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【泣ける秘話】亡き母へ思いを込めて歌った曲で、エルヴィス役をつかむ。そして奇跡のパフォーマンスへ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
カンヌ国際映画祭でのオースティン・バトラー(写真:ロイター/アフロ)

『ボヘミアン・ラプソディ』でラミ・マレックがフレディ・マーキュリーになりきり、クイーンのファンを歓喜・感動させたのは記憶に新しいが、伝説の復活という意味で、さらに高いハードルに挑み、そして信じがたいパフォーマンスを見せているのが『エルヴィス』(7/1公開)のオースティン・バトラーだ。

ソロアーティストとして世界で最高の売上を記録し、カリスマ中のカリスマともいえるエルヴィス・プレスリー。42歳で亡くなるまでを、ターニングポイントとなったステージ、TVショーも盛り込んで劇的に描いていく映画『エルヴィス』は、今年のカンヌ国際映画祭でお披露目され、なんと12分にもおよぶスタンディングオベーションを受けた。これは今年最長だけでなく、75回を重ねる同映画祭でも史上最長だという。この拍手が、エルヴィスを演じたオースティン・バトラーにも贈られたわけだ。

改めて断言したいが、このオースティンによるエルヴィスの楽曲パフォーマンスは、映画史に残ると言っても過言ではない。なぜエルヴィス・プレスリーが人々を熱狂させたのか。その反骨心と、生き急いだ人生が、どのようにパフォーマンスに反映されたか。それをオースティンは、自身の歌声と動きで完璧に表現。リアルタイムで知らない人にも、カリスマとは、どんな人物か、そして天才ミュージシャンとは、どういうものなのか、強烈にアピールすることに成功している。

観客が舞台に駆け寄るほどの熱狂のステージが見事に再現される
観客が舞台に駆け寄るほどの熱狂のステージが見事に再現される

もともと歌手としての実績もあったオースティン・バトラー。しかしエルヴィス・プレスリーという大役には、相当のプレッシャーがかかったはず。役をつかむきっかけを聞いたところ、最初は自らの強い意思ではなかったと、意外な答えが返ってきた。

「2018年のクリスマスの頃に友人とLAの街を車で走っていたら、たまたまエルヴィスのクリスマスソングが流れてきたんです。そうしたら友人が僕に『いつかエルヴィスを演じられたらいいね』なんて言ってきました。その時はまだ、エルヴィスの映画が作られる話を知りませんでした。

 数週間後、その友人の前でピアノの弾き語りをしていたら、やはり彼に『なんとか権利を取ってでも、絶対にエルヴィス役をやってくれ』と力説されました。その直後に、バズ・ラーマン監督が映画を撮ると知り、これは運命だと名乗りを上げることにしたのです」

その「運命」のつながりは、もうひとつ。祖母がエルヴィスの大ファンで、子供時代から彼の音楽や主演映画に親しんできたというオースティンだが、エルヴィスの人生までは詳しく知らなかった。映画の出演をめざし、リサーチを始めた彼は、ある偶然に気づく。

「エルヴィスが23歳の時、母親がこの世を去った事実を知りました。じつは僕も同じ23歳で母を亡くしているのです。ここでも何かの運命を感じましたね」

そしてオースティンはバズ・ラーマン監督ら製作陣に、エルヴィスの曲を歌ったビデオを送ることになる。最初に選んだのが「ラブ・ミー・テンダー」という、エルヴィスの代表曲。ある意味、オーソドックスな選択。しかし録画を見たオースティンは「どうも、ただのモノマネみたいで、これでは送れない」と納得しなかった。結局、送ると決めた曲は「アンチェインド・メロディ」。あの『ゴースト/ニューヨークの幻』のテーマソングとして使われた曲だ。1955年に作られ、最も有名なのは同映画でも流れたライチャス・ブラザーズのバージョン。エルヴィスもこの曲を、死の直前に何度か好んで歌い、死後にシングルとして発売された。

その「アンチェインド・メロディ」を、オースティンがオーディションテープ用に選んだ理由が泣ける。

「ある朝、僕は悪夢にうなされて目を覚ましました。(まだ生きている)母が死にそうになる夢です。めちゃくちゃ気が滅入ったのですが、その気持ちを何かにぶつけたくてピアノに向かいました。そこで歌いたくなったのが『アンチェインド・メロディ』。あの歌詞は恋愛を歌ったものですが、僕は母への深い思い、そして喪失感を込めて歌い、それを録画したのです。エルヴィスに寄せようなんて考えは一切なくて、ただ溢れ出る感情を音楽に注ぎ込む。そんな状況で録ったビデオを送ることにしました」

「アンチェインド・メロディ」の歌詞は……

“僕の愛する人

あなたの温もりが懐かしい

長く孤独な時間が

ゆっくり過ぎていく

まだあなたは僕のものですか?

心からその愛が欲しい“ (筆者訳)

このオースティンの「アンチェインド・メロディ」を聴いたことで、バズ・ラーマン監督の意思は固まったようで、そこから役作り、撮影に向けての監督とオースティンの長い準備が始まることになる。

映画『エルヴィス』には、もちろん「アンチェインド・メロディ」のシーンが存在する。このオースティン・バトラーのキャスティング秘話とともに観れば、エルヴィス・プレスリーと演じた俳優の人生が奇跡のように重なり、感動に打ち震えるのは間違いない。

『エルヴィス』

7月1日(金)ROADSHOW

配給:ワーナー・ブラザース映画

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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