日本人レフリーが初めてスーパーラグビーの舞台に立った! 麻生氏が2019年W杯の主審を目指す

レフリーとして日本人初の快挙だった。

5月23日、ラグビー日本代表で活躍するHO堀江翔太(パナソニック/オーストラリア・レベルズ)とSH田中史朗(パナソニック/ニュージーランド・ハイランダーズ)に続いて、日本人レフリーがスーパーラグビーの舞台に立った。

日本ラグビー協会A級レブリーの麻生彰久氏(37)がニュージーランド(NZ)のノースショアで行われたスーパーラグビーのブルーズ対シャークス戦でアシスタントレフェリー(AR)を務めた。スーパーラグビーはNZ、オーストラリア、南アフリカ各5チームの計15チームからなる世界最高峰のプロリーグだ。

「現在、日本人選手がスーパーラグビーで活躍し、スーパーラグビーの経験がある多くの外国人選手が日本でプレーしています。外国人の指導者も増えている中、私たち日本のレフリーの責任も増しており、世界で通用するグローバルスタンダードを国内の試合で示していかなければなりません。そのためにも今回の選出を世界へのステップと捉え、さらに精進していく所存です」(麻生レフリー)

※麻生レフリーがARを務めたスーパーラグビーの試合の映像

http://www.stuff.co.nz/sport/rugby/video/10078992/Sharks-sink-teeth-into-Blues

海外派遣制度などでレフリングの腕を磨いた

大分県の教員だった麻生レフリーは、2005年に日本ラグビー協会の「レフリー・アカデミー」1期生の5人のうちの1人に選出(他の4人は大槻卓レフリー、久保修平レフリー、清水塁レフリー、田中利昇レフリー)。その年からオーストラリアに留学し、2009年からは麻生レフリーは、コカ・コーラウエスト(現コカコーラ)のチーム付きのレフリーとしてトップリーグの舞台などで研鑽を積んだ。

日本ラグビー協会としても年に4回ほど研修会を行い、地域によって曜日は違うが、週に一度集まり「ミーティング」をし、レフリングの向上に努めてきた。ただ、「世界で戦うためには世界に行くしかない」(日本ラグビー協会審判委員長の岸川剛之氏)ということで、IRB(国際ラグビーボード)と協力し、海外に半年間ほど海外に派遣するトップレフリー海外派遣制度というプログラムも始めた。

その派遣制度により麻生氏は2010年、2012~14年にNZ協会のエリートレフリー強化プログラムに参加し、セブンズワールドシリーズやNZ国内のプロリーグで「州代表選手権」とも呼ばれるITM杯に日本人として初めて選出されるなど実戦を経験。その結果として、今回のスーパーラグビーのARに選出されたというわけだ。

2019年日本開催のラグビーW杯で主審を目指す!

実は、麻生レフリーのスーパーラグビーのAR選出は2015年ワールドカップ(W杯)、2019年W杯への大きな一歩である。

日本人もレフリーが、過去に3人のレフリーがW杯の舞台に立っていることをご存じだろうか。1995年W杯で斎藤直樹氏が唯一主審を、1991年W杯では八木宏器氏、1999年W杯では岩下眞一氏が線審(現在はアシスタントレフリー)を務めた。しかし、2003年大会以降、日本人レフリーはW杯のピッチに立つことができていない……。

「何とかして2019年日本開催のWに日本人主審を輩出したい」という岸川委員長はいう。

「2015年W杯の主審は、まだ発表されていませんが、IRB内ではほとんど決まっているのが現状です。スーパーラグビーかハイネケンカップ(欧州クラブ王者決定戦)で主審を務めないとIRBのパネル(公認)レフリーにはなれず、そうしないとW杯での主審は難しい。麻生レフリーには2015年W杯ではAR、2019年W杯には主審を目指してほしい」

麻生レフリーは7月までスーパーラグビーのARを務め、その後は、昨シーズンに続いてITM杯のレフリーを務める予定だ。

昨年、麻生レフリーは、心臓移植の手術をした修希くんを4歳という若さで亡くした。彼の持つ笛には「SHUKI」という文字が刻まれている。「2019年に日本で開催されるラグビーW杯成功のためには、選手はもちろん、私たちレフリーも力をつけていかなくてはなりません」という麻生レフリーは、息子の名前が刻印された笛とともに、2015年W杯、そして2019年W杯という檜舞台を目指す。