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「無理しないと終わらなくて地獄」というAD役で映画に主演。上原実矩の女優としての戦いに重なったもの

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/S.K.

テレビのローカル番組に携わって休みなく働く女性ADを描いた映画『この街と私』が公開された。主演は昨年『ミューズは溺れない』で注目され、現在ドラマ『ユーチューバーに娘はやらん!』に出演中の上原実矩。お笑い番組を作りたくて制作会社に入りながら、街紹介の番組で奔走する役の葛藤は、自身が女優人生の中で抱えているものとも重なったという。

どう芸能界に入ったのか記憶があいまいです

――上原さんは子役からのキャリアがありますが、学校ではどんなタイプだったんですか?

上原 あまり派手ではなかったんですけど、イベントは好きで、合唱コンで指揮者をやったりしていました。意外と騒がしいタイプではあって、高校の担任の先生に「いるとうるさいけど、いないと寂しいわね」と言われたことがありました。

――『シャキーン!』とかでテレビに出ると、学校で大騒ぎになったりはしませんでした?

上原 全然なかったです。特に美少女でもなかったので(笑)、習いごとの延長でやっていた感覚で、周りもそこまで気にしていませんでした。

――そもそも子役は自分からやりたいと?

上原 いちおうスカウトだったんですかね。そう見えないと思いますけど(笑)。当時の記憶があいまいなんです。どう芸能界に入ったのか、はっきり覚えてなくて、なりゆきみたいなところがあって。最初はそこまでお芝居をやりたいわけでもなかったのが、いつの間にか本気になっていたというか。

――テレビを観るのは好きだったんですか?

上原 小学生の頃にワーッと観ていて、『プロポーズ大作戦』とか好きでした。母が福山雅治さんを好きで、大河ドラマの『龍馬伝』を一緒に観たり。もう少し年が上になると、再放送で『ウォーターボーイズ』とか『オレンジデイズ』とかいろいろ観ました。でも、自分がやり始めたら、当時はドラマへのアプローチの仕方がわからなくて。

――今は『ユーチューバーに娘はやらん!』に、ほとんど話さないのに妙に印象に残る役で出演中ですが、映画とは演じ方に違いがあると?

上原 ベースは同じだと思います。ただ、見た目も含めて自分が考えていくキャラクターと求められるキャラクターに違いがあって、オーディションに行っても受からないことがほとんどでした。

撮影/S.K. 衣装協力/ORANGE GERBERA
撮影/S.K. 衣装協力/ORANGE GERBERA

お芝居をするピースとして参加するのが楽しくて

――この世界でやっていく決心が生まれたのは、中3のときに出演した飯塚健監督のドラマ『放課後グルーヴ』だったとか。

上原 その前からミニドラマにちょっと出させてもらったり、映画の現場を見させてもらって、少しずつ「お芝居は楽しい」と思っていて。オーディションはずっと受けてきて、初めてレギュラーで決まったのが『放課後グルーヴ』だったんです。

――歯に衣を着せない積極的な女子の役でした。

上原 何にもわかってなかった中でも、お芝居を作る空間にいるのが楽しくて。私はただお芝居をしたいわけでなくて、作品を作るのが好きなのかもしれないと感じました。誰もいないところで、好きにお芝居をするのとは違う。作品にお芝居のピースとして参加して、誰かに届けたい。そういう感覚はずっとあります。

――その後の女優人生は順調に来ていますか?

上原 いや、全然(笑)。やりたい役がやれないことも、最終選考で落ちることもよくあります。自分ではどうにもならないことも多かったんですけど、10代の頃は「お芝居をしたい」と言いながらも、フラフラしていたと思います。目標が定まってないというか、お芝居をすることがゴールになってしまって、何に向かってお芝居をしているのか考えていませんでした。

――部活みたいな感覚だったとか?

上原 仕事として本気ではやるんですけど、今と比べたら考えが甘かったです。ただ、運は良かったと思います。いい作品やスタッフとの出会いがあって。今の事務所のチームに映画監督さんが入って、それまでずっと俳優視点で見ていたのが、監督や作り手側の視点からも作品を考えられるようになりました。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

同じチームの藤井道人監督に刺激を受けて

――特に大きかった出会いというと?

上原 今のマネージャーとの出会いは大きくて、その延長線に監督たちがいました。それまでの私は与えられたことをやるだけで、自分がどうなりたいのか、ビジョンが見えてない状態だったんです。それを的確に示してくれたのがマネージャーでした。「この方と仕事ができるようにしていきましょう」と、1人で考えていたら夢で終わっていた監督の名前を挙げてもらったり。

――それはどんな監督だったんですか?

上原 中島哲也監督は作品を好きで観ていましたけど、自分にご縁はないと思っていたんです。でも、マネージャーに「合うと思う」と言われて、実際に映画やCMで呼んでもらいました。李相日監督とも大きい出会いでしたし、同じチームの藤井道人監督も『新聞記者』で日本アカデミー賞を獲る前から知っていて。

――藤井監督は今や業界で最も動向が注目される1人ですね。

上原 あそこまで行かれるのを近くで見ていて、現場にも立たせていただいて、すごく刺激になりました。

作品を届ける先まで意識するようになりました

――今は目指すものが明確になったんですか?

上原 「ここに届けなきゃいけない」というのは見えるようになってきました。自分がどう見えるかだけでなく、「こう受け取ってほしい」とリアルに意識するようになって。そのために、ちゃんと戦わないといけないと思っています。

――昨年、主演した『ミューズは溺れない』で「TAMA NEW WAVEコンペティション」のベスト女優賞などを受賞したことは、自信になりました?

上原 「賞を獲ってやる!」くらいの気持ちで撮影に入りましたけど、撮っている最中は全然自信がなかったです。現場がすごくせわしなくて、核心を突く演技ができた実感があまり持てなくて。コロナもあって上映がなくなるかと思っていたので、巡り巡って評価していただいたのは、撮影の日々が報われた感じがしました。お芝居への自信というより、すごく苦しんだ時間は無駄ではなかったなと。

夢と現実のギャップはもどかしいままです

地域発信型映画として東京都葛飾区を舞台に制作された『この街と私』。永井和男監督の実体験が元になっている。制作会社のADで23歳の村田美希(上原)は、お笑い番組が作りたくて入社したが、担当しているのは深夜に街の良さを紹介するローカル番組。休みもなく、彼氏と同棲している部屋にも寝に帰る状態。お笑い特番に出した企画は一蹴され、任された街頭インタビューは「使えない」と言われて……。

――公開される主演作『この街と私』を撮ったのは、『ミューズは溺れない』より遡る3年前だったとか。

上原 この3年間で私もいろいろ意識が変わった中で、3年前の自分がそのまま、そこにいる感じがします。個人的には、お芝居のことを考え切れていない部分が、どうしても目についてしまって。

――ご本人的にはそうかもしれませんが、「マジで死ぬ」というADの葛藤がリアルに滲み出ていました。

上原 撮って1年後とかに公開していたら、たぶん心から「観てください!」とは言えなかった気がします。3年経って今、誰しもこういう時期はあると思えました。自分がやりたいことと現実とのギャップや、やりたいことをやっているはずなのに……というジレンマは、仕事だけでなく高校や大学でもあるもの。それをわかったうえで公開できて、「クスッと笑ってやってください」と言えるから、このタイミングで良かったと思います。

――上原さんにも、そういう時期はあったと?

上原 ずっとこんな感じじゃないですか(笑)。それこそ藤井さんがアカデミー賞を獲ったときは、「もしかしたら自分もそういうところに行ける?」と夢だったものがリアルに思えた瞬間ではありましたけど、結局はもどかしいまま。藤井さんがコツコツといろいろ積み重ねてきたことは知っています。でも、同じチームだからこそ、自分が取り残されたようなギャップも感じます。

主役として「折れたらいけない」と思ってました

――上原さんは華やかに見える女優の世界に身を置いていますが、演じた美希のように「無理しないと終わらないし、終わってないと怒られるし、地獄かよ」みたいに思ったこともありますか?

上原 大なり小なり、あると思います。『この街と私』の現場も無理しないと終わらなかったので(笑)。4日間で撮らないといけなかったし、「自分が折れたらいけない」という気持ちはずっとありつつ、「折れていいよ」と言われたら折れちゃいそうでした。でも、現場に入ったら代わりはいなくて、自分がちゃんとしたものを出さないといけない。楽しかったけど、大変でした。

――美希も休みなく働く状況は大変そうですが、根は明るくてミーハーなくらいのお笑い好きのように見えました。

上原 そうですね。わりと普通の女の子というか。

――上原さん自身はお笑いは好きなんですか?

上原 私はオタク的に熱中するものはなくて。でも、美希が“神”と呼んでいた川原克己さん(天竺鼠)は監督もマネージャーもファンなので、「何がすごいんですか?」みたいにお話を聞いて、なるほどと思いました。

――それが役作りになって?

上原 役作りというより、調べ学習くらいです(笑)。美希は職人的な子ではないし、感情にすごく起伏があるわけでもないので、できるだけフラットにいられるようにしました。ただ、主演として真ん中に立たなきゃいけない意識は、すごくあったかもしれません。知らず知らずプレッシャーは感じましたけど、良い経験になりました。

(C)2019地域発信型映画「この街と私」製作委員会
(C)2019地域発信型映画「この街と私」製作委員会

生活のひとつひとつが演技に反映されます

――上原さんが女優として、自分の売りだと考えていることはありますか?

上原 何だろう? ひたすら運が良いだけと思ってしまいます(笑)。お芝居は好きですけど、映画バカや演劇バカというほどではないですし、出会って拾ってくれた1人1人の方のおかげですね。そういう方たちが求めてくれたことに、ちゃんと応えられているかは、すごく考えています。出会いが作品に繋げてくれて、その作品で必死にお芝居をして……ということなので、自分の力ではないです。

――力がなければ、出会いがあっても作品には繋がらないと思います。目力や声も含めた存在感の強さは、よく言われるのではないですか?

上原 そこは逆にコンプレックスな部分で、今もネックになることはあります。だけど、それを活かせる仕事をさせてもらっているなら、おばあちゃんやご先祖様に感謝ですね(笑)。自分で身に付けたものではないので。

――では、これから身に付けたいものや磨きたいものはありますか?

上原 映画や小説に触れて、いろいろ感じることはもちろん、人としゃべるとか、生活のひとつひとつがお芝居に反映すると思います。映画を観ると、お芝居がうまい人はいらっしゃいますけど、自分が「こうなりたい」と思うのは絶対なれない人なので(笑)、そこで止まってしまいます。だから役者としてどうなりたいかより、まずはざっくり、魅力的な人間になることからだと思います。

(C)2019地域発信型映画「この街と私」製作委員会
(C)2019地域発信型映画「この街と私」製作委員会

Profile

上原実矩(うえはら・みく)

1998年11月4日生まれ、東京都出身。

2010年に映画『君に届け』で女優デビュー。主な出演作は映画『暗殺教室』、『来る』、『私がモテてどうすんだ』、ドラマ『放課後グルーヴ』、『神様のカルテ』など。ドラマ『ユーチューバーに娘はやらん!』(テレビ東京系)に出演中。公開中の映画『この街と私』に主演。映画『余命10年』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)に出演。映画『ミューズは溺れない』が今秋公開予定。

『この街と私』

監督・脚本・編集/永井和男 出演/上原実矩、佐野弘樹、宮田佳典、伊藤慶徳ほか 配給/アルミード

アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

公式HP

(C)2019地域発信型映画「この街と私」製作委員会
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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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