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元乃木坂46・衛藤美彩の初主演映画が公開。「アイドル活動で培った瞬発力は武器になってます」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜、ヘア&メイク/森柳伊知、スタイリスト/菅野悠

乃木坂46を昨年3月に卒業した衛藤美彩の初主演映画『静かな雨』が公開される。1人でたいやき屋を営んでいたが、交通事故の後遺症で1日の記憶を翌日には忘れてしまう役。グループ卒業後には結婚もして環境が大きく変わった中、この映画への取り組みや最近の生活について聞いた。

演技には正解がないから面白くて

――女優業へ意欲を持ったのは、いつ頃からだったんですか?

衛藤  歌は(地元の)大分でも歌えるじゃないですか(笑)。だから、小さい頃からずっと好きで「歌手になりたい」と漠然と思っていたんですけど、乃木坂46に入ってから、プリンシパル公演(*)で演技の楽しさを知りました。さらに個人PVとかで演じる機会が増えるほど、やりたい気持ちが熱くなっていきました。

(*)『16人のプリンシパル』。乃木坂46メンバーによる舞台公演。第1幕が自己PRなどのオーディション。観客投票により出演者16人と配役が決まり、第2幕のミュージカルが上演される。

――衛藤さんにとって、演じる楽しさというと?

衛藤  正解がないところですね。「この役でこれは違う」ということはあっても、演じる人が違ったら同じ役でも全然変わっていい。「だったら私はこうする」と自分らしさを出していける。そういう面白さをプリンシパル公演で見つけました。

――影響を受けた映画やドラマもありますか?

衛藤  たぶん人生で一番泣いた映画が『きみに読む物語』です。たまたまですけど、今回の『静かな雨』と同じで、記憶を失くすお話なんですよ。

――あっ、確かに。

衛藤  記憶喪失モノは世の中にたくさんあって、原因は年齢か、事故か、もともとか……といろいろですけど、その中でも『静かな雨』は異色というか、全然違うカラーになっている気がします。

――どういう観点で、そう思ったんですか?

衛藤  この映画の中で、交通事故で記憶が残らなくなったことは大きいけど、物語として、そんなに大きく動く出来事はないんです。何かがあって誰かがこうして……ということはなく、ただ日常を切り取っているので、よりリアル。中川(龍太郎)監督から「これは現代のおとぎ話」と聞いたときは「エッ?」と思いましたけど、今ならその感覚もわかります。

――中川監督は衛藤さんの演じたこよみを「失われた自然の精霊」ともコメントされてます。

衛藤  神秘的というか、なさそうでありそう、ありそうでなさそうな物語。でも、あの2人が今も東京の片隅で生きている……と思うような力はありますよね。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

強い女性でありたい理想と重なりました

『静かな雨』の原作は、『羊と鋼の森』の宮下奈都のデビュー作。監督は『四月の永い夢』でモスクワ国際映画祭の二つの賞を受賞した中川龍太郎。大学で助手として働く足の悪い行助(仲野太賀)は、こよみ(衛藤)が1人で営むたいやき屋に毎日通ううちに親しくなる。だが、こよみが交通事故に遭い、後遺症で新しい記憶を短時間しか留めておけなくなってしまう。行助は彼女と生きることを決意し、2人の日々が始まる。

――衛藤さんは『東京フィルメックス』でこよみ役について、「深く役作りせず、すんなり入れました。自分と近い何かがあったからかな」と話してました。

衛藤  こよみは強さが目につくと思うんです。ブレない。芯がある。動じない。私もこよみのように強い女性でありたくて、自分と似てるというより、「こうありたい」という理想です。目指す方向は一緒だと感じました。あと、私は小さい頃に足に腫瘍ができて、骨を切断して歩けなくて、ずっと車イスで生活していたんです。

――小学2年まで歩けなかったそうですね。

衛藤  行助が記憶の消えるこよみを愛せるのは、自分も足が不自由で、お互い傷を負った者同士だから……というのは、監督も太賀さんもおっしゃってました。私の足は幸い完治しましたけど、体に障害を持つ人の気持ちや苦しさには共感できるので、そこは役の根底と重なると思いました。

――あと、こよみはたいやき作りも、詳しくは描かれてませんでしたがパチンコも、突き詰めて取り組むタイプのようですね。

衛藤  普通、女性が1人でたいやき屋をやるのに、一丁焼きはしないですよ(笑)。だいたい何個かを型に入れる機材で作るのに、こよみは重たい機材を使って、1個ずつ焼いてますよね。たぶん純粋にそのほうがおいしいものができるから、やっているだけだと思いますけど、私もわりとそういう選択をします。自分と近いのはその辺ですね。役作りを全然しなかったわけではないですけど、「ここでこういうふうに演技しよう」みたいなプランを立てるより、撮影に入る前に考える下準備に時間をかけました。

――こよみは「目の色が好きだった」とか「二つの世界は同じものじゃない」とか、文学的なことも言いますね。

衛藤  「私にとっての世界はあなたの生活の一部だよね」とか、文章で見たら、すごくお堅くて。でも、こよみの言ってることは、この物語の軸のように感じます。だから、撮ってる途中で「待って! この役は結構重要じゃない?」と気づきました(笑)。

――主演ですけど、途中で気づきましたか(笑)。

衛藤  もちろん「主演は大変だろうな」と思ってましたけど、台本を読んでいるだけではわからなかったことに、撮影に入ってから気づいたんです。こよみは本当にブレたらダメだというのは、入ってみないと実感できませんでした。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

自分の引き出しは使わないようにしました

――そうした深い言葉の意味も掘り下げたんですか?

衛藤  自分に近いものとしては考えませんでした。こよみ自身へのアプローチは自分と重なる部分から行きましたけど、それ以外のところでは自分をあまり出さない、自分の引き出しを使わないことを意識しました。たとえば話の語尾とか動き方とか、こよみはたぶん私よりちょっとゆっくりなんです。「そうだよね!」じゃなくて、「そうだよね……」ってスンとしていて。「自分だったらどうするか?」という感覚を持ってくると、それを消してしまう。いつも「こよみさんだったらこう言う」と考えるようにしていました。

――こよみの行助への気持ちも、そういう流れで捉えたんですか?

衛藤  これは“恋愛がどう実っていくか”というお話ではないんですよね。こよみが行助のことをどれだけ愛しているかも、まったく描かれてなくて。おでこにキスしたのもいきなりだったし、そこからの記憶は溜められない。想いが募るまで行けなくて、かわいそうと言えば、かわいそう。そこはどちらかというと、行助側の気持ちのほうが描かれてました。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

――特に難しかったシーンはありますか?

衛藤  行助に「元カレのことは覚えているのに昨日の僕のことは覚えてない」と言われて、「何て言えばいいの?」と家を出て行くシーンは辛かったです。行助の言葉をどう受け止めて表現するか、すごく難しくて何度も撮り直しました。

――でも、こよみ自身もどうすればいいかわからなくて、「何て言えばいいの?」という言葉になったのでは?

衛藤  それが答えなんだと考え着くまで、すごく時間がかかりました。怒りや悲しみより、「何でそんなことを言うの?」という戸惑いがあって。強く「何て言えばいいの!?」と言うのか、静かに「何て言えばいいの……」と言うのか。感情が揺さぶられるときって、その人の素が一番出るじゃないですか。こよみにそういうシーンがあまりなかった分、人柄が見えるところなので慎重にやりました。

――たいやきを作る練習もしたんですか?

衛藤  1週間くらい、本物のたいやき屋さんのところでやりました。機材が重くて、生地が生焼けになったり焦げたり大変でしたけど、何回も練習して、助監督さんよりは上手くなって(笑)。本番はこよみがずっと前からたいやきを焼いていた感じが出せるように頑張りました。

――普通に料理は得意だったんですか?

衛藤  上京して一人暮らしを始めてから、たくさんするようになりました。

――今はアスリートの妻として、気を配ることも多いのでは?

衛藤  やっぱりアスリートだと食事の量や栄養素の量が大事なので、そこは頑張ってます。料理の資格を取ったりしながら、やってます。

――衛藤さんも突き詰めるんですね。

衛藤  そこはこよみと似ているかもしれません。いろいろな情報と選択肢がある中で、やりたいんです。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

言葉がなくても居心地が良い関係が幸せ

――『静かな雨』では、こよみと行助がベンチで並んでたいやきを食べるシーンで、小さな幸せ感が漂っていました。

衛藤  2人で同じ方向を見つめながら、言葉がなくても居心地が良い……みたいな関係ですね。

――衛藤さんは今の日常で、そういう幸せを感じることはありますか?

衛藤  乃木坂46を卒業して、自分1人の時間を持てるようになったんですよね。以前は時間が過ぎるのがあっという間で、きのう何を食べたのか、今日はどんな天気だったのか、そういうことがまったくわからなくて。でも、私にはそれが重要なことだと気づいたんです。世の中がどういうふうに動いているかとか、日常も味わいながら生きていきたいと、忙しい日々の中で思い始めて、それが卒業を決めた理由のひとつでもありました。今は目覚ましをかけないで寝られる日があったり、1日何も予定がなくてやりたいことに没頭する日が持てるので、幸せですね。もちろん乃木坂46時代が幸せでなかったわけではないですけど、今はメリハリがあって自分の心が喜んでます。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

――グループを卒業してから、踊りたいとか歌いたいとか、体が疼くことはないですか?

衛藤  歌番組に乃木坂46が出ているのを観ると、新しい曲の振りを知らないのがもどかしいです(笑)。今までの曲だったら踊れたのに……と思いながら、「でも良い歌だな」って、みんなのことをいつも勝手に見守ってます。

――アイドル活動で培ってきたものが、今、女優業に役立っている面もありますか?

衛藤  太賀さんと一緒に取材を受けたとき、「すごく瞬発力のある方だと思った」と言っていただけました。アイドルはいろいろなことをやるじゃないですか。朝はモデル、昼は舞台の稽古、夜は歌って踊る……みたいな日々を送ってきたので、切り替えは自然と培われてきたのかな。「これをやって」と言われたら、臨機応変にできる。そういう意味で言ってくださったみたいで、私には普通のことでも、周りから「瞬発力がある」と見てもらえるのは嬉しいです。

――特に乃木坂46クラスの超人気グループとなると、スケジュール的にもタイトな中で、いろいろなことをこなしていたでしょうから。ダンスを数時間で覚えるとか……。

衛藤  演技は監督に言われたことを瞬時に読み取って、自分のフィルターを通して出すものだと思うんです。役者さん1本でやってきた方に比べたら、深さは到底及ばないとしても、握手会でファンの方と触れ合ったり、モデルやグラビアだったり、8年間でいろいろ経験させてもらったことは、武器になっているのかもしれません。「あれだけやってきた」という自信もあります。

――これからさらに女優として飛躍するために、必要だと思うことは何ですか?

衛藤  もう課題だらけです。女優として、まだまだ駆け出しですし。今回は監督さんや太賀さんを始め、個人的にずっと好きでサントラアルバムも持っている音楽の高木正勝さん、乃木坂46を応援してくれて「『乃木坂工事中』のあの回が面白かった」と話してくれた村上淳さん、お母さん役だった河瀬直美さんとか、たくさんの方に支えていただきました。言葉で説明されるより、現場で肌で感じた財産が大きかったです。そういう作品にまた携わらせていただけたらと思います。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

Profile

衛藤美彩(えとう みさ)

1993年1月4日生まれ。大分県出身。

2011年8月に乃木坂46の1期生オーディションに合格。2019年3月に卒業。舞台『三人姉妹』、『笑う男 The Eternal Love -永遠の愛-』などに出演。初主演映画『静かな雨』が2月7日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー。フォトブック『Decision』が発売中。『美人百花』レギュラーモデル。

映画『静かな雨』より
映画『静かな雨』より

『静かな雨』公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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