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「スパイダーバース」と僕の作品で、ハリウッドアニメの潮流に変化も…と期待する「タートルズ」監督

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2023年のコミコンで。ジェフ・ロウ監督(写真:REX/アフロ)

日本でも公開が始まった『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』。80年代から人気のキャラクターでこれまでもアニメ版、実写版と映画も数多く作られてきた。その最新作ではあるが、今回の評判は、ちょっと別格。映画批評サイトのロッテントマトでも、批評家が96%、観客が90%の満足と、このシリーズとしては、いや、シンプルに一本の映画として異様に高い数字を打ち出したのだ。

基本的にタートルズの作品はファミリー向け、若者向けのエンタメ要素が強いので、ふだん批評家からは辛口の評価を受ける。その数字がこれだけ伸びたという事実は、ちょっと意外。

過去のタートルズ映画は直近の2016年の『ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影<シャドウズ>』が37%、その前の2014年の『ミュータント・タートルズ』が21%、それ以前の90年代の作品も19〜35%と、ロッテントマトの批評家の数字は極めて低調。そもそも批評家の評価を求める作品でもなかった。

タートルズの劇場公開作品は過去に実写が5本で、アニメが1本(TV版アニメは1980年代から多数製作)。今回は2007年の『ミュータント・タートルズ –TMNT-』以来、2本目の劇場公開アニメ作品だが、なぜここまで高評価なのか? それは素直に観ていて「カッコいい」と感じられるからだろう。

まず映像。タートルズのキャラはティーンエイジャー=10代という年齢設定。今回はアニメーションのタッチに、そんなティーンエイジャーっぽさが強調される。ストリートアート、ノートの隅に描く落書きのようなテイストが充満。しかもシーンによってアニメのタッチが変化したり、実写が一部入り込んできたり……と、その遊び心に感動してしまう。このあたり、やはり今年のアニメの大ヒット作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』に近い感覚だ。同作はマルチバースという設定で、バースによってアニメのタッチを変化させ、表現の多様さで楽しませたが、この『ミュータント・タートルズ〜』は、ひとつの世界の中で微妙にタッチを変えるスタイルがカッコよく感じられるのである。

これは監督のセンスなのだろうか。『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』のジェフ・ロウ監督は、前作の『ミッチェル家とマシンの反乱』が、初監督作ながらアカデミー賞長編アニメーション賞にノミネート。その『ミッチェル家』は“いかにも”なCGアニメのタッチではあった。今回のタートルズ映画や『スパイダーバース』は、ハリウッドアニメのひとつの流行を作り出しているのか。そのあたりをロウ監督に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「たしかに、ハリウッドのアニメーションは新しい時代に突入した気がします。『スパイダーバース』の成功によって、多くのスタジオが今までとは違うルック、斬新なセンスやストーリーの作品にチャンスを与えるようになってきました。賭けに出やすい空気ですね。以前と同じようなアニメ作品は急速に時代遅れになって、観客も面白く感じなくなるのではないでしょうか」

『ミッチェル家』を作った際には、そんな「賭け」にも出られなかったというジェフ・ロウ監督。

「『ミッチェル家』は初監督だったので、僕と共同監督のマイク・リアンダは、恐る恐るアプローチした感じ。オーソドックスなアニメーションの魅力から踏み外せなかったのでしょう。その反動もあって今回は一切の妥協をせず、過去に観たことのないほどクールな作品に仕上げようとしました。『スパイダーバース』も公開前でしたが、どんな映像なのかも知っていて、この路線を貫こうと自信になりました。大人になりきれないティーンエイジャーの未熟な部分を、映像のセンスで感じさせたい。そこが一番の目標でしたけど」

そしてもうひとつ、『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』をクールな作品に導いた要素が、音楽である。

サウンドトラックには、ちょっぴりノスタルジックな80年代、90年代のヒップホップも使われるが、それに加えてオリジナルのスコアを提供したのが、あのトレント・レズナーアッティカス・ロスのコンビなのである。この2人といえばナイン・インチ・ネイルズのメンバーで、映画では『ソーシャル・ネットワーク』から『ドラゴン・タトゥーの女』『ゴーン・ガール』『Mank/マンク』までデヴィッド・フィンチャー作品に曲を提供したことで知られる。その他に関わった映画も「先端的」「洗練」「実験的」といった形容がふさわしいものばかり。もちろんアニメ作品は未経験。そんな彼らがタートルズのアニメに曲を提供したのは意外だが、その音楽が明らかに作品にカッコよさを与えているのだ。

ジェフ・ロウ監督も2人との仕事を次のように振り返る。

「まず僕が好きなヒップホップを何曲かセレクトしました。そのうえで映画音楽の作曲家として心酔するトレントとアッティカスを第一候補に、ダメ元でオファーしてみたのです。絶対に断られると確信して……。そうしたら、まさかの快諾の返事が(笑)。そこで未完成バージョンの映像をいくつか観てもらい、ティーンエイジャーが演奏するガレージロックのイメージを伝えました。彼らは『オッケー!』みたいな感じで、ちょっと時間を空けて戻ってくると、イメージどおりの曲を奏で始めました。その後、使用が決まっていたヒップホップの曲に、ビートやドライブ感を合わせてもらい、最終的に完成したスコアに、僕とセス(・ローゲン。本作のプロデューサー)は『今まで聴いた曲の中で最高クールじゃないか!』と歓喜したのです」

映画を観終わった後、トレント・レズナーとアッティカス・ロスのスコアが脳内でリフレインしてしまう人も多いはず。そしてカメラワークや色使いに関して、ジェフ・ロウ監督が意識した作品として、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』、鈴木清順監督の『東京流れ者』、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』、他にもポール・トーマス・アンダーソンアルフォンソ・キュアロン、「ゴジラ」などを挙げ、実写作品のアプローチに近かったことを告白する。劇中での『フェリスはある朝突然に』の使われ方も含め、アニメーションと実写のハイブリッドを目指してもいるようで、だからこそ『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』は独特の、クールな映画体験となるのである。

『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』  

9月22日(金)公開

(c) 2023 PARAMOUNT PICTURES.TEENAGE MUTANT NINJA TURTLES IS A TRADEMARK OF VIACOM INTERNATIONAL INC.

配給: 東和ピクチャーズ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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