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「美女と野獣」124億円「アラジン」121億円で「リトル・マーメイド」は日本でどこまでヒット?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『リトル・マーメイド』ロンドンのプレミアに出席したアリエル役のハリー・ベイリー(写真:REX/アフロ)

6/9に日本での公開が迫る『リトル・マーメイド』は、いろいろな理由でその成績や評価が注目されそうだ。

2023年に入っても、『THE FIRST SLAM DUNK』が141億円、『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』が111.1億円、そして『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が80.4億円ながら100億円突破は確定的と、メガヒットの基準である100億円達成はアニメ作品ばかり。

2022年も『ONE PIECE FILM RED』(197億円)、『すずめの戸締まり』(146.6億円)、『劇場版 呪術廻戦 0』(138億円)と続き、かろうじて『トップガン マーヴェリック』(136.9億円)だけが実写映画として滑り込む結果になった。

2023年はこの後も宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』などが公開を控えるが、では実写で100億円超えの可能性はないのか? その「ポテンシャル」を秘めるのが、『リトル・マーメイド』だと言える。同様のパターンが大成功を収めているからだ。

その前例とは『美女と野獣』と『アラジン』で、2017年公開の前者は日本での興行収入が124億円で年間1位。そして2019年の後者は121.6億円で年間3位。ともにディズニーの大人気アニメの実写化ということで、『リトル・マーメイド』も同じ条件だ。

ディズニーの名作アニメ実写化といえば、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年/111億円)、『マレフィセント』(2014年/65.4億円)、『シンデレラ』(2015年/57.3億円)、『ジャングル・ブック』(2016年/22.1億円)、『ダンボ』(2019年/10億円)、『ライオン・キング』(2019年/66.7億円)など全体に高成績ではあるが、やはり『美女と野獣』と『アラジン』の数字は抜きん出ている。この2作と『リトル・マーメイド』の共通点は、ディズニーアニメの「第2次黄金期(ディズニー・ルネサンスとも呼ばれる)」を初期に形成した作品ということ。

1937年の『白雪姫』に始まり、『ピノキオ』『ファンタジア』『ダンボ』『シンデレラ』など1950年代まで傑作を次々と送り出したのが、ディズニーアニメの第1次黄金期。それらの作品は「クラシック」として語り継がれているが、1970〜80年代は作品が低迷。再び浮上のきっかけとなったのが、1989年公開の『リトル・マーメイド』だった。そこから1991年の『美女と野獣』、1992年の『アラジン』、1994年の『ライオン・キング』と名作が連鎖的に誕生していく。

これら人気作品はミュージカルの要素も濃厚で、映画から舞台化され、日本でも劇団四季の上演によって、作品人気の裾野を広げた。曲の魅力も定着し、さまざまなスタイルで聴き継がれている。結果的に『美女と野獣』と『アラジン』は実写映画化されて特大ヒットにつながった。『ライオン・キング』も同じパターンとして実写化されたが、実写とはいっても動物が主人公なのでCG映像がメイン。アニメと違って実写風の動物に共感させるのは難しく、オリジナル版や舞台版の人気、音楽の力だけで100億円のハードルは高すぎた。

そして満を持しての『リトル・マーメイド』実写化である。作品自体の人気は『美女と野獣』や『アラジン』に引けを取らない。音楽を手がけたのも3作ともアラン・メンケンで、そのすべてでアカデミー賞作曲賞と主題歌賞に輝いている。とはいえ『リトル・マーメイド』はメインの舞台が海の中であるうえ、人間以外のキャラクターも多数、重要な役割を果たすことから、実写化のハードルは高かった。ゆえに時間もかかったと推測される。

そして時間がかかったことで、大きなチャレンジも生まれた。近年のハリウッドの流れである「多様性」が意識され、『リトル・マーメイド』実写版のヒロイン、アリエルに黒人のハリー・ベイリーが抜擢されたのだ。シンガーとしての実績と人気が買われたわけだが、このキャスティングは賛否両論、波紋も呼ぶ。やはりオリジナルの人気があればあるほど、実写バーションに“忠実さ”を求める人も多い。その点、『アラジン』は主人公2人、アラジンとジャスミンに、メナ・マスード、ナオミ・スコットという、知名度よりも「オリジナルのイメージ重視」を感じさせるキャスティングだった。そうした過去の成功例もあって、アニメのアリエル、その髪や肌の色にこだわるファンは、ハリー・ベイリーの配役への不満もあらわにした。

とくに日本での反応で顕著なのは、「こうしたキャスティングに不満はない。しかしそれをやるなら新しい作品、新しいキャラクターを作ればいい」というもの。

一方で冷静に考えれば、アリエルは海の世界で暮らすマーメイド(人魚)であり、アニメ版の髪や肌の色を忠実に再現する必要もないのだが……。

しかし映画としての仕上がりには期待がもてそうだ。監督は『シカゴ』でアカデミー賞を受賞し、『NINE』『イントゥ・ザ・ウッズ』『メリー・ポピンズ リターンズ』と、ミュージカル映画を撮らせたら、右に出る者はいないロブ・マーシャル。すでにプレミアが行われたアメリカでは、ハリー・ベイリーの歌声に絶賛が集まっている。

アメリカでは日本より2週間早い今週末、5/26に『リトル・マーメイド』が公開される。そこでの反応、また興行成績によって「受け入れられ方」がわかるかもしれない。

今から30年以上前に生まれた名作。その輝きに新たなスタイルでもう一度、浸りたいと感じている人が劇場に足を運べば、その数で興行収入100億円に結びつくはずだ。アニメやコミックの実写化では大なり小なり、このような不満意見が目につくが、お披露目されればその不満が抑え込まれるパターンもよくある。「今回の実写は、ちょっと…」と思っている人にも「やっぱり観てみたい」と喚起させる実写版『リトル・マーメイド』の魅力が、どこまで広がるかに注目したい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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