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グラフが示す「トップガン マーヴェリック」のヒット曲線、いちばん近いのは「ボヘミアン」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
マーヴェリックの飛行はどこまで続くのか……

『トップガン マーヴェリック』が5/27の公開以来、大ヒットを続けている。公開3ヶ月となる8/22で、興行収入は116億円を突破(8/25時点)。驚くのは、前週から約5億円のプラス。週末の土日は、なんと前週の土日を上回る成績を残しているのだ。つまりここへ来て、観客が“微増”しているのである。3ヶ月も経って、このような現象が起こるのは異例である。

『トップガン マーヴェリック』のように興収100億円を超える作品は、一年にごくわずか。しかし、その数字の積み重ね方は作品によって異なる。

特大ヒットを狙う映画は、基本的に「初動」が重要である。公開週の週末にどれだけ観客が集まるか。その観客数を予感/期待し、シネコンでのスクリーン数も多く割り当てることで、爆発的なロケットスタートが導かれる。そして、大ヒットのニュースが流れることで「早く観に行きたい」という観客の欲望を刺激し、2週目、3週目も勢いを保つ好循環が生まれる。

この2〜3週の勢いによって、興収100億円、またはそれ以上の数字を目指せることがわかれば、さらなる宣伝が投下されたりして、勢いを加速させるのだが、さすがに2ヶ月くらいすれば大きなアップはなく、落ち着いた状況でゆっくり数字を伸ばすことになる。

数字的に特例レベルだった『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は別として、ここ数年のこうした興収100億円以上の作品の推移をグラフにすると、ロケットスタートの作品、ゆっくりと支持を広げる作品など、その違いが明らかになってくる。

画像制作:Yahoo! JAPAN
画像制作:Yahoo! JAPAN

強力なスタートダッシュをみせたのは『劇場版 呪術廻戦 0』だが、『アナと雪の女王2』『アラジン』も含めた3作が、似たような曲線を描いている。これらはある程度、大ヒットが確約されていた作品だと言えそう。初週から5〜6週目あたりまで急速に伸び、そこから数字の伸びは落ち着きを見せる。「公開されたらすぐに観たい」と、作品を待ち望んでいた人の総数が多かったことの証明であり、3作とも公開5週目あたりで100億円到達を確定的にした。(ちなみに現在、大ヒット中の『ONE PIECE FILM RED』は、『呪術廻戦』以上に急角度の線で4週目の前に100億円到達)

同じように初週〜2週目に一気の勢いをみせたのが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。1週目で、6作中、最高の数字を記録したのは、他の作品が金曜日公開(3日分集計)だったのに対し、『シン・エヴァ』は月曜日公開だったから。初日の熱狂プラス、その週末までの好成績(7日分)が反映されている。しかし前述の3作に比べて、『シン・エヴァ』は早めに安定曲線に突入。前述3作と比べ、ファン層がコアなために、公開後しばらく、100億円という数字は難しいと言われていた。にもかかわらず、安定曲線に入ってからの堅調が長く、『シン・エヴァ』はなんと14週目で動員ランキング1位に“復活”という奇跡をやってのけた。入場者プレゼントや、一部カット差し替えバージョンの公開が要因だが、このような効果で、独自の100億円達成までの曲線が描かれた。

そして最も独特のヒット曲線をみせたのが、『ボヘミアン・ラプソディ』である。グラフでわかるとおり、公開10週目くらいまでほぼ美しい直線。初週の数字(5億円弱)から考えると、100億円到達なんて夢のまた夢だった『ボヘミアン』。似た作品のパターンだと、初週がほぼ同数字だった『グレイテスト・ショーマン』が最終興収53億円だったので、そのあたりが目標になっていた。

しかし『ボヘミアン』は、まったく息切れしない状態で、グラフの45度が示すように100億円まで一直線で、これこそ異例中の異例パターン。後半に差し掛かっても、アカデミー賞など話題が途切れず、最終興収131.1億円へと到達した。

その『ボヘミアン』にいちばん近いヒット曲線が『トップガン マーヴェリック』である。初週〜2週目こそ、『呪術廻戦』など3作に近いものの、そこからの緩やかで粘り強い興行が、『ボヘミアン』に近いグラフ線で示された。

クライマックスのライブ・エイドは、何度観ても魂が揺さぶられる。
クライマックスのライブ・エイドは、何度観ても魂が揺さぶられる。写真:Splash/アフロ

『マーヴェリック』と『ボヘミアン』のヒットには、いくつもの要因が重なる。

★作品自体の観客の反応が絶大で、なおかつポジティブ

★80年代の『トップガン』、70〜80年代のクイーンと、ノスタルジーとともにハートを射抜かれた中高年世代が多数いた

★その世代が、自身の子供たちや若い世代に魅力を伝え、一緒に楽しむケースもあった

★何度観ても興奮と感動が衰えず、リピートしたくなる中毒性

劇場のスクリーンでこその体験

★さまざまなバージョンでの鑑賞(『マーヴェリック』はIMAXや4DX、吹替、『ボヘミアン』は応援上映など)

『マーヴェリック』に関しては、先日のニュース84回も観たという人が報じられたし、『ボヘミアン』も公開時に「週1回のルーティーンになっている」「15回までは数えたが、その後は忘れた」などと、リピート鑑賞についてのSNSコメントが多数溢れていた。同一人物が何回観たか、その数は正確には集計できないものの、『呪術廻戦』『アラジン』『アナ雪2』ではここまでのヘビーリピーターはいなかったか、いたとしてもごくわずかだったはず。『シン・エヴァ』でも「2〜3回観た」は多数、「10回」という書き込みが確認できた程度だ。

『ボヘミアン・ラプソディ』は結局、ブルーレイ/DVDが発売される、2019年4月17日の直前まで、メイン館での興行を22週間続けた(その後もいくつかの映画館で上映続行)。『トップガン マーヴェリック』のブルーレイ/DVDは、アメリカでは11月1日に発売されることが発表されたが、日本版の発売日は未定。劇場公開は日米同時だったので、こちらもおそらくアメリカと同じ時期だと予想される。そうなると直前の週まで劇場で上映されたら、『ボヘミアン』と同じく22週となる。

現在、興収116億円。さすがに『マーヴェリック』の人気が10月までキープされるかどうかは微妙だが、劇場鑑賞の人気が衰えなければ……

『ボヘミアン・ラプソディ』131.1億円

『劇場版 呪術廻戦 0』137.5億円(今年度の現時点ナンバーワン

『ラスト サムライ』137億円(トム・クルーズ作品の日本最高

に近づき、上回る可能性も出てくる。まだしばらく『トップガン マーヴェリック』の話題は収まりそうもない。

メイン画像:(C) 2021 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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