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あの「ムーミン」原作者の美しい愛の物語と名作誕生の秘話が映画に。【トロント国際映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ムーミンの原作者、トーベ・ヤンソン。1957年の写真。(写真:Shutterstock/アフロ)

2019年は、埼玉県飯能市に「ムーミンバレーパーク」もオープン。再びあのキャラクターが注目を集めるようになった。2020年はそのムーミンの生みの親である、フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンの物語が映画化。お披露目されたのは、9月10日に始まった第45回トロント国際映画祭だ。

どこもかしこも多くの人でいっぱいだった昨年のトロント国際映画祭。この風景はすっかり過去のものに…。(撮影/筆者)
どこもかしこも多くの人でいっぱいだった昨年のトロント国際映画祭。この風景はすっかり過去のものに…。(撮影/筆者)

カンヌ、ヴェネチア、ベルリンに次いで世界でも最大規模を誇るこの映画祭は、最高賞である観客賞(ピープルズ・チョイス・アワード)、つまり一般に愛された作品が、その後のアカデミー賞も左右するという、映画界にとっては重要なフェスティバルである。一昨年は、それまで賞レースでは無名の存在だった『グリーンブック』が、トロントの観客賞で一気にアカデミー賞作品賞まで上り詰めた。昨年は『ジョジョ・ラビット』だったが、『パラサイト 半地下の家族』もトロントの上映時は異様な観客の盛り上がりを見せていた。

そのトロント国際映画祭も2020年は規模を大幅に縮小。従来、300本以上が上映されていたが、今年は50本ほど。現地の劇場で地元の観客を対象に上映も行われているが、海外からのプレスは呼ばず、オンライン中心の開催となっている。しかし縮小されたとはいえ、トロントで上映される作品は、やはり世界の注目の的なのは間違いない。

ムーミンの原作者、トーベ・ヤンソンを主人公にした『TOVE』は、トーベの母国、フィンランドで作られた映画。トロントでは一般向けの上映はなく、プレスとインダストリー(映画会社)向けにオンライン上映された。そもそも、トーベ・ヤンソンと聞いて、その顔をイメージできる人は少ないだろうし、性別すら知らない人も多いかもしれない。トーベは女性である。

フィンランドでも有名な彫刻家の父と、画家で商業デザイナーの母の間に生まれたトーベは、自然に絵を描くようになり、自身もアーティストになるべく日々、努力を重ねていた。すでにムーミンのデッサンも描いていたのだが、父親から「そんなものは芸術じゃない。やめろ!」と当然のごとく罵倒されるのである。芸術家としての高い理想をもち、頭のかたい父親に何もかも否定され、彼女はムーミンを自分だけの世界に閉じ込めていく

映画『TOVE』は、そんな抑圧された主人公が、いくつもの出会いを通して外に目を開き、自分の描きたいものを追い求める姿をドラマチックに描いていく。最大のポイントはその「出会い」で、男性の恋人がいたトーベは、あるときヘルシンキ市長の娘で劇作家のヴィヴィカと惹かれ合い、恋におちてしまう。ヴィヴィカはトーベの独自の才能に気づき、ムーミンのキャラクターでお芝居を上演しようと試みる。その他にも、トーベの愛の運命はかなり劇的。しかも赤裸々に展開していくのだが、その合間に、たとえばニョロニョロの動きをひらめくシーン、体の小さな夫婦、トフスランとビフスランの解釈、そしてスナフキンを描く様子など、ムーミンのファンにとっては何度も感動する瞬間が訪れる。

驚くのは、トーベを演じたアルマ・ポイスティの作品の中での変貌である。世間知らずだったトーベが、自身に正直に、そして強い意志を得るようになるまでを、見事な表情の変化で表現しているのだ。

この『TOVE』は現在、日本での公開は未定だし、トロントのラインナップの中でも小さな作品。もちろん観客賞には無縁。しかし、こうした意外な掘り出し物が多いのもトロント映画祭でもある。日本ではムーミンバレーパークも話題になり、キャラクター人気も根強いので、ぜひ公開が決まることを切望したい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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