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なぜ自分だけがうまくいかないのか。生き辛さを抱えるヒロインの穂志もえかが「当事者だからわかります」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)2023 ikigome Film Partners

『新聞記者』『余命10年』の藤井道人がプロデュースする映画『生きててごめんなさい』が公開される。現代社会の生き辛さが詰まった同棲カップルの物語。何をしてもうまくいかず、ほぼ家で1人で過ごすヒロイン役で穂志もえかが出演している。屈折をリアルに感じさせて引き込まれるが、自身が共感するところが多く「私がやるべき、という気持ちがあった」と語る。

邦画の若手監督の勢いがすごいと思っていて

――『街の上で』の頃の取材ではグザヴィエ・ドラン監督を称賛されていましたが、最近はどんな映画を観ていますか?

穂志 数年前から邦画の若手監督の勢いがすごいなと思っていて、去年衝撃的だったのは工藤梨穂監督の『裸足で鳴らしてみせろ』です。こんな感性の監督がいるんだと。以前、『オーファンズ・ブルース』という作品を映画館で観て、それ以来の作品だったそうです。

――ちょっと調べると……『裸足で鳴らしてみせろ』が商業映画デビューだったようですね。2人の青年が盲目の養母のために世界の音を求めて、偽りの海外旅行を繰り広げていくというストーリーで。

穂志 こんなに役者の芝居をじっくり見させてもらったのは、いつ以来かと思うくらい、丁寧に撮られていて、すごく感動しました。無音のシーンで鳥肌が立つ瞬間があったり、作品に引き込まれて。工藤監督に日本を背負って世界に行ってほしい……という気持ちになりました。

――キャストとして一緒に世界へ……とも?

穂志 はい。工藤監督は確か27歳で、私と同い年なんです。出演されている役者さんが羨ましいなと思いました。

私がやれば説得力が出る役だなと

――世界に行くといえば、穂志さんはハリウッドのドラマ『SHOGUN』に出演が決まり、一昨年の9月から8ヵ月に渡り、カナダでの撮影に参加。その日々を綴る連載で、滞在で気づいた大切なこととして「怒ったり悲しんだりする感情を抑えすぎない」とありました。『生きててごめんなさい』で演じた莉奈は、逆に感情を抑えられない感じですね。

穂志 抑えられなさすぎますね(笑)。私が連載で書いたのは、自分の中に生まれた感情を認めることで、発散するという意味ではなくて、莉奈はまた別方向。監督が最初から「感情を激しく出してほしい」とおっしゃったので、突っ走っていきました。

――この莉奈役は穂志さんに指名が掛かったのですか?

穂志 オーディションがありました。そのときから台本をいただけて、ストーリー的にも役柄的にも「私にやらせてほしい。私がやったほうがいい」と強く思いました。

――そこまで思ったのは、莉奈に自分と重なるところがあったから?

穂志 莉奈はたぶん多くの人に理解されにくい女性ですが、私には理解できる部分がたくさんありました。半分当事者として、私がやれば説得力が出る。私がやるべき! という気持ちになっていました。

一生懸命なのにおかしくなるのは共感できます

藤井道人が設立した映像集団「BABEL LABEL」に初期から加入し、ドラマ『アバランチ』を共に演出した山口健人が監督を務めた『生きててごめんなさい』。出版社の編集部で働く園田修一(黒羽麻璃央)は、いくつものアルバイトをクビになった清川莉奈(穂志)と同棲生活をしている。共に出版社で働くことになった莉奈がちやほやされて嫉妬心が湧き、喧嘩が絶えなくなる。

――莉奈と同じような経験もしたんですか?

穂志 「なぜ私だけ、こうなるんだろう?」ということが、小さい頃から本当に多くて。小学校でみんなに配られたものが、自分の分だけ壊れていたり、クラス全員で同じ課題をやっていて、「そんな失敗は初めて見た」というようなことをしてしまったり。

――たとえば?

穂志 たくさんあります。アルバイトをしていたときは、何かと先輩から標的にされたり、お客さんにもクレームをつけられたり。

――莉奈は冒頭、居酒屋でバイトをしていて、お客さんにキレてカニを投げていました。

穂志 私はあそこまでの行動はできません。でも、気が強いところはあるので、闘ってしまったときもありました。莉奈もやりたくてあんなことをしているわけではなくて。一生懸命やっているのに、なぜかおかしな状態になって、周りから白い目で見られる。そんなところに、すごく共感しました。

――「生きててごめんなさい」とまでは思わないにせよ?

穂志 どこにいても浮いてしまって、グループ内でも周りに付いていけないタイプでした。

役が白い目で見られても味方になる気持ちで

――そうすると、演じるうえでは莉奈役はやりやすかったと?

穂志 オーディションのときと台本がかなり変わったので、撮影前に監督と何回も話し合いを重ねました。莉奈が出るシーンは全部、すり合わせをして。現場ではカメラの前に立っていればいいだけの状態になるまで、自分の中に落とし込んでいきました。

――最初の台本とどう変わったんですか?

穂志 カニを投げるシーンのようなポップさが加わりました。当初の台本では、もっとリアルに嫌がらせを受けたりしていたんです。監督はもともとの結末の後の莉奈と修一を描きたかったそうです。

――莉奈はある意味、ピュアなんですかね?

穂志 ピュアではあると思います。でも、わかりやすく言語化できる人物ではない感じがします。なぜかおかしいことになってしまうし、ずっと白い目で見られる環境にいて、しんどかっただろうし……。ペットショップから施設に運ばれる犬を「殺したらいけない」とか、自分の正義感を振りかざしているように見えながら、冷静に考えたら、主張していることは正しいなと思えたり。

――心情的にはそうなりますね。

穂志 かと言って、お店のお姉さんが言う通り、莉奈に何かできるわけではなくて。当時は現場では、彼女に寄り添う味方でいるような気持ちでした。

共依存の相手が揺らぐと自分も壊れてしまって

――莉奈は見ていて痛々しくも感じましたが、ペットショップのくだりとかで周りの人の立場になると、厄介に思えるというか。

穂志 仕事をしていないので説得力がなくて、無責任な人に見えるかもしれません。ただ、(売れっ子コメンテーターの)西川先生のところに行ったら、わりと普通に働いていましたよね。それまでは環境が合わなかっただけで、実は最初からしっかりしていたんじゃないかと。無職の状態で周りに嚙みついていたのは、見え方として嫌われないか心配で、背景も想像して観ていただけたら嬉しいです。

――修一が先輩の女性編集者と会っていたのを知って、「やなんだけど」と足をドンドンさせていたのは、子どもっぽさが出た感じですか?

穂志 監督の要望でやりました。どうしようもない感情を逃がす手段として、ああいう動きがクセで出てしまう。自分にとって絶対的な存在の修一に裏切られることが、いかに恐怖だったか。その存在が揺らいだら、自分も壊れてしまう。共依存の関係だったけど、もっと他の世界を持てていたら、ああいうふうにはならなかった気がします。2人の世界しか知らなかったから、莉奈をあそこまで感情的にさせてしまったように思いました。

――そういう部分も、穂志さんとしてわかる感じでした?

穂志 はい。修一がすべてで生きているから、彼に言われたことを100%正しいと受け止めてしまう。そういうところはわかります。

大喧嘩のシーンは感情をさらけ出しました

――修一は莉奈に辛辣なことを言ってました。「世話してもらって、楽をしたいだけでしょう?」とか。

穂志 あの言葉はしんどかったですね。自分を認めてくれる味方だと思っていた人にああいう言葉を吐かれて、「そんなふうに思っていたんだ……」と。裏切られた感覚が強かったと思います。

――モラハラのような言い方をされて、莉奈は「修一は私のこと好きじゃないよね」と悲しげでした。

穂志 喧嘩を繰り返すほど不信感が募って、自分もグラグラ崩れていく感じでしたね。

――そんな喧嘩をして泣くシーンは、かなりエネルギーを使いました?

穂志 カメラの前であんなに感情をさらけ出すことが、今までなかったので恥ずかしかったです。人に見せない部分を見せて、丸裸になった感じがして。でも、大喧嘩をしたらこうなるんだと、恥じらいは捨てて出し切りました。

想像力を持てばヤバい人だけで終わりません

――穂志さんはたたずまいも繊細な演技も独特ですが、人として何か大きな影響を受けたものはありますか?

穂志 私はむしろ、自分にわかりやすい個性がないと思っていて。普通っぽい見た目と中身とのギャップに悩んだりもします。影響を受けたといえば、私の人生経験そのものが一番大きいですね。やる気が出なかったり、しんどいことも多かったけど、全部が糧になって今がある感じです。

――以前も「トントン拍子で行くより、悩んで苦しむほうが私には合ってる」と語られていました。

穂志 影響を受けたかは別にして、好きな作家さんがいて、しんどいときに引き上げてくれた言葉はたくさんあります。

――どんな作家さんの言葉ですか?

穂志 西加奈子さんの『i(アイ)』という作品で、世界で悲劇の渦中にいる人に何もできなくても、「想像するってことは心を、想いを寄せることだと思う」という。自分のお守りみたいになった言葉です。今回の莉奈もなぜ働けなくなったのか、どんな人生を送っていたのか、想像力を働かせていただければ、ただのヤバい人では終わらないと思うんです。それから、自分のあり方や世界観を大事にしようと思わせてくれたのが安部公房さん。

――戦後派作家から、時代を越えて影響を受けましたか。

穂志 最近は、芸術家の岡本太郎さんに急に傾倒し始めています。

海外では奥ゆかしい演技を面白がってくれて

――最初に世界進出の話がちょっと出ましたが、コロナ禍の自粛期間には、リモートでハリウッドのプロデューサーの演技レッスンを受けていたとか。

穂志 もともと海外志向が強かったわけではないんです。でも、映画は普遍言語として、世界に伝わっていくもの。私たちも日本でいろいろな国の映画を観られますし、作品が世界を旅している感じが面白いなと思っていました。それが『SHOGUN』を経て、確信に変わりました。国境も言語も越えて伝わる楽しさを実感したので。

――日本を離れて、肌で感じたんですね。

穂志 海外の人たちは派手なお芝居をすることが多くて、私みたいなお芝居が逆に響くらしいんです。ちょっとしたところで、奥ゆかしさみたいなものを面白がってくれました。自分の持っているものが、海外で認めてもらえる可能性もあるのかなと思って、新しい表現の形として、他の国と合作の作品にもチャレンジしていきたいです。

――アクションのレッスンも受けているそうですが、海外を見据えた一環で?

穂志 それもあります。日本人が海外の作品に出るには、アクションが必須になっていることも多くて。かつ、日本のことを知らずにそういう作品に出るのは恥ずかしいと、『SHOGUN』で思ったんです。剣やなぎなたや弓といったものは、ベースとして持っておきたいなと。真田広之さんとの出会いが大きかったです。

今しんどければ別の世界を知ると助けになるかも

――莉奈への共感が大きかったとのことですが、ああいう生き辛さに、今はどう向き合っているんですか?

穂志 “生き辛さ”という言葉がここ数年で浸透して、ホットワードのようになったことには、正直ビックリしています。私たちが抱えているのは、「生き辛いよね」って簡単な言葉にできるものではないと思うんです。

――まさに当事者としては。

穂志 今でも「ああ、しんどいな」と思うときはあります。でも、私にはカナダでの経験が宝物のようになっていて。莉奈と結び付けると、日本しか知らなかったのがカナダに行ったら、自分が「こうしなきゃいけない」と思っていたことが、全然どうでも良かったんだなと。「これでいいの? こんなに自由なんだ!」と、考え方が少し豊かになりました。

――違う価値観に触れることによって。

穂志 今しんどい方がいらっしゃったら、もうひとつ世界を広げてみるのも、助けになるかもしれません。しがない人間の意見ながら(笑)、私はそう思っています。

Profile

穂志もえか(ほし・もえか)

1995年8月23日生まれ、千葉県出身。

「ミスiD2016」でグランプリ。2017年に女優デビュー。2018年に映画『少女邂逅』で初主演。主な出演作は映画『愛がなんだ』、『8日で死んだ怪獣の12日の物語』、『街の上で』、『窓辺にて』、ドラマ『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』、『大豆田とわ子と三人の元夫』、『グラップラー刃牙はBLではないかと考え続けた乙女の記録ッッ』など。ドラマ『100万回言えばよかった』(TBS系)に出演中。映画『生きててごめんなさい』が2月3日より公開。アメリカで放送されるテレビシリーズ『SHOGUN』に出演。

『生きててごめんなさい』

監督/山口健人 企画・プロデュース/藤井道人 脚本/山口健人、山科亜於良

出演/黒羽麻璃央、穂志もえか、松井玲奈、安井順平、冨手麻妙ほか

2月3日よりシネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開

公式HP

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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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