなと。自分の感情をさらに押し上げてくれるものだとわかったんです。千切りを毎日していたらうまくなるように、お芝居をずっと続けていたら、勝手にいろいろなアカも付いてくるけど、それもいいかなと思えてきました。

――どんな技術が身に付きました?

貫地谷 さっき言ったように、役を演じることにおいて、自分の行動を全部、自分で支配しておきたかったんですけど、最近はもっと自然に存在したいと思っています。ただそこにいることが、一番難しいので。

――「先輩を見ていて」とのことですが、どんな先輩に影響を受けました?

貫地谷 私は会う人ごとに、すぐ影響を受けてしまうんですけど(笑)、渡瀬恒彦さんはモニターチェックをされないんですね。「なぜですか?」と聞いたら、「見ても変わらないから」ということでした。若い頃は自分の中で何か違っていると「もう1回お願いします」とやらせてもらって、あとでラッシュを見たら、何の変化もなかったそうなんです。「自分のこだわりは当てにならない」とおっしゃっていて、その影響は受けていると思います。『ちりとてちん』の頃で、当時はわからなかったのが、何年も経ってから「こういうことか」と。

終わったら「もう次」という気持ちがあります

――10代の頃からたくさんの作品に出演されてきましたが、自分で代表作だと思うのは、どの辺ですか?

貫地谷 何ですかね。一生残るものではありますけど、「終わったら、もう次」みたいなところが、どこかにあって。

――世間的には朝ドラの『ちりとてちん』だったり、賞を獲った『くちづけ』だったり、強く印象に残って高い評価も受けていますが。

貫地谷 自分の中では終わったことで、思い出としてはすごく大切ですけど、「次はもっと良いものを」という、どん欲な気持ちがあります。

――ここまで女優として成功している勝因というか、自分の強みだと思うことはありますか?

貫地谷 うまくいっているのかもわかりませんし、私の強みって何ですかね? 以前、役のために頑張って痩せたとき、共演の男性に「貫地谷しほりにそれは求めてないから」と言われて、「そうなの?」となって(笑)。だから、わからないですね。

心から欲した役で作品を深めていけたら

――厳しい世界の中で、危機感を覚えたこともありましたか?

貫地谷 あります。仕事をやりすぎ、みたいな。

――自分が消費されていくような感覚に?

貫地谷 自分が「これだ!」とやったもので、消費されることはあまりないと思っています。だけど、「まあ、いっか。やろうかな」くらいで、向き合う密度が少ないと、消費されてしまう気がします。心から欲した役で作品を深めていくことが、大事なのかなと。あと、お芝居って、すごく疲れるんです(笑)。そんな大変なことを続けられている方がたくさんいらっしゃって、本当にすごいなと思います。

――貫地谷さんの女優人生も長く続きそうです。

貫地谷 周りのサポートがあってこそですけど、長く細くできたらいいなと思います。

――すでに「細く」はないわけですが(笑)、さらにインプットしていることも?

貫地谷 映画館に行っても、普通にイチ観客として観てしまうので、あまりないです。ただ、その場を楽しむことを自分に課しています。それが絶対、お芝居に返ってくると思うので。以前はそういう時間があまりなかったのが、今は自分の時間で動くようになって、普通に楽しめています。

映画はただ笑って観るようになりました

――映画はよく観てはいるんですか?

貫地谷 観てます。最近だとNetflixで観た『マーダー・ミステリー』が面白くて、ゲラゲラ笑ってました。ジェニファー・アニストンが出ていて、夫婦が殺人事件に巻き込まれて解決していくお話ですけど、昔より、ただ楽しんで観ている感じがします。前は「この役者さんはうまいな」とか考えていました。

――作品を観て、「こういう女優になりたい」と思うこともありました?

貫地谷 ないかもしれません。ロールモデル的な人はいなくて。素敵な俳優さんでも、全部の作品が超絶すごいことはまれだと思うんです。いろいろなタイミングが合致して、奇跡の一作が生まれたりするので。ジョニー・デップのカリスマ性がヤバいとかはありますけど、「誰かみたいになりたい」と考えたことはないです。

――自然に良い女優さんになってきたんですね。

貫地谷 面白そうだなと思う作品に、参加できたらいいなと思ってます。良いお仕事ができるように、今はちゃんと生活したい感じです。

――生活習慣が変わってきたところもありますか?

貫地谷 だんだん無理はできなくなってきたので(笑)。睡眠をちゃんと取ってないと、良いパフォーマンスができません。

――8時間は寝るようにしているとか?

貫地谷 7時間、そして深い睡眠が2時間あったら、最高だなと思っていて。作品に入ると、撮影が終わったら寝る時間を確保したいので、ルーティン化していて。台詞は日中に合間でちょこちょこ覚えています。

性別を超えて生きていきたいです

――現在37歳ですが、40代に向けたイメージはありますか?

貫地谷 30代が自分が思っていたより、だいぶ子どもだったので、40代なんて想像できません。もっと大人になっている予定だったのに、「あれ?」という(笑)。

――どういうところが、まだ子どもだと?

貫地谷 私が思っていた大人はもっと落ち着いていて、年下の子とは「そうだね」みたいにひと言、ふた言話すイメージでした。だけど、今でも全然一緒にはしゃいでいるので、違ったなと(笑)。

――でも、それは悪いことではないですよね。

貫地谷 40代もこのまま行くんですかね(笑)。

――仕事以外に人生的な展望はありますか?

貫地谷 性別を超えて生きていきたいです(笑)。私の感覚ですけど、オバサンのようなオジサン、オジサンのようなオバサンって、素敵な人が多い気がして。私もそうなりたいと思っています。

――ちょっと意味が……(笑)。

貫地谷 目指す女性像があるというより、人間として「地球で生きてます」みたいな(笑)。そんな感じになりたいです。

撮影/松下茜

Profile

貫地谷しほり(かんじや・しほり)

1985年12月12日生まれ、東京都出身。

2002年に映画デビュー。2007年に連続テレビ小説『ちりとてちん』で初主演。主な出演作は映画『スウィングガールズ』、『くちづけ』、『夕陽のあと』、『サバカン SABAKAN』、ドラマ『あんどーなつ』、『ディア・ペイシェント~絆のカルテ~』、『顔だけ先生』、『大奥』、舞台『ハムレット』、『頭痛肩こり樋口一葉』、アニメ『アストリッドとラファエル』シリーズなど。主演映画『オレンジ・ランプ』が6月30日より公開。映画『シェアの法則』が今秋公開。

『オレンジ・ランプ』

監督/三原光尋 企画・脚本・プロデュース/山国秀幸 脚本/金杉弘子

出演/貫地谷しほり、和田正人、山田雅人、赤井英和、中尾ミエほか

6月30日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

公式HP

(C)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
(C)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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