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『カッコーの巣の上で』ルイーズ・フレッチャー死去。そのスピーチはアカデミー賞の歴史に残る感動だった

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(写真:Shutterstock/アフロ)

1975年の『カッコーの巣の上で』でラチェッド看護師長を演じ、アカデミー賞主演女優賞を受賞したルイーズ・フレッチャーが、9/23(現地時間)、フランスの自宅で亡くなったというニュースが流れた。88歳。

『カッコーの巣の上で』はアカデミー賞でも作品賞、監督賞(ミロス・フォアマン)、主演男優賞(ジャック・ニコルソン)、主演女優賞、そして脚色賞という主要5部門を総ナメにした名作である。この主要5部門受賞は41年ぶりの快挙で、その後、1991年の『羊たちの沈黙』が続くことになる。

同時にフレッチャーのラチェッド役は、AFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)が選ぶ、映画史上の悪役の第5位に選ばれている。つまり観客から恐れられ、憎まれる役にもかかわらず、フレッチャーが繊細な表現も含め、観る者の心を鷲掴みにする演技を披露したわけだ。

憎々しいほどの強権ぶり、病棟の患者たちに鬼のごとく冷酷に徹する態度……。ラチェッド役のイメージを、多くの人は演じたルイーズ・フレッチャー本人と重ねてしまった。

しかしアカデミー賞の授賞式で、そのイメージは大きく覆されることになる。

オスカー像を手にしたフレッチャーは、スピーチで「受賞できたのは、皆さんが私を憎んでくれたから」とユーモアを交えながら、率直に喜びを表現。そして最後の最後に、聴覚障がいの両親に向けて手話で語りかけた。

お父さん、お母さん、あなたたちは私に夢をもつことの大切さを教えてくれました。そして今、その夢がかないました

涙をこらえながらの彼女の手話スピーチは、アカデミー賞の長い歴史の中でも最も感動的瞬間のひとつとして語り継がれている。

ルイーズ・フレッチャーは、コーダである。今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』の主人公のように、自身は聴者ながら、聴覚障がいの両親の下に生まれた子供だ。今年のアカデミー賞では『コーダ』で助演男優賞に輝いたトロイ・コッツァーの手話のスピーチも話題になったが、半世紀近くも前に、ルイーズ・フレッチャーはアカデミー賞で手話のスピーチを披露していたのだ。

『カッコーの巣の上で』のラチェッド役は、当時、アン・バンクロフト、ジェーン・フォンダなど多くの実力派スターがオファーを辞退し、たまたまフレッチャーの演技を観たミロス・フォアマン監督が抜擢したという。

ただ、オスカーを受賞した後、ルイーズ・フレッチャーのキャリアが華々しく開けたわけではなく、ラチャッド看護師のような役がいくつもオファーされる憂き目にも遭ったようだ。

俳優としては『ブレインストーム』など数々の映画、「ER緊急救命室」や「HEROES」のようなドラマでキャリアを重ねたフレッチャーだが、残念ながら『カッコーの巣の上で』以外の「これぞ」という代表作は生まれなかった。

それでも一本だけでも、ひとつの役だけでも、ルイーズ・フレッチャーは、映画史に残る最高の俳優として、これからも永遠に人々の記憶に刻まれることだろう。

『カッコーの巣の上で』の公開直後、ジャック・ニコルソンとルイーズ・フレッチャー
『カッコーの巣の上で』の公開直後、ジャック・ニコルソンとルイーズ・フレッチャー写真:REX/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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