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北朝鮮の強制収容所。衝撃事実とアニメの融合に驚きを禁じ得ない『トゥルーノース』上映【東京国際映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト

新型コロナウイルスによって、2020年は世界各国の映画祭が規模を縮小したり、オンラインをメインにしたりと、開催方法をことごとく変更。そんな状況の中、第33回東京国際映画祭は、ほぼ例年に近いスタイルで10/31から開催されている。当然のことながら、海外からのゲストはほぼ皆無で、Q&Aはオンラインも駆使することになったのだが、例年に劣らぬ作品数でラインナップを組み、しかもコロナ対策をとって(この対策にはいくつか異論も出ているが)劇場に観客を100%入れての上映を実施。本来なら多数のゲストが話題になる特別招待作品あたりはやや地味なラインナップという気もするが、コロナ禍でこれだけの規模で開催できたことに、映画ファンは満足していることだろう。

ただ、これも例年に近い印象なのだが、いくつか観ていると、映画本来の魅力である「楽しさ」を感じられる作品が少ない。もちろん「映画祭」なので、王道のエンタメではなく、ふだん劇場で観られない作品、つまり世界の「今」を伝えるテーマや、社会派的側面が強いものが中心になるのは、よくわかる。ただこうして毎年、心がワクワクする瞬間を求めて参加しているが、その欲求が叶えられるケースが、あまり多くないのは事実。毎年、印象に残るのは、作家性が強かったり、知られざる事実を伝えたりする作品で、まぁその意味では満足しているのだが……。

ふとよぎる、『この世界の片隅に』にも似た感触

今年の第33回で、強烈なインパクトを放っていた作品に『トゥルーノース』がある。北朝鮮の強制収容所を描いているので、もちろん「楽しい」作品ではない。しかしその表現方法は3Dアニメーション。いろいろな意味で、他の作品とは一線を画すとは予想していたが、その予想以上に忘れがたい印象を与える作品になっていた。

強制収容所に入れられた子供たちの、あきらめの表情とやせ細った身体が、3Dだがアナログ感覚のアニメによって想定外の心のざわめきをもたらす。
強制収容所に入れられた子供たちの、あきらめの表情とやせ細った身体が、3Dだがアナログ感覚のアニメによって想定外の心のざわめきをもたらす。

金正日体制の下で父親が政治犯の疑いで拘束され、母と2人の子供(兄妹)が強制収容所に送られる。この一家は在日朝鮮人の帰還事業で、日本から北朝鮮に渡っていた。兄のヨハンを中心に、収容所に囚われた人たちの運命が描かれるのだが、これがもう、目を覆うような地獄の日々なのである。しかしこの悲劇を、アニメーションで描いたことに、今作の成功の要因があると感じる。やや極論だが、『火垂るの墓』や『この世界の片隅に』に通じる“感触”も備わっているるのだ。しかも映像のテイストは、折り紙で作ったようなテクスチャーが中心なので、地獄の日々をワンクッションおいて、どこか懐かしくホッコリする感触とともに、冷静に見つめられる絶妙な効果を果たす。ここは、アニメ作品として極めて新しいセンスかもしれない。

映画は、この強制収容所から脱出し、国外へ逃れた証言者の語りによって始まる。清水ハン栄治監督は、収容体験をもつ脱北者に話を聞いて、10年の歳月をかけてこの物語を練り上げた。東京国際映画祭(TIFF)のオンラインでのトークサロンで監督は次のように語った。

「(僕が聞いた)悲惨な話をそのまま作ったら、ホラー映画になってしまっただろう。基本的な悲劇を変えずに、収容所で生きる人たちの人間性、友情やロマンスをひとつの物語にすることに苦労した」

基本的に悲劇なのだが、たしかに劇中には温かなエピソードも多く、あの「愛の不時着」が脳裏をかすめるユーモアもあったりする。

そしてアニメという表現にした理由を監督は

「リアリティを重視すると、収容所の悲劇がエグすぎてしまうので、アニメによって悲惨さから距離をおくことができた」

とも語る。

実感する、インドネシアのアニメスタジオのレベル

注目すべきは、この『トゥルーノース』が、日本とインドネシアの合作という点だ。制作自体を担当したのは、インドネシアのアニメーションスタジオなのである。ここ数年、アジア各国でアニメーションスタジオが、そのクオリティを高めており、インドネシアのアニメ業界も急成長をとげ、スタジオの数も増えている。今回、リード・アニメーターを務めたアンドレイ・プラタマもTIFFトークサロンに参加。

「われわれのスタジオでは、海外から依頼を受ける仕事が多いが、今回のようにスタジオで1本の長編作品を任されるのは初めて。オファーを受けただけでサプライズだった」

と、その心境を振り返る。

在日韓国人の清水ハン栄治監督(提供/東京国際映画祭)
在日韓国人の清水ハン栄治監督(提供/東京国際映画祭)

スタジオ初の挑戦とはいえ、先に挙げた折り紙のようなテクスチャーはもちろん、背景のアート的な美しさ、そして何よりキャラクターの表情が過剰ではなく繊細に表現されているあたりに、インドネシアのアニメ業界のクオリティを実感できる。じつにすばらしい出来ばえなのだ。

この『トゥルーノース』で描かれることは、すべて真実に即しているのか? そうであるならこの作品は、北朝鮮が人権問題でさらに国際的批判を受けるうえで、ひとつの材料になるだろう。清水ハン栄治監督によると、今作の中国での上映は不可能とのことだが、欧米の各国では人権問題のトピックも相まって上映への関心が高まっているという。セリフがすべて英語というのに違和感をおぼえる人もいるかもしれないが、国際マーケットを考えれば納得がいくし、逆にどこか寓話的な印象を与えるのだ。『トゥルーノース』は、アヌシー国際アニメーション映画祭など、すでに多くのノミネート、受賞を果たしている。

そして、「アニメだったら観てみようかと、観客の裾野が広がってほしい」という清水ハン栄治監督の希望を受けて、日本では2021年に劇場公開が決まった。

『トゥルーノース』は、東京国際映画祭では会期中にあと1回、11/9(金)の最終日に上映がある。

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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