Yahoo!ニュース

アカデミー賞(R)戦線に一番乗りは、アメリカ版「北の国から」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『6才のボクが、大人になるまで。』11月14日(金)ロードショー

異様なまでに高い満足度

北米の映画興行はサマーシーズンも一段落し、これから年末に向けて、賞レース狙いの作品が続々と公開される時期に入っていく。昨年でいえば、アカデミー賞作品賞候補、9作のうち、全米劇場公開が最も早かったのが、『ゼロ・グラビティ』の10月4日。残りはすべてそれ以降で、年末公開作品が有利な事実は否めない。とは言っても、賞狙いの作品もお披露目されるまでは、どこまで高い完成度がなしとげられるかは未知数。すでに公開された作品で、年末からの賞レースに食い込む可能性も大いにある。

そういう状況にあって、現時点で、今後の公開作に対抗できるほど異様に高い評価を受けている作品がある。

6才のボクが、大人になるまで。』だ。

米映画評集計サイトのRotten Tomatoesでは99%という異例の満足度を記録(一時は100%を維持していた!)。ちなみに前年度のアカデミー賞作品賞受賞作『それでも夜は明ける』と、対抗馬となった『ゼロ・グラビティ』ですら、Rotten Tomatoesで97%。その前年の作品賞『アルゴ』は96%なので、『6才のボク』の数字は驚異的と言っていい。

12年もの撮影で、一人の少年の成長を見つめる

なぜ、そこまで本作が評価されているのか。

それは、革新的と言ってもいいスタイルにある。

日本語のタイトルが示すように、本作は6才の主人公(メイソン)が18歳になるまでを描くのだが、実際にメイソン役のエラー・コルトレーンが、12年間の成長を演じている。つまり、12年かけて撮影が行われたのだ。ドキュメンタリーでもないフィクション作品で、このスタイルは斬新だが、よく考えると、日本人にとってはおなじみの作品がある。「北の国から」だ。純と蛍の幼い兄妹が大人に成長するまでを、吉岡秀隆と中嶋朋子がリアルタイムで演じた国民的ドラマ。ただ、「北の国から」の場合、TVドラマということで、確実に「作品」として成立することが約束された企画だった。一方でこの『6才のボク』は、作り手側にとっても手探りの企画であり、作品として完成するかどうかも分からない「冒険」だったはず。俳優でもない6歳のエラーくんが、どんな風に成長するのか、彼自身に任せるしかなかったわけだから。

「北の国から」の脚本を書いた倉本聰は、やはり中嶋朋子を主演に、フィギュアスケーターを目指す少女の5年間を追いかけた映画『時計 Adieu l’Hiver(アデュー・リヴェール)』を監督している。『6才のボク』のスタイルは、むしろこの『時計』に近いかも。たさし、「北の国から」も『時計』も、基本は作り手側の意図した物語をなぞっていった。しかし『6才のボク』は、メイソン=エラーの成長につれ、エラー自身の人生も強烈に物語に反映されていく。

「いったいこの子は、どんな風に成長するのだろうか…」。

そんな予定不調和なムードによって、映画を観ているわれわれも、自分の子供が育っていくような錯覚をおぼえてしまうのだ。そこに本作のスゴさがある。

画像

この「錯覚させる」テクニックこそ、監督の持ち味。リチャード・リンクレイター監督といえば、「ビフォア」3部作で、ジュリー・デルピーとイーサン・ホークに18年間のラブストーリーを演じさせた人。時間の流れをビビッドに追いながら、その流れに観客を引き込んでいく天才である。「ビフォア」シリーズが恋愛のリアルを観客に体感させたのは、監督と主演2人との綿密な脚本コラボがあったから。『6才のボク』も、エラーくんが成長するにつれ、撮影前に話し合う機会を増やし、自分の人生と役の人生を重ね合わせていったという。

6才から18才までといえば、人生で最も感受性が強く、人格が完成される時期。年に一度、行なわれた撮影によって、ピンポイントで描かれるエピソードが、これまた絶妙。

離婚した父と過ごす週末

新しい父の命令で、髪を切られた日

初恋のときめき

こうして文字で書くと、ありきたりに感じる日常も、映像がきらめく思い出に変え、鎖のようにひとつに人生をつなげていく…。

意外な感動のツボは、母と暮らすメイソンと「離婚した父」との関係だ。たまにしか会えない父との会話が、息子の成長のキーポイントとなり、本作のツボになっている。

そして、少年から大人へと変貌する瞬間のメイソンを目にしたとき、心を揺さぶられない人はいないだろう。

今から12年前といえば、9.11同時多発テロの直後で、そこからのアメリカの現状や、SNSの広がりなどもさり気なくまぶしていき、このあたりも本作がアカデミー賞に好まれそうな要素。抜かりはない。

映画と同じ時間を観客も「生きる」

ドキュメンタリーを観ているような本作だが、要所には、きらめくような名セリフの数々が散りばめられ、その点で、今後の賞レースでは「脚本賞」に絡むのが確実な予感もする。そして、エラーくんはもちろん、両親役を12年間、演じ続けたパトリシア・アークエットとイーサン・ホークの生々しいまでの名演技により、メイソンだけではなく、要所で「親の気持ち」に感情移入させることで、演技面でも評価されそう。とくにパトリシアの女優賞には今から期待がかかる。

上映時間は2時間45分。しかし、まったく長さを感じさせないのは、われわれ観客がまるで、そこにある日常を生きているような感覚を味わえるから。「北の国から」を1本の映画にまとめたら…と、考える人もいるかもしれない。

いずれにしても映画の「常識」を打ち破る、奇跡のような一作であることは間違いない。つねに「新しい映画」を模索するリンクレイターのチャレンジ精神は、そろそろ本気で賞賛される時期が来ている。これから年末にかけて、賞レース狙いの映画が増えてくるなか、『6才のボク』がどこまでサバイブするか、楽しみだ。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事