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小学生がため池に潜む「想定外の危険」を学習 新潟県ため池サポートセンター

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
ため池に潜む想定外を学習(令和5年10月18日新潟県三条市にて、筆者撮影)

「落ちたら斜面は上れない」の危険性に加えて、ため池にはまだまだ想定外の危険が潜んでいます。この秋、新潟県ため池サポートセンターが小学生対象に想定外の危険を学ぶ勉強会を開催しました。

今回の「想定外」は何?

 先にタネ明かしをします。図1をご覧ください。上の図(a)は今年の夏の渇水でため池の水量が減少した時の様子です。土の棚が水面上に露出していることがわかります。それから2ヶ月ほどが経ち、ようやく水量が回復して、下の図(b)は小学生向けの勉強会の時の様子です。棚の上の水深は40 cmくらいあることがわかります。

図1 ため池の想定外の危険 (a)渇水期のため池の様子。土の棚が見えている (b)勉強会の時のため池の様子。棚が水に隠れて、ため池全体が浅いように錯覚する(筆者撮影)
図1 ため池の想定外の危険 (a)渇水期のため池の様子。土の棚が見えている (b)勉強会の時のため池の様子。棚が水に隠れて、ため池全体が浅いように錯覚する(筆者撮影)

 ため池ばかりでなく、川でも湖でもなんでもそうなのですが、陸から見ればその水深は浅く見えるものです。ましてや岸から棚となって、その先がしばらく浅くなっていたりすると、水に立ち入った時に「ずっと浅い」と勘違いして続けて歩いて進んでしまいます。そして、やがて本当の深みに沈んでしまいます。

どのように沈むのか

 小学生が見学している目の前で、身長が180 cmある水難学会の安倍 淳理事が事故の様子を身体を張って実演しました。動画1をご覧ください。

動画1 ため池の想定外の危険。浅いと思い込んで歩いていくといきなりの深みに身体が吸い込まれていく(筆者撮影、31秒)

安倍「ちょっとここ、ここですね、このラインから急にこう・・・」

バシャ(激しい水の音)

安倍「ここ、滑るんですね、こう・・・」

安倍「滑ってこう、戻ろうとすると、足が滑ってこう、なお奥に行くんですよね」

(水没寸前)

安倍「奥の方に行きますね」

(手で水をかく音)

安倍「上ろうと身体はするんですけれど、手でかかないといつまでもこの状態が続く、ここでね」

(上がれるように見えるけれど、上がれない)

 見学していた三条市立長沢小学校の4年生は、この30秒ほどの間に微動だにしませんでした。一瞬のことで、なにが起こったのかよくわからないようでした。筆者がこの後マイクを使って「目の前で何が起こったのか」という説明を始めると、熱心にメモを取って納得していました。

 水深が40 cmの土底になると歩きながら水中に濁りが出て、前方で急に深くなっている様子に気が付かなくなります。ましてや魚や亀を追っているようですとそういった生き物に気をとられて、ますます深みに気が付かなくなります。

 そして、急な深みに足がはまります。ここのため池は土羽(どは、盛土などをした際に生じた、斜めになっている法面(のりめん)のこと)が水中でむき出しになっている構造なので、特に滑ります。水中の土羽の表面は強力な粘土(注1)層でコーティングされているので(注2)これが特にヌルヌルして、「これほどまでに滑るか」と思うくらい滑りました。江戸時代以前の昔から「ため池で人が溺れ続けた歴史には土羽あり」と言ってもいいかと思います。

とっさに助けようとすると

 友達同士でこのようなため池に遊びに来て、一人が水難事故を起こすともう一人が助けようと手を出すことがあります。動画2をご覧ください。

動画2 一人が水難事故を起こすともう一人が助けようと手を出して起こる多重水難のきっかけを示した様子(筆者撮影、21秒)

(一人が水中から手を出して助けを求めている)

安倍「こういう感じになるとですね」

安倍「手を必ずこう出すんですね」

安倍「そうすると・・・引き込まれて自分もこう」

(バシャンと激しい水の音)

安倍「落ちるってですね、例が非常に多いんです。だから」

(息が切れて苦しそう)

安倍「腕を出す行為は非常に危険です」

 長沢小学校の4年生はこの瞬間を目の当たりにして、メモをとる手が止まりません。友達が溺れそうになれば、誰もが助けようととっさに手を出してしまうと考えていたからです。目の前で助けようとした人が水に引き込まれた様子はメモばかりでなく、きっと子どもたちの目にも焼き付いたことでしょう。

 万が一このような状況でため池に落ちてしまったら、背浮きになって呼吸を確保して救助を待つことも実演で知ることができました。

今年のため池死亡事故の現状

 今年に入って発生したため池転落によると思われる死亡事故の一覧は次の通りです。新聞等に掲載された事案に限ります。また、日付は発見日で統一しています。

1月5日 愛媛県四国中央市 83歳女性

1月19日 兵庫県宝塚市 72歳女性

3月14日 宮城県仙台市 高齢男性

4月5日 愛媛県鬼北町 55歳女性

4月25日 富山県砺波市 68歳男性

6月18日 長崎県南島原市 男性

6月26日 宮崎県宮崎市 79歳男性

7月16日 愛媛県松野町 88歳男性

8月8日 和歌山県和歌山市 高齢男性

8月14日 兵庫県小野市 高齢男性

10月9日 愛媛県鬼北町 73歳女性

10月15日 愛知県西尾市 高齢女性

農林水産省の調査によれば、ため池で溺れるなどして亡くなる人の数は全国で毎年20人から30人の間に集中しています。高齢者が多い一方で、小学生が犠牲になることもあります。

 今年の2月に鳥取県大山町にて5歳男児がため池にて溺れているのを通りがかりの成人らが発見、救助した例がありました。幸運なことに多重水難につながらなかった例ですが、このようにかなり危ない救出例は社会の表に出てこないだけで、多数あると考えてよいかと思います。

さいごに

 全国の都道府県単位に設立されている「ため池サポートセンター」では、ため池の多面的な役割とそこに潜む危険について地域住民や農家の皆さんに勉強会を通じて広く周知しています。ここでお伝えしたように、小学生にも直接その目で見てもらって、地域の農作物を育てる大事なため池には危険が潜んでいることを学習するような催しも増えてきました。水難学会は、そのような勉強会などで実演を通じてため池事故の撲滅をお手伝いしています。

図2 ため池の役割について熱心に勉強している小学生(筆者撮影)
図2 ため池の役割について熱心に勉強している小学生(筆者撮影)

注1 粘土を構成する粒子構造内に水が蓄えられることで粘土の粘りが出るのですが、そこに水が入りすぎるとヌルヌルとなります。

注2 実演では土羽表面を削らないように、靴底には柔らかいゴム製を選び、実演者は浮力の強いセミドライスーツを着装し、土羽に必要以上の荷重がかからないように配慮しました。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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