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この夏、ミュージカル映画が渋滞レベル。難しいとされてきた日本のミュージカル映画は成功するか?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
パタリロのミュージカル映画は意外にも…

ここ数年、日本の映画興行ではミュージカル映画が予想を超えたヒットにつながることが多い。2017年のトップが興収124億円の『美女と野獣』で、同年の『ラ・ラ・ランド』はアカデミー賞に絡んだとはいえ、44.2億円という大健闘の数字を記録。2018年には『グレイテスト・ショーマン』が52.2億円の大ヒット。昨年ナンバーワンの『ボヘミアン・ラプソディ』はミュージカルではないものの、要所要所に楽曲を配置した構成で、ミュージカル的なカタルシスを与える部分もあった。

さかのぼっても『レ・ミゼラブル』『アナと雪の女王』『オペラ座の怪人』など、アニメも含めたミュージカル映画は、日本では世界基準以上にヒットする可能性が高いのである。

ミュージカルとして大人気の2作が連続公開

ちなみに基本的に「ミュージカル」とは、日常描写としては“ありえない”歌やダンスが繰り広げられる、という世界。ゆえに『ボヘミアン・ラプソディ』は、楽曲シーンがリアルな日常なので「音楽映画」ということになる。

『アラジン』6月7日(金)全国公開 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン (c) 2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
『アラジン』6月7日(金)全国公開 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン (c) 2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

今年の夏は、そんなミュージカル映画がラッシュ状態になっている。間もなく(6/7)公開の『アラジン』は、オリジナルのアニメ、および舞台化作品も王道のミュージカルとして人気を得てきた。この実写版も、おなじみの曲に新たなナンバーを加えたうえで、ウィル・スミス演じるジーニーのパレードのシーンなど、見せ場はミュージカルの見本と言ってもいいゴージャス感で完成された。同じくディズニーの実写化(とはいえオールCG)である『ライオン・キング』も8/9に立て続けに公開され、こちらも劇団四季がロングランしたようにミュージカルとしての魅力は万全。ただ、リアルな動物たちが“歌って踊る”わけではないので、ミュージカルテイストは薄めになるだろう。とはいえ、エルトン・ジョンが手がけた「サークル・オブ・ライフ」「愛を感じて」などの名曲がミュージカル的感動をもたらすのは確実だ。

エルトン・ジョンもゾンビもミュージカルに

『ロケットマン』8月23日(金)全国ロードショー 配給:東和ピクチャーズ (c) 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
『ロケットマン』8月23日(金)全国ロードショー 配給:東和ピクチャーズ (c) 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

そのエルトン・ジョンの人生を描いた『ロケットマン』も8/23公開で、何かと比較される『ボヘミアン・ラプソディ』と異なり、こちらは純粋なミュージカルシーンが盛り込まれる。エルトンの曲に乗って、登場人物が踊る演出(リアル描写ではない)が何ヶ所もあるのだ。『ボヘミアン・ラプソディ』はゴールデングローブ賞でドラマ部門に入ったが、『ロケットマン』はミュージカル/コメディ部門になるのではないか。いずれにしてもミュージカル映画好きの人には、大歓迎される作りになっている。

『アナと世界の終わり』全国公開中 配給:ポニーキャニオン (c) 2017 ANNA AND THE APOCALYPSE LTD.
『アナと世界の終わり』全国公開中 配給:ポニーキャニオン (c) 2017 ANNA AND THE APOCALYPSE LTD.

そのほか現在公開中の作品に『アナと世界の終わり』という異色ミュージカルがある。何が異色かというと、学園ドラマ+ゾンビパニックという設定を、ミュージカル仕立てにしてあるから。しかもミュージカル映画としての作りは意外なほど正統派で、登場人物の気持ちが高まったところで、その思いが歌&ダンスナンバーで演出される。楽曲も、ミュージカルの王道のノリだったりする。ある意味で、ミュージカル=非日常という法則をまっすぐに貫いた作品とも言えるのだ。

なぜ日本のミュージカル映画は違和感があるのか

このようにタイトルを挙げるだけでも、今年の夏はミュージカル映画の多さがわかるが、ミュージカル映画といえば「洋画(基本的にハリウッド)」というのが、ほぼ常識。しかしその常識を覆すように、今年は日本映画でもミュージカルへの挑戦が見られる。

すでに3月には『映画 少年たち』が公開された。ジャニーズ事務所のキャストによる、同名舞台の映画化だが、作りは純然たるミュージカル。刑務所の少年たちが思いを爆発させるように歌い、踊る。残念ながら興行的に成功したとは言えないが、ジャニーズのミュージカル映画としては、1983年、少年隊の『あいつとララバイ』以来の挑戦だった。

日本映画のミュージカルが、なぜ受け入れられにくいかといえば、「ミュージカル=非日常の空間」を、親近感のある日本人や日本語の曲で見せられることの違和感が要因にあると思う。これが「舞台」なら、逆に非日常的空間として受け入れられやすい。宝塚や歌舞伎が典型例で、ジャニーズのミュージカルもその延長だろう。しかし「映画」は観客に対し、逆にリアルな空気を与える傾向があり、ミュージカルは観ていて「気恥ずかしい」と感じる人も多くなる。自分と距離感のある外国映画ならまだしも、日本映画ではその気恥ずかしさが増長されるのだ。その意味で、日本映画のミュージカルはハードルが高く、近年の周防正行監督の『舞妓はレディ』、三池崇史監督の『愛と誠』、金子修介監督の『恋に唄えば♪』などのチャレンジはあったが、どれも違和感ばかりが目立って成功とは言い難かった。

日常の延長で楽しませるか、非日常の違和感を逆手にとるか

『ダンスウィズミー』 8月16日(金) 全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 (C)2019映画「ダンスウィズミー」製作委員会
『ダンスウィズミー』 8月16日(金) 全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 (C)2019映画「ダンスウィズミー」製作委員会

その「違和感」を逆手にとって、ミュージカル映画に挑んだのが、『ウォーターボーイズ』などの矢口史靖監督。8/16公開の『ダンスウィズミー』について監督が「ミュージカルは登場人物が突然、歌って踊ることに違和感があるので、歌って踊る“必然性”のある物語を作った」と語るように、催眠術がきっかけで、音楽を聴くと勝手に踊り出すという主人公の設定になっている。必然性という点で、映画としての違和感は減るかもしれない。とはいえ、すべてがリアルではなく、主人公が踊っているうちに明らかに空想的=王道のミュージカルシーンへと発展するので、その線引きは難しい。使われるナンバーはオリジナル曲もあるが、多くは懐かしの歌謡曲も含めた有名曲。矢口監督らしいコミカルな演出もあり、結果的に気恥ずかしさが少なくなっているか、あるいは残されたかは、ぜひその目で確認してほしい。

一方で、ミュージカルの“作り物的コテコテ感”を逆手にとって強調したのが、6/28公開の『劇場版パタリロ!』である。もともと2.5次元ミュージカルとしての作品があり、それを映画化したわけだが、原作者、魔夜峰央の作ったキャラクターたちがすでに異次元なので、彼らが突然、歌い踊っても何ら違和感がない。むしろミュージカルのための原作だったと思えるほど! 日本映画のミュージカルは、この路線で作れば、一周回って観客も心から楽しめるような気にさせる。そんな意外な事実を証明する作品だ。同じく魔夜峰央の『翔んで埼玉』の大ヒットも追い風になるか……。

洋画・邦画を合わせて、これだけ公開作品が目立つ2019年のミュージカル映画だが、年明けに公開された『メリー・ポピンズ リターンズ』のように、思いのほか数字が伸びなかった作品もあり、やや飽和状態とも感じられる。このラッシュを抜け出る作品が、おそらくこれからのミュージカル映画の方向性を決めるだろう。夏のミュージカル映画の先陣を切る『アラジン』が、どれだけヒットするか? この点からも、日本における今後のミュージカル映画の需要がわかりそうだ。

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『劇場版パタリロ!』

6月28日(金)TOHOシネマズ 新宿ほか全国順次ロードショー

配給:HIGH BROW CINEMA

(c) 魔夜峰央・白泉社/劇場版「パタリロ!」製作委員会2019

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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