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「カメ止め」の後も「若おかみ」「カランコエ」と意外な、しかし健全なヒット現象が続く。次なる候補作は?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

10月第2週も週末興収ランキングのベスト10内をキープし、累計27億円超えと数字を積み重ねている『カメラを止めるな!』は、2018年映画界の一大トピックだが、同作の広がりを再現する作品も続いている。ここ1〜2週間で映画ニュースなどでも露出が増えている『若おかみは小学生!』だ。10月19日からは新たな劇場での上映、または一度終了した劇場での再上映も決まった。

最初の週末の成績だけで判断してはいけない「あるべき」流れを達成

先週末(10/12〜)にスクリーン数がかなり縮小される予定もあったが、客足が伸び続けることから、逆にキャパの大きいスクリーンで上映するシネコンも増加。新宿バルト9では最も大きいスクリーン9がほぼ満席の回も見られた。

『カメラを止めるな!』と大きく異なるのは、『若おかみ』が9月20日の初日にすでに248館という大規模公開されたこと。しかし最初の週末ではベスト10にも入らない「残念」な数字で、2週目は館数が縮小される。一方で観た人の評判が評判を呼び、SNSなど口コミで「大人も感動してしまう」と観客層を広げることになった。

その後、人気の広がりを伝えるニュースが出始め、映画評論家のレビューなども相次ぎ、週を重ねるごとに動員数を伸ばすという異例の興行になっている。実際に劇場に詰めかけているのは大人の観客が大半。後半はハンカチで目頭を押さえる観客も多く見受けられるが、たしかに映画の作りはすばらしい。あざとい描写が少なく、生と死のテーマがさりげなく込められ、人間のやさしさと少女の成長、仕事にかける情熱がじつにうまく絡み合っている。実写で子役が演じたら、絶対に違和感が生じたはずで、アニメならではの過剰さも生きている。

ただ、口コミにも一部「期待しすぎた」という意見もあるとおり、映画を「売る側」としては宣伝戦略が難しかった作品でもあると感じる。とりあえず原作、アニメ版のファンをターゲットに、ポスターのビジュアルもやや「子供向け」なイメージになり、公開前のマスコミ試写も少なかったので、公開当初は観客を限定する結果になった。

しかしよくよく考えると、この『若おかみは小学生!』の興行は、映画として「健全」である。劇場公開されて、一般観客の目にふれ、その評判で人気が広がる……という流れは、公開一週目だけでその後の数字まで予測する映画界の慣例が、作品にとっては「不健全」だと釘を刺しているようだ。

濃密な緊張感に圧倒される、地道なロングラン作も

さまざまな映画祭で受賞も重ねる『カランコエの花』
さまざまな映画祭で受賞も重ねる『カランコエの花』

そして『若おかみ』のような全国規模ではないが、やはり公開から高い評判が途切れず、上映が続いている「健全な流れ」の作品もある。『カランコエの花』だ。

7月14日から新宿K’s cinemaで1週間の限定公開が連日満席となり(このあたりは『カメラを止めるな!』に似ている)、8月から渋谷のアップリンクで公開されると何度も延長があり、10月18日現在まで上映が続いているのだ。客席数も多くなく、さすがに現在は連日満席というわけではないが、リピーターもいるとのことで、地道にじっくりと観客の心をつかむという、やはり映画にとって「あるべき」興行を展開している。

『カランコエの花』は39分の短編ながら、作品のテーマは力強く、39分だからこその一瞬も息がつけない濃密な世界に没入させる。高校2年生のクラスでLGBTに関する授業が行われたことで、クラス内に「当事者」がいるのでは……という疑惑がうずまくストーリー。クラスメートに向ける視線や、それぞれの自衛本能、善意と悪意も入り乱れ、観る者を教室内に引き込む感覚が尋常ではない。LGBTにとどまらず、自分との違いを受け入れる、まさに「多様性」を訴えるメッセージも静かに、しかしくっきりと伝わる一作だ。

ロングランヒットを祝って連日、上映後の舞台挨拶も行われている。この日は主人公の母親を演じた石本径代が登壇。(撮影/筆者)
ロングランヒットを祝って連日、上映後の舞台挨拶も行われている。この日は主人公の母親を演じた石本径代が登壇。(撮影/筆者)

驚くべきは、高校生役を演じたキャストたちが、多くのシーンで監督から設定だけを与えられ、即興で演じているというスタイルだ。その結果、予定調和に流れない信じがたいやりとりがスリルを増す効果も生まれている。キャストと役の一体感もあり、「このキャラは、あのときどう感じていたのか?」と観直したくなる衝動からリピーターも増えているのかもしれない。この点も『カメラを止めるな!』と重ねたくなる。

『カメ止め』『若おかみ』『カランコエ』は日本映画だが、洋画でも『グレイテスト・ショーマン』のように、2018年は観客の熱い支持によって予想をはるかに超えるヒット作が生まれ続けている。この健全な流れは、かつてロングランが存在した映画興行の原点が復活しているようで喜ばしい。

では近々公開される作品で、「大化け」のポテンシャルを抱えるものは……?

10/26公開『search サーチ

全編、PCのモニターだけで展開するという超斬新なサスペンス。とはいえ、PC内の画像や動画、ビデオチャット、SNSのやりとりやメール、防犯カメラの映像などで、ストーリーがすべて把握できるのが今作の驚異的な魅力。しかもそのストーリーが、予想外の展開も含めてよく練られており、現代社会のPCやスマホ依存も映画のスタイルと重なり合う。全米でも仕上がりの良さから急遽、公開日や館数が変更され、ヒットを記録した。

映画館での「新しい感覚」は間違いないので、日本でも支持を得られるか?

愛する娘が失踪し、その行方を必死で探す父。PC画面だけで信じがたい緊張感!
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11/30公開『へレディタリー/継承

『ドント・ブリーズ』や『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』のようにホラー映画は想定外のサプライズヒットを生む。この映画は、そんなホラー映画に対する観客のあらゆる欲求に応える要素や描写(じわじわ系からドッキリ系、目を覆う衝撃シーン、霊や謎の団体の存在、笑っちゃうほどの怖さetc.)が備わっているので、「ヤバい」映画として、とくに若い世代の話題になる可能性を秘めている。

祖母を亡くした一家が迎える壮絶を極める運命とはーー? (c) 2018 Hereditary Film Productions, LLC
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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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